ロシアによるウクライナ全土攻撃。ふだんはスタジオでロシア解説をしている大和大学の佐々木正明教授がウクライナの首都「キーウ」で取材を始めました。いきなりホテルの滞在中の早朝6時ごろに大きな砲撃音を耳にするという現地の緊迫した空気を伝えてくれました。「ロシアは深夜・早朝の砲撃による恐怖を人々に植え付けようとしている」と話します。
(2023年3月13日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」より)

朝6時に窓の外から「ボーン」という聞いたことがない爆発音がした

―――9日にウクライナ全土でロシアによるミサイル攻撃がありました。首都キーウにミサイルとドローンによる攻撃で2人がけが、そして西部リビウの住宅地にロケット弾が着弾し、火災が発生して5人死亡。南部ヘルソンでは6人が死亡。これだけじゃなくて各地で攻撃があったということです。9日早朝だけでミサイル81発、ドローン8機を使い、インフラ攻撃をしたと。ロシア国防相も「テロ行為への報復攻撃」だと話しました。大和大学の佐々木正明先生が現地に取材に行っている最中にこの攻撃があったということです。一体どういう状況だったのか、中継を繋いで詳しく伺いたいと思います。ご無事で、大丈夫でしたか?

 はい大丈夫、無事を確認しながら取材を続けております。キーウ中心部のホテルにいます。8日の夜にキーウに入りました。空襲警報などを確認しながら、ホテルの地下壕の位置も確認して、夜寝付いたら、午前1時ごろ、空襲警報が鳴りました。

 防空壕に行ったところ誰もいないんです。もう慣れてしまっているというか、他の人にも聞きましたが、空襲警報が出てもキーウでは慣れてしまっているということで、あまり防空壕には行かないよということを聞いてたので、そのまま私寝たんですよ。ちょっと時差ボケの影響もあって朝4時頃に起きたんですけども、朝6時頃ですね、窓の外から「ボーン」という音がしまして、「これは聞いたことないな」と思ってすぐにネットで確認したらキーウに着弾したという情報が流れました。そこから情報を確認していった。ちょっとホテルから遠い場所ではあったんですけども、キーウでもけが人が出た、大規模一斉攻撃だったということを把握しました。

―――空爆時の避難方法を確認というのは、ホテルから何かレクチャーがあったということなのですか?

 やはり外国人ですから、言葉の問題もありますし、ホテルの中でどのように避難をしているのか、もしくはどのようにウクライナ人が情報キャッチしているのかを十分に確認しながら、夜に就寝したということですね。

―――ホテルには先生の他にも外国人が宿泊していたということなのでしょうか?

 外国の方々がたくさん泊まっているホテルで、安全を確保されているってことを聞きまして、このホテルを予約しました。そして24時間の自家発電もでき、インターネットもあって大丈夫だというところに泊まっています。

―――先生は空襲警報を受けてホテルの地下室に逃げたものの、みんなもう慣れてしまって誰もいなかったという。それはどういうことなのでしょうか?

 大きく考えると3つぐらい考えることがあるなと思いますね。まずキーウへの空爆というのは、着弾することが非常に少なかったということ。12月は非常に停電が多くて、2月上旬ぐらいから良くなってきたよということもあって少しこの平静を取り戻してきたところであった。2点目がやっぱり空襲警報に慣れてしまっている。あと3つ目はウクライナ全土にあります防空システムがしっかりと動いているということを実感しているようなのですね。被害があっても空襲警報が鳴っても着弾しないだろうと市民も思っている。これは去年の大規模一斉攻撃があった頃と違う状況です。

―――深夜の空襲警報は、外から聞こえるものなのですか?それとも携帯電話からアラームが鳴るものですか?

 キーウではさすがに夜は「ウーー」とは鳴りません。リビウは空襲警報が鳴ります。そのときも空襲警報があっても人々はずっと街を散策しているような状況にもありますし、リビウは西部にあり、着弾したことが少ないということもあって、そういう状況だったのかなと。私が把握したのは、スマホを常に振動があるような形でキャッチできるようにいたしますので、空襲警報があれば、スマホでキャッチするということですね。

―――実際に午前6時ごろ大きな音が聞こえたのは、どんな音ですか?

 遠くから聞こえたように思いませんでした。つまり、大きな音で、私、新聞記者時代いろんなところに行きましたが、聞いたことがない音でした。これは戦禍の地にいないとわからない。爆発音を聞いて思ったのですけども、やっぱりロシアは朝に打ち込んで、人々を恐怖に陥れようとしている。朝も深夜も油断ならないよということを植え付けようとしている。私自身、ここに来てそれを感じました。

若者はウクライナ語、年配の人はロシア語、インタビューは「英語にしてください」という人も

―――佐々木先生はロシア語が堪能でいらっしゃいますから、取材はどうでしょう。順調に進んでいますか。

 様々な人、様々な現場に行ってたくさんの話を聞いております。ロシア語が通じる場合、通じない場合もありますが、明らかにロシア語を私が聞きますと嫌がる方がいらっしゃいますし、例えばオフィシャルで録音しながらビデオ撮りながらやりますよと言うと、英語で話させてくださいっていう人もいます。これはですねやっぱりロシア、ロシア語というものを町が、もしくはウクライナ人がこれをはねのけようとしている一つの表れだなと思います。

 やはり若い方はですねもうウクライナ語が堪能ですし、2014年のマイダン革命以降はウクライナ語を市内で話そうという法律とか、社会風習なども広まっておりますので、ウクライナ語が多くなってきていますけども、ロシア語はやっぱり年配の方々は通じやすいんですね。やっぱり訛りのないロシア語だなというのも感じます。

―――取材でロシア語でウクライナの人に話しかけると露骨に嫌な顔されたりすることもあるわけですか。

 そうですね、露骨に嫌というか、喋らないですね。わかっているのだけども喋らないこともありますし、ただ案外通じるなと思いました。ロシア語を使って取材もしていますが、逆に話しかけられますし、私の見た目がおそらくロシア人ではないな、と警戒心を解いて話しているのだと思います。

―――そもそもどうして佐々木先生がウクライナ取材今回決めたのかというところですが、先生はウクライナ国民の本当の姿を知りたいというところなんですよね。例えばそのロシアの情報はプロパガンダといいますか、偽情報も含めてどうなんだろうというふうに思う話が多いんですけども、先生はウクライナの情報も、実際のところはどうなのかというところを知りたいということで現地行かれているわけなんですが、そのあたりの取材はどうなんでしょう。何かわかったことってありますか。
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 やっぱり来てよかったなという感じがいたします。日本の報道は、ゼレンスキー大統領の言葉だったりとか、国際関係の状況がどういう風に推移していくのか、もしくは戦況報道がメインだと思います。となると、普段の姿というのは全く見えない状況だなと。私自身、日本にいるときいろんなチャンネルを通して情報入手していますが、こちらに来てその情報が覆されるというか、肌で感じる風景というのは本当に来てよかったなというふうに感じます。

―――現地での報道を見て何か感じることはありますか。

 報道をつぶさに見ているわけではないんですけども。キーウの町はつとめて平静です。夕方散策しますと、思い思いに市民が、カップルが歩いていたりとか、マクドナルドに行くと家族連れがいたりとか、そして綺麗な観光地に行きますと、国内の方々が来ていて、この表面上はこれ戦争なのかなという感じもいたします。

―――(豊田真由子氏)ウクライナの皆さんの思い、マリウポリやブチャだったり、本当にこんなひどいことをされている中の憤りとか、皆さんの本音というか、心理状態というか見通しとかも含めてどうなんでしょうか?

 豊田さんがおっしゃる通り、市民が笑顔で街を歩いていても、一旦聞きますと、それぞれこの戦争への思いが聞かれるんです。私マリウポリ支援センターというところに一昨日行ってきたのですけども、そこはマウリポリから避難している方々が、いろんな方から寄付いただいてキーウに逃げている市民を支えている物資供給センターみたいなところなんですが、ここにいますと、もう12月に逃げてきた。お金を現地の国境警備隊とかに与えて支援団体に与えて逃げてきた。現地では自分の考えを言うことはできない。「そんなこと言ったら自殺だ」みたいなこともおっしゃってましたし、もう顔つきが全く変わるんですね。昨日も、主婦が集まるような小学校の部屋があって、そこでは皆さんが戦地で兵士が着る、カモフラージュ(迷彩服)のコートを作っているのです。つまり、そこで皆、戦地に送るのですけども、戦闘には行かないような、おばあちゃんもお母さん世代も戦地の兵士の無事を願って、そしてウクライナの勝利を願って、一日中そこで迷彩服を作っているという場面にも巡り合いました。キーウにいる市民も、平穏を保ちながらも戦っていると、私は新たに認識いたしました。

―――佐々木先生は、ワルシャワからリビウに移動し、取材されているときに兵士たちの葬儀に出会って取材されたということで、市民が足を止めて追悼する様子というのは、印象的ですね。

 はい、この市長に単独インタビューを試みまして、市長が葬儀に出るということで、この場面に遭遇したんです。まず、リビウが戦地であるということを確認いたしましたし、4人が亡くなってちょっと私も涙してしまったんですが、やはりウクライナ人は胸に手を当ててロシアと戦っているということを実感いたしました。初日がこの風景だったのでと記者冥利に尽きるなというふうに思い、日本の皆様に伝えたいというふうに思ってカメラを回しました。

―――この後もまだ取材を続けられるということなんですよね。

 残りの日程をしっかりと自分の目で見て、いろんな方に会って、話を聞いて、そして日本に帰ってまた取材の成果を出したいなというふうに思っております。

―――現在バフムトでは激しい戦いが行われています。佐々木先生によるとロシアは交通の要衝バフムート制圧で東部2州の完全制圧に繋げたいのではないかというふうに見ていらっしゃいます。気を付けて取材を続けてください。〆