ネット上で取り引きされる遺伝子。現在ツイッターなどで数千円~数万円で人の精子が個人間で売買されている実態がある。精子をもらったり買ったりする行為は法律では規制されていない。取材を進めると50人以上も子どもがいるという人物もいた。その実態を追った。

『子どもを産みたい』ネットで精子提供を求めた夫婦

 清水尚雄さん(39)。家族4人で過ごす休日のひと時が何よりの幸せだという。
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 2歳になった長男と、去年生まれたばかりの長女。2人は父親の尚雄さんと血が繋がっていない。

 (清水尚雄さん)
 「私が元々戸籍は女性で生まれてきて。トランスジェンダーでしたね」
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 尚雄さんは2014年に性別適合手術を受けて戸籍を男性に変えた。
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 そしてその翌年、以前から交際していた彩香さん(28)と結婚したという。

 (清水尚雄さん)
 「友人がこの家に遊びに来た時に、子ども2人を連れてきていて」
 (妻・彩香さん)
 「それを見たときに、自分はやっぱり家族を作りたかったのかなって」
 (清水尚雄さん)
 「男性として精子を持って生まれてくることができたのなら、そういった悲しい思いをさせなかったのにって」
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 2人の中で何となく触れずにいた子どもの話。『子どもを産みたい』という妻の思いを受け止めて、“あること”を決心したという。

 (清水尚雄さん)
 「第三者の精子提供でっていうことで」

 2人は東京の病院などを訪ねたが、ドナーが少なく「2~3年は待つ必要がある」と言われたという。
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 そんな中で救いを求めたのがネットの世界だった。

 (妻・彩香さん)
 「ネットで関東で精子提供をしてくれる人で探して、個人ブログに飛んで。そこからその方にお願いをして。すごく覚えている。ドキドキワクワクしながら」
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 精子提供者の男性は「20代後半の会社員」で、やり取りは全てLINE。謝礼は1回の提供につき3000円だったという。都内のネットカフェで複数回にわたって精子を受け取り、7回目で長男を授かった。

 (清水尚雄さん)
 「大事に本当に大切に育てていかなきゃなっていう気持ちもより強くなった」
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 去年生まれた長女も同じ男性から提供を受けて授かった命。この上ない幸せを感じる一方で、こんな思いもあるという。

 (妻・彩香さん)
 「本当にいいのかなっていうのはあったよね。それこそ本当、大人の都合でっていう部分は少なからず」
 (清水尚雄さん)
 「(Q子どもに説明は今後していく?)説明していく予定です。上の子が生まれたときからそう決めているので。(Q提供者は出自をたどってこられることに対して何と言っている?)全然問題ないって言っています」

 提供者の男性には妻や子どもがいるというが、遺伝上の父親として今後も縁が切れないようにしていくと2人は話した。

人の遺伝子がSNS上でカジュアルに取引されている実態

 医療機関を介さない遺伝子の取り引き。SNS上には「精子提供を行う」とするアカウントが無数に存在する。
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 【SNS上で精子提供を行うアカウントの書き込み】
 「35人誕生、A型二重、179cm」
 「一流大学、超一流企業、ルックス偏差値60」

 学歴や容姿などを強調する書き込みが多い。
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 取材班が複数のアカウントにメッセージを送ると、東北に住む男性が電話取材に応じた。

 (SNSを通じて精子提供をする30代男性)
 「元々献血の延長線上みたいな感じで。精子提供に至ったのは2名。(Q新しい命が生まれてきて、その子どもが大きくなって、自分のところに会いに来る可能性もあるが?)いやー絶対面白いだろうなと思って。物は自分で歩きませんけど、人は自分で歩くじゃないですか」

 人の遺伝子が実にカジュアルに取り引きされている実態が垣間見える。

『子孫を残したい気持ち』と『困った人を助けたい気持ち』

 さらに直接会って取材に応じるという男性も現れた。取材班は今年2月、その人物と会うために福岡県へと向かった。

  (記者)「こんにちは。よろしくお願いします。精子提供をされている方?」
 (Aさん)「ああ、そうですね」
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 福岡市在住の会社経営者・Aさん(40代)。ツイッターを介して、選択的シングルマザーの方など、これまで7人に精子を提供してきたという。
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 (Aさん)「1名の方は出産に繋がりました。(生まれた子どもは)2か月です。正直、けっこう可愛いですけどね」
  (記者)「お金はどうされているんですか?」
 (Aさん)「正直、生活に困っている訳ではないので、そういう目的ではないのですが。ドナーとクライアントの関係性の維持という意味で、初回が1万円で、2回目以降が5000円」
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 妻と子ども2人と暮らしているというAさん。家族には伝えていないというが、将来、精子提供で生まれた子どもが会いに来ても応じると話した。

 (これまで7人に精子提供をしたAさん)
 「子孫を残したいという気持ちが、困った方を助けたいというボランティア精神と、掛け算といいますか。私としてはやましいことは何もやっていませんし、堂々としたいなとは思っていますけどね」

『実際に子どもが訪ねてくる可能性』がドナー不足に影響か

 日本では1948年に始まったとされる精子提供による出産。現在も法律上の規制はない。

 国は、婚姻関係がある夫婦に限り精子提供での人工授精(AID)を容認している。その上で無秩序な提供を防ぐために12の病院やクリニックを指定。「同一提供者からの出生児は10人以内」「提供者は原則匿名」などと規定している。
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 取材班は今回、精子提供を行っているとされる12の医療機関に対して、実施状況を尋ねた。回答があった9施設のうち、5施設が「精子を確保できていない」と答え、4施設が「ドナー不足で初診を停止している」と答えた。

 【医療機関からの回答の一つ】
 「約10年間、運用していない。提供精子がないため」
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 指定機関の1つで2018年に初診を停止した慶應義塾大学。その理由について慶應義塾大学医学部・産婦人科学の田中守教授に直接話を聞いた。

 (慶應義塾大学医学部・産婦人科学 田中守教授)
 「2018年にドナーの方にいわゆる『出自を知る権利』をしっかりお伝えするように変更いたしました。親を知りたいということで、実際に親を訪ねてこられる可能性が出てくるということを説明したところ、やはり精子提供を尻込みされる方が増えてきた。精子提供のドナーを求めて、アンダーグラウンドに行っているんじゃないかと、安易に予測できます」

『精子提供は純粋な医療…素人間では非常に危険』

 去年、埼玉県内に民間初の精子バンク「みらい生命研究所」が設立された。
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 (みらい生命研究所 岡田弘代表)
 「こういう形で凍結したまま提供する。使うときに溶かす」

 この施設では、提供を受けた精子を、指定された医療機関に供給していくという。提供者は、自分の情報をどこまで開示するのか3段階で選択でき、提供しやすい環境を整えようとしている。
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 医師でもある岡田弘代表は「SNSでの安易な取り引きには危険が伴う」と指摘する。

 (みらい生命研究所 岡田弘代表)
 「精子というのは感染症のチェックがとても大事なので。素人の間での精子授受では、そういったことに全く注意が払われていないことが非常に危険だと。これは純粋な医療です。ですから医療の現場にきっちり戻すべきなんです。それ以外のところがやるべきではない」

精子提供で生まれた男性『できるだけ正直に子どもに事実を話してほしい』

 精子提供で生まれた子どもの権利はどうあるべきなのか。

 横浜市立大学附属病院の内科医である加藤英明さんは、医学生だった29歳の時、研究の一環で自らの血液を検査したところ、父親と遺伝的な繋がりが一切ないことが分かった。
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 (精子提供によって生まれた加藤英明さん)
 「突然、『実はお父さんは血が繋がっていないのよ』って。もう頭の中が真っ白になりますね。やっぱり父親とはしばらく、うまく話しにくかった時期がありますね。特に『お父さん』と呼びかけていいのかどうか。(Q言ってほしかった?)なんで言わないのよ、そういう大切なことをっていう」
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 加藤さんは、両親が精子提供を受けた慶応大学に開示を求めたが、何も分からなかったという。今も遺伝上の父親を探し続けている。
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 (加藤英明さん)
 「父親に会いたいか会いたくないかって言われたら、そりゃ会いたいっていう。ただ一杯酒飲みに行ってくれればいいかなっていうのが僕の気持ちです。子どもの立場から言うと『そんな生まれ方をするのはごめんだ』と思います。両親はできるだけ正直に子どもに事実を話してほしいと思っています」
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 取材では、SNSでの精子提供で50人以上子どもがいる、と話す人物もいた。「子どもの出自を知る権利」については、超党派の議員連盟が今年中の法整備を目指して協議を進めている。