大阪府と大阪市が誘致を進めているIR=カジノを含む統合型リゾート。今年12月上旬、国は、整備計画を年内に認可するのは厳しいとの考えを示した。府と市は2029年の開業を目指しているが、今、その誘致先となる夢洲の“土地の賃料”をめぐって様々な疑惑が浮上している。
鑑定した4業者のうち3社が同額…『不当に安い』と指摘相次ぐIR用地の賃料
大阪府と大阪市が誘致を進めるIR。大阪湾に浮かぶ人工島・夢洲の約49万平方メートルという広大な土地に、国際会議場・ホテル・カジノ施設などが整備される見通しだ。年間来場者数は「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」の来場者数を3割上回る年間2000万人。経済効果は約1兆1400億円を見込んでいて、2029年の秋~冬ごろの開業を目指している。
そんなIRの誘致先の土地の値段をめぐって今、疑惑が浮上している。
大阪市は事業者に決定したアメリカの「MGMリゾーツ・インターナショナル」と「オリックス」の共同グループに対して、約35年間に渡り夢洲の土地を貸し出す方針だ。賃料は1平方メートルあたり428円。ところが、その賃料が不当に安いという指摘が今、相次いでいる。
【今年11月の大阪市議会】
(自民党 多賀谷俊史大阪市議)
「土地課題対策の大阪市の負担など事業者を優遇しすぎているものと考えますが、将来の賃料についても事業者を優遇しているのではないかと思います」
(共産党 山中智子大阪市議)
「大阪市の財産をこれから安い値段でずっと貸し続けますというのは、市民は納得できないと思います」
取材班は価格設定の根拠となった不動産鑑定評価書を入手した。前例のない事業のため、大阪市は4つの不動産鑑定業者に鑑定を依頼。しかし、不思議なことに4つの鑑定業者のうち3社が月額賃料を428円と鑑定。土地の価格や利回りも3社とも同じ金額だった。
駅前一等地の見込みだが「1平方メートルあたり12万円」という土地価格
鑑定額の一致について、40年以上の経験がある不動産鑑定士の芳賀則人さんは疑問を投げかける。
(不動産鑑定士 芳賀則人さん)
「私にとっては3社がこれだけ一致するというのは、正直言ってちょっと考えにくいです。宝くじに近いんじゃないですか」
そもそも不動産鑑定とは、その土地が最も有効に活用される方法を考えたうえで経済価値を判定し、その結果を価格に反映するもの。評価額は鑑定士によってバラツキがあるのが業界の常識とされている。そのため、3社の鑑定が一致するのは不自然だというのだ。疑問は他にもあった。
(不動産鑑定士 芳賀則人さん)
「これだけのポテンシャルを持った土地が1平方メートルあたり12万円というのはですね、なんとなく低いよなという感じがしますけどね」
それは、1平方メートルあたり12万円という土地の価格。周辺の相場と比べて安すぎると指摘する。IR用地のすぐ隣には大阪メトロの新駅が設置される予定で、駅前一等地となる見込みだ。IRの計画では全体の5分の1ほどがホテル用地と想定されている。
周辺と比べると、USJに隣接するホテルの地価は1平方メートルあたり約50万円~60万円。今年3月に売却された南港の東の埋め立て地でも約46万円。IR用地の12万円がいかに安いかが分かる。
4社とも“IRの計画を考慮していなかった”と判明
取材を続けると、ある“カラクリ”が判明した。
(記者リポート)
「IRの誘致が予定されている土地なのですが、『IRが考慮外』として鑑定が行われています」
4社が鑑定したのはIR施設の建設予定地だ。しかし、不動産鑑定評価書では4社ともIRの計画を考慮していなかった。その結果、鑑定書ではホテルより価値が低いショッピングモールなど大規模商業施設が建つ想定で敷地全体を評価しているのだ。
適正な賃料と土地の価格は果たしていくらなのか。ある鑑定士は次のように話す。
(鑑定士)
「5分の1ほどをホテル用地に置き換えると、全体の土地の価格と賃料は1.6倍になり、1年間で15億円ほど上がることになる」
正当に鑑定すればIR事業者が払う賃料は35年間で500億円以上増える可能性があるという。
では、なぜこのような鑑定結果となったのか。不動産鑑定業者4社に話を聞くと…。
(A社)
「基本的には守秘義務などもありますので、クライアント(大阪市)にお聞きくださいという返事しかできない」
(B社)
「コメントは差し控えさせていただければと思っている」
(C社)
「取材はお断りしています。コメントは差し控えさせていただいておりますので」
(D社)
「大阪市の方を通していただくように大阪市の方から言われていまして…」
4社とも回答を拒んだ。
大阪市が“参考価格としてほぼ同じ値段”を提示
固く口を閉ざす業者たち。取材を続けると、ある事実が判明した。大阪市が4社に鑑定を依頼する約半年前に行われた非公開の会議の資料を入手。そこには…。
【会議資料の内容】
「IR用地について12万円として試算。賃料単価435円」
なんと、市がIRのコンセプト募集で参考価格としてほぼ同じ値段を提示していたのだ。
別の会議ではIRを推進する部署の幹部がこの価格通りになるとの発言もしていた。
【議事録より】
(松井一郎市長)「ほぼこの価格なのか」
(港湾局長)「そうだ」
(IR推進局長)「おそらく今の価格が大幅に変わることはない。逆に変わると事業計画に大きく影響するので、できるだけ変えずに具体的にIR事業者側に考えてもらうようにしたい」
港湾局『確認手続きを踏んでいるので問題ない』『IRは鑑定技術的に考慮できない』
このやり方に問題はないのか。真相を確かめるため大阪港湾局を直撃した。
(記者)
「事前に予定額が出ていて、鑑定をしたときの価格がほぼ一緒になっていますよね?」
(大阪港湾局販売促進課 兼坂晃始課長)
「かなり近しい数字にはなっていますよね、確かね」
(記者)
「問題はないと考える?」
(兼坂晃始課長)
「そうですね。ちゃんと確認の手続きを踏んでやっているので問題はない。参考価格と今後行う不動産鑑定の間にそれほど大きな変動要素がないだろうからあまり変わらないだろうという意味合いでの発言だったと考えております」
手続きには問題がないと強調した。
また、鑑定でIRの誘致が考慮されていない点については次のように話した。
(大阪港湾局販売促進課 福岡治樹課長代理)
「その当時でいえばIRが来るということも想定していたと思います。」
(記者)
「なぜIRについて考慮外になったのか?」
(福岡治樹課長代理)
「鑑定技術的に考慮できないよという話がまずありますと」
IRの誘致は初めてで鑑定の参考額がないため、考慮しなかったと説明。技術的に難しいからと条件設定で評価できる内容にして評価することは本来はあってはならないことだ。
(記者)
「IRを考慮したうえで不動産鑑定評価をするつもりはない?」
(兼坂晃始課長)
「そういう条件で事業者を呼んで、それでなんとかIR事業ができるようになった。儲かりそうだから賃料を上げましょうかとか、それはできることはない」
港湾局は、今後も賃料については物価上昇分を除いて変えることはないと話した。
1兆円以上の経済効果が見込まれているIR。市民の税金が使われる以上、疑惑が生じている状況で事業を進めて良いのだろうか。