京都アニメーションで起きた放火殺人事件。殺人の罪などで起訴された青葉真司被告(45)の裁判は、1月25日に判決を迎える。裁判の中で青葉被告が語った「妄想」とは。これまでの裁判とともに、青葉被告の半生をたどり、その正体に迫った。
「自分が書いた小説を京都アニメーションにパクられた。闇の人物ナンバー2が京アニに盗作を指示した」
法廷で凶行に走った理由をこう語った青葉真司被告(45)。裁判で争われたのは、青葉被告が抱く妄想が犯行にどう影響を与えたか。つまり刑事責任能力の有無や程度だった。
(検察側)「妄想に支配された犯行ではなく筋違いの恨みによる復讐だ。完全責任能力がある」
(弁護側)「青葉被告に嫌がらせをし続けた闇の人物と京アニへの反撃だった。心神喪失で無罪だ」
22回100時間以上にも及んだ長期審理を傍聴記録や現地取材でひも解く。
事件から約1か月後に病院で撮影された動画。横になっているのは青葉被告本人だ。
【2019年8月に撮影された動画より】
(主治医)「5回手術している。あと少なくとも4回は手術をします。わかった?頑張れる?…はい、じゃあ頑張ろうね」
全身の9割以上にやけどを負いながらも生きながらえた。あの日なぜ凶行に走ったのか。
【独自入手】事件直後のスタジオ内部の写真
2019年7月18日、事件は起きた。社員36人が死亡して32人が重軽傷を負った。
火は吹き抜け構造のらせん階段を通じて燃え広がり、1階で2人、そして2階では11人の遺体が見つかった。3階と屋上をつなぐ階段の周辺には、折り重なるような形で20人が亡くなっていた。
今回、取材班は事件直後のスタジオ内部の写真を独自に入手した。当時の詳細な状況が見えてきた。
火が放たれた1階の部屋は、天井が抜け落ち、鉄骨がむき出しになっている。
20人が遺体で見つかった3階と屋上をつなぐ階段。当時は扉は閉まったままだった。開けるに至らなかったとみられている。
一方で3階の部屋は棚や本がきれいに陳列されたままになっている。ただ天井を見るとエアコンなどプラスチックの部分は溶けて垂れ下がっている。
消防によると、出火して60秒後には300℃にまで達するガスが充満したという。
青葉被告の過去 元上司「真面目に仕事していました」
青葉被告はどんな妄想を抱き、なぜ事件を起こしたのか。半生をたどった。
埼玉県さいたま市、青葉被告は45年前にこの町で生まれた。9歳のころに両親が離婚。父親に引き取られアパートで暮らしていた。しかし、日常的に虐待を受けていたという。
写真の中で穏やかな表情でほほ笑むのは小学6年のころの青葉被告である。体格がよい活発な子どもだったという。
地元の高校の定時制に進学すると、埼玉県庁の非常勤職員として勤務した。郵便物を仕分けする文書課に所属していたという。取材を進めると、青葉被告の上司だった女性にたどり着いた。
(青葉被告の元上司)「(同僚からは)『青葉くん』と呼ばれていて。細くてすごく美男子だったんですよ。真面目に仕事はしていました。言われたことは全部ちゃんとやりますし。(仕事ぶりは)普通よりもちょっと上という感じですかね」
しかし20代、人間関係がうまくいかず、仕事を転々とした。そんな中で人生を大きく変える出会いがあった。
小説と出会い…後に生まれた『女性監督』との妄想の世界
(青葉被告)「京アニのアニメを見て、今時こんなすごいアニメはないだろう、と驚いた。なんとか自分でも書けないかと」
無職だった31歳のころ、京アニの代表作「涼宮ハルヒの憂鬱」の原作小説と出会ったのだ。強い感銘を受け、小説家になることを志した。しかし、その志が、のちに事件へとつながる妄想を生み出すことになる。
その一つが、実在する京アニの女性監督をめぐる妄想だった。ネットの掲示板サイトで出会ったと勝手に思い込んだ。実際に青葉被告が一方的に書き込んだ掲示板サイトへの投稿が残されている。
【青葉被告の投稿より】
「異常なほどの色気」
「ホレさせるだけホレさせて」
全く接点のない女性監督への感情をこう述べている。
(青葉被告)「はっきり言って恋愛感情です」
(弁護人)「LIKEかLOVEかで言うと?」
(青葉被告)「LOVEであります」
しかし、妄想の世界で2人の関係は徐々に悪化。やけになり、ある事件を起こす。
強盗事件で実刑判決 そして『闇の人物ナンバー2』との出会い
京アニ事件を起こす7年前の2012年、茨城県内のコンビニエンスストアで2万円を奪い強盗容疑で逮捕された。
この強盗事件でも刑事責任能力の有無が重視されたが、取材班は、当時検察が起訴の根拠の一つとした精神鑑定書を関係者から独自に入手した。鑑定医が「責任能力がある」と判断したやり取りがある。
【精神鑑定書より】
「どのように捕まったの?」
「自首しました」
「何時間後に?」
「10時間後」
「なんで直ぐに自首しないの?」
「『遊ぶ金が欲しかった』と供述するために、インターネットカフェで遊んだという事実を作るため」
計画的な犯行だったことがうかがえる。鑑定医は「責任能力を十分保持している」と結論づけた。
実刑判決を受けて刑務所に収容された青葉被告。そこでも新たな妄想と出会った。
(青葉被告)「闇の人物ナンバー2。ハリウッドやシリコンバレー、官僚レベルにも人脈がある。闇の世界に生きるフィクサーみたいな人」
青葉被告は闇の人物ナンバー2という架空の存在から監視されていると思い込み、刑務所内では問題行動も目立った。それでも出所後の2016年、小説を完成させて京アニ主催のコンクールに応募した。ところが結果は落選。闇の人物が京アニに落選を指示し小説のアイデアが盗まれたとも錯覚した。
落選後の投稿を見ると。
【青葉被告の投稿より】
「裏切り者やパクった連中は絶対に許さない」
犯行直前 逡巡した13分間「自分みたいな悪党でも小さな良心が」
そして京都へと降り立った青葉被告。訪れたのは事件の3日前(2019年7月15日)だった。計画を練り上げるためだったという。
現場を下見して犯行道具を購入。道を尋ねたり店員に話しかけたりするのは最小限に抑えた。「証拠を残したくない」という理由だった。ガソリンを購入した際は「発電機に使うため」と嘘もついた。
ところが犯行直前、スタジオの前に着いた青葉被告は、その場に座り込んだという。
(青葉被告)「ためらった。自分みたいな悪党でも小さな良心があった。ただこの10年間、働いて、やめさせられて、刑務所に入れられ、小説を送ったら叩き落されてパクリもあった。やはり、ここまできたら、やろうと」
逡巡した13分間。引き返す時間は十分あったはずだった。こうしたことから検察は「たしかに妄想はあったものの、犯行を思いとどまる力や善悪を区別する力を凌駕するものでは到底ない」と切り捨てた。
去年12月、検察は論告で「日本の刑事裁判史上、突出して被害者数も多い」などと指摘。死刑を求刑した。一方の弁護側は「青葉被告は妄想の世界で生きていた」として、心神喪失で無罪、または刑の減軽を求めた。
注目の判決は1月25日午前10時半から言い渡される。