去年12月に起きた北新地放火殺人事件。今年3月16日に容疑者の男が書類送検され、3月17日に大阪地検が容疑者死亡のため『不起訴処分』とし、捜査終結となった。容疑者は死亡しているため、動機など事件の全容解明は困難な状況である。「人を殺して、自分も死ぬ」。専門家らは“拡大自殺”という言葉で分析しているが、事件の背景には何があるのか?取材班は、過去に“拡大自殺”を考えたという人たちを取材した。
北新地放火殺人事件…容疑者死亡で捜査が終結
去年12月、大阪・キタの繁華街、北新地のビルから出火した。火元となったのは心療内科クリニックだった。
(目撃者)
「煙の量がすごかったですから、かなりの勢いで上まで煙が上がったんじゃないですかね」
現場でガソリンをまいて放火したとされる谷本盛雄容疑者(61)。火災の後、病院に搬送されたが約2週間後に死亡した。
警察は今年3月16日、谷本容疑者をクリニックにいた患者ら26人を殺害した放火や殺人などの疑いで書類送検した。その後、大阪地検は3月17日に容疑者死亡で谷本容疑者を不起訴処分とし、捜査終結となった。
捜査関係者『自暴自棄に陥っていったのでは』
犯行の動機は一体何だったのか?ある捜査関係者はこう指摘している。
(捜査関係者)
「谷本(容疑者)のスマートフォンには交友関係を示す連絡先はなかった。銀行口座の残高もゼロ。仕事もなく生活が困窮し、社会からの孤立を深める中で、自暴自棄に陥っていったのではないだろうか」
「人を殺して、自分も死ぬ」。犯罪心理学では“拡大自殺”とも分析されているが、その犯行動機などは掴みきれていないのが実態だ。
発達障がい患うAさん 集団になじめず孤立…「他人を恨むことで心を保っていた」
今年1月、北新地の事件現場を1人の女性が訪れた。
(Aさん(20代))
「もしかしたら谷本容疑者が私だったかもしれないと少し思いました」
関西に住むAさん(20代)。発達障がいを患っていて10代のころ、周囲から理解されずに苦しんだ経験があった。
(Aさん)
「人の何倍も頑張ってもなかなかできなくて、当時は発達障がいという概念もまだ広まっていなくて、『わがまま』『やる気がない』とかそういう見方をずっとされているうちに、親とか学校とかが嫌になって、そこからどんどんゆがんでいって、健常者が恨めしいと思っていました」
小学生から高校生までの間、同級生から冷たい言葉を浴びせられるなど集団生活になじめず孤立していたという。
(Aさん)
「自分を責めていたら持たないんですよ、気持ちが。他人を恨むことで心を保っていたのかな、自分を守るために。人を殺すとかそこまでは考えてなかったんですけど、“田んぼに火をつけてあたり一面燃やしてやる”とかそういうことを考えていた」
谷本容疑者は「違う場所ではなくグラデーションの地続きにいる存在」
Aさんは故郷を離れ関西へ移住し、それがきっかけで友人ができたり病気への理解も進んだことから、自暴自棄からは脱した。しかし、北新地の事件を知った時「もしかしたら自分が…」と考えてしまったという。
(Aさん)
「谷本容疑者が特殊な事例で絶対あり得ないと思う人が多いと思うんですけど、私は人の良心ってそんなに頑丈なものじゃないと思っていて、苦しいことがたくさん重なったりすると、案外簡単にペチャンコになってしまうことはあり得ると思っている。自分とグラデーション、(谷本容疑者が)まったく違う場所にいる人ではなくて、グラデーションの地続きにいる存在だと思いました」
Aさんが語った『周囲からの攻撃』や『孤立』。それに反発することが大量殺人のトリガーになるということなのか。
過去に病気を宣告され死を覚悟…『大量殺人』を計画した男性
取材班は、さらに犯罪心理に迫るために東京・歌舞伎町を訪れた。この街で、かつて大量殺人を実行しようとした人がいた。
玄秀盛さん(65)。約20年前、貸金業などの事業を展開し、1年で20億円を稼ぐなど派手な生活を送っていた。しかし当時、ある宣告を受けたという。
(公益社団法人日本駆け込み寺・代表 玄秀盛さん)
「HIV陽性やと。ぱっと早合点してしまうんよ、もう死ぬんやなと」
今となっては特別な病ではないが、当時は知識がなく「HIV感染」と聞くと絶望感にさいなまれたという。
(玄秀盛さん)
「寝ても覚めても1分1秒でも『死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ』と、毎日呪文のように聞こえるんやから、それしかないわけや。何を見ても楽しくないし、世の中がモノトーンに見えるし、笑い声がいやに刺さるし。萎えていく自分がつらいというか、当時やで。どっかにエネルギーを持っていくと。だから『復讐』というところに燃えていくんやろうな」
玄さんは死を覚悟し、当時恨みがあった5人を道連れにしようと計画した。しかし、ほどなくして感染していなかったことが分かり計画を中止したという。
(玄秀盛さん)
「これが分かって、てめえの馬鹿さ加減が分かるねん。『なんやねんお前は』と。『死ぬ言うたらこれかい』と。1週間ぐらい自暴自棄ではなく茫然自失というやつや」
生き方を変え『自殺・犯罪防止の活動』に従事「1個1個摘んでいかなあかん」
金儲けしか考えてこなかった人生。そして、死を覚悟した時に頭によぎった“復讐”。自分の馬鹿さ加減に呆れその後、生き方が変わったという。
(玄秀盛さん)
「貧困も含め疎外も含め、孤独も含め、言い出したらきりがないけども、1個1個摘んでいかなあかん、1人ずつ」
玄さんは2002年に新宿・歌舞伎町で公益社団法人「日本駆け込み寺」を設立。これまで5万人への支援を通して自殺や犯罪を食い止めようと活動してきた。
引きこもりだった男性に手を差し伸べると…。
(玄さんに届いたメッセージ)
『この問題解決できないなら、俺は殺しますよ。殺害予告なんで』
唐突にこんなメッセージがきても「理解できない」と突き放さず、社会全体でどう支援するか考えるべきだと話す。
(玄秀盛さん)
「10人、100人をいっぺんに救いましょうというからいつまでも誰もできない。死に対してみんな慣れてきたよな。もうちょっとそこんとこ、俺1人が踏ん張ってもしゃあないけど孤軍奮闘で頑張ってるよ」
専門家「今回の事件の予備軍となる人たちが一定数いる」
なぜ、北新地事件のような他人を巻き込んだ凄惨な事件が起きたのか?犯罪心理学の専門家である聖マリアンナ医科大学・神経精神科学教室の安藤久美子准教授は、こう指摘する。
(聖マリアンナ医科大学・神経精神科学教室 安藤久美子准教授)
「支援や相談の窓口は多く開いていると思うんですけれども、そこにたどり着かない一群が攻撃的な行動で社会にアピールするというパターンになってしまっていると思うんですね。社会的な孤立や親密な方との関係が遮断されているような方がいたら、何か支援の手を差し伸べるとか、あるいは関係性を構築するような取り組みをするという方法はあるかもしれません」
今回の谷本容疑者については…。
(聖マリアンナ医科大学・神経精神科学教室 安藤久美子准教授)
「自分の境遇自体への不満がある。その中で他責的になって『誰かを巻き込んで殺したい』という、そういった心性が考えられます。今回の事件の予備軍となる人たちが一定数はいると思います」
地域社会の中で孤立し悩む人から目を背けず“手を差し伸べる”。容易ではないが、それが事件を防ぐ最初の一歩ではないだろうか。
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▼厚生労働省の自殺対策ホームページ:https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/
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