今や身近となった矯正歯科治療。長期間の治療になるほか、費用は基本的に保険適用外となる。そんな中、高額を払って矯正歯科治療を受けていた500人もの患者たちが、治療途中に裏切られてしまうトラブルが起きた。矯正歯科が突然事業を停止したのだ。被害の実態に迫った。

Aさん「怒りしかない」140万円支払い治療中に『事業停止のお知らせ』

 (Aさん)「幼いころから歯並びは悪かったので矯正したいなとは思っていたんですけど、ちょっとおかしいんじゃないかなって怒りしかないです、今」

 怒りの声をあげるのは大阪市内に住む30代のAさん。2020年から歯の矯正治療を行っていて、これまでに支払った額は約140万円だ。そんな中、今年1月に突然、ある1通のメールが届いた。
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 【メールより】「事業停止のお知らせ 多額の債務を負担し、事業の継続が困難となったことから、破産申立てを行うこととなりました」
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 (Aさん)「破産申し立てをするってなって。え、今私ワイヤーがついているんだけど…と思って。病院行っても歯科が閉まっているので、これからどうしようと頭が真っ白でした」

 Aさんが通っていた大阪・ミナミの一等地にある矯正歯科から突然、事業停止の連絡が届いたのだ。
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 8年前にできたこの矯正歯科。理事長はこれまで矯正治療に40年以上関わり、6000人以上の患者を担当した実績がある。ワイヤー矯正やマウスピース矯正などさまざまな治療を売りにしていた。

 今後の治療がどうなるのか、Aさんが矯正歯科を確認しに行った際にAさんが撮影した映像では…。

 (Aさん)「中が全然見えないようになっていますね。こっちの方が新しくできた増設されたクリニックです。こちらも中が見えないようになっていますね」

 この矯正歯科は患者に対して、クリニックを増設して事業を拡大していくと説明していたという。しかし事業停止の理由はいまだ一切説明されておらず、患者は治療途中で放り出され、支払ったお金も戻っていない。

Bさん「80万円で一括契約」の1か月後に事業停止…一度も治療を受けられず

 被害を訴える人は他にもいる。

 (Bさん)「12月の半ばに全額一括で入金して、80万円弱くらいですね。頑張って貯めてきたお金でしようと思って、もうずっと楽しみにしていて…」

 20代のBさん。マウスピース矯正を始めようと貯金してきた約80万円で一括契約した。しかし、その1か月後に事業が停止され、一度も治療を受けることができなかった。

 (Bさん)「破産するのが決まっていたのかなと思って。それなのに契約させて。そのストレスで突発性難聴にもなってしまって、片耳が耳鳴りがずっとしていて」

 この矯正歯科に通っていた患者は約500人にも及ぶ。
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 60歳近くになって矯正を始めた人や、子どもに矯正をさせていた人など、被害を訴える人は多岐にわたる。
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 厚生労働省の調査では歯科矯正に訪れる患者数は今や約93.3万人。その数はコロナ禍前の2017年に比べて2020年には増加していて、10代前半が2倍以上に、30代前半も2.4倍と、全ての年齢層で需要が高まっている。

事業停止後に多くの患者が来た歯科「治療があまり進んでない患者が結構な割合でいる」

 大阪を中心に16の矯正歯科を運営する大阪矯正歯科グループ。ミナミの矯正歯科が事業を停止したことで、多くの患者が駆け込んできている。
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 (医療法人真摯会 松本正洋理事長)「私どものところにも100人くらい来られました。やっぱり同業者としてはすごく残念な感じですね」
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 矯正治療は歯科医によってやり方などが変わってくるというが、事業停止したミナミの矯正歯科の患者にはある特徴があるという。

 (医療法人真摯会 松本正洋理事長)「すごく残念ですが、矯正治療で2年たっているけれどもまだあまり進んでいないという方が結構な割合でおられて、一からとまでは言いませんがややそれに近い形でやり直さないといけないというご説明は結構させてもらいました」

 長期間の治療で高額なお金を支払ったにもかかわらず、一からの治療を余儀なくされる患者もいたのだ。
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 取材を進めると、実は事業停止した矯正歯科の理事長は、2007年に京都でも医療法人を自己破産させていたことがわかった。なぜ再び自己破産してしまったのか。理事長が住む家を訪ねたが、現在は人の姿はなく応答もなかった。

理事長の息子「自己破産するのは本当に知らなかった」

 しかし取材班は、ミナミの矯正歯科で一時は共に働いていた歯科医でもある理事長の息子に話を聞くことができた。

 (記者)「患者で困っている方がたくさんいらっしゃるんですけれども、それについてはどういうふうに受け止めておられますか?」
 (理事長の息子)「患者さんに関してはすごくかわいそうだなと思いますけど、そりゃ。(理事長は)器用だなと思っていましたけどね。上手だなと思っていましたけど」
 (記者)「お金の件で困っているという話はなかった?」
 (理事長の息子)「僕は自己破産するのも本当に知らなかったんですよ。税理士さんから聞いて知ったんですよ。父とは本当に1年ちょっと連絡をとっていなかったので。お金のことはまったく僕は知らなかったんですよ。うまくいってるものだと思うじゃないですか、あんなふうになっていたら。たぶん父としてもプライドがあったんじゃないかなと思って、僕に言ったら恥ずかしいみたいな。ひとまず謝罪はするべきだと思いますし、経営責任はもちろんあると」

 矯正歯科を運営していた医療法人の代理人弁護士は取材に対して「コメントをすることはできません」としている。

自己破産しても免許に影響なし 専門家が指摘する“制度の問題点”

 矯正歯科のトラブルに詳しい加藤博太郎弁護士は今回の件についてこう話す。

 (加藤博太郎弁護士)「破産する直前に大きなお金を一括でもらってしまうということについては大きな問題があると思っています。場合によっては詐欺などの罪に問われる可能性もあると思います」

 そのうえで歯科医師は自己破産しても免許に影響がなく、新たに開業できてしまう現在の制度に問題があるのではないかと指摘する。

 (加藤博太郎弁護士)「前払いのものっていうのは後からお金が入ってこないので、次から次へとお客さんを取り続けないといけないんですね。なので自転車操業になりやすい。弁護士や公認会計士のような資格職は破産すると資格を失うんですけれども、歯科医師についてはそうではありませんので。前払いの治療はできないとかそういった規制をすることは考えられますよね」

 きれいな笑顔を見せたい。人生を左右する大切な治療だからこそ、その思いを裏切ってはいけない。