1月19日発表の直木賞。その候補作に選ばれているのが歴史小説家・今村翔吾さん(37)の本です。小説家の原点は少年時代に通い詰めた「小さな本屋さん」でした。そんな今村さんが縁もゆかりもない大阪府箕面市で書店の経営を始めました。『廃業危機に陥る書店を救う』。小説家の想いを取材しました。

書店経営に取り組む歴史小説家

大阪府箕面市、駅から歩いて5分ほどの場所に「きのしたブックセンター」という書店があります。
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この店を経営しているのが今村翔吾さんです。
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(レジでのやりとり)
(今村さん)「いらっしゃいませ」
(お客さん)「店長さんやられているときに間に合ってよかったです」
(今村さん)「あーよかったです」

(お客さん)「わー嬉しい。ゆっくり読もう」
(今村さん)「ありがとうございます」
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サインを求めるお客さんや今村さんと写真を撮るお客さん、今村さんを一目見るために訪れる人もいます。
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今村翔吾さんは歴史小説家で、抱える連載は雑誌や新聞など8本。仕事の依頼は数年先まで埋まっています。
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売れっ子作家として時間を見つけると書店の倉庫でも筆を走らせます。

(歴史小説家 今村翔吾さん)
「来月に出る一挙掲載の雑誌のゲラをやっています。今日中に宅配便にのせへんかったらヤバい」
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作家デビューは4年前。すでに20冊以上を出版して数々の賞を受賞してきました。
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そして1月19日に発表される第166回・直木賞の候補作に今村さんの著書「塞王の楯」がノミネートされました。戦国時代の近江の大津城を舞台に、どんな攻めをもはね返す石垣と、どんな守りをも打ち破る鉄砲、その職人同士の対決が描かれています。直木賞の候補になるのはこれで3度目です。

「小さな本屋さん」で出会った1冊の本が原点

今村さんが作家を目指した原点は「小さな本屋さん」で出会った1冊の本でした。

(歴史小説家 今村翔吾さん)
「今も残っている。これが小学5年生の時に買ってもらった真田太平記です。古本屋に積まれているのを買ってもらって読んで」
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小学5年生の時に買った池波正太郎の「真田太平記」。今村さんは歴史小説に没頭して書店に通い詰めました。

(歴史小説家 今村翔吾さん)
「自分がすごく小さい町で団地みたいなところの生まれで、そこの中に1店舗だけ小さい書店があって、そこで司馬遼太郎先生とか池波正太郎先生とかの本も全部買っていたし。そこがなければ僕って作家になってへんかったやろうなと思う」

『夢は小説家』。しかしすぐにその道には進みませんでした。

「翔吾君も夢を諦めてるくせに」

小学校の教師だった父・今村克彦さん。
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家庭や学校生活に不安を抱える子どもたちとダンスチーム「関西京都今村組」を結成しました。
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今村さんは家業を継ぎ、20代の頃はダンスインストラクターに。小説家という夢を持ちながらも子どもたちと向き合う日々。そんな時、ある教え子からこんなことを言われたといいます。
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(歴史小説家 今村翔吾さん)
「諦めなかったら夢は叶うよみたいな、夢を諦めんなよ、みたいなことを僕が言ったんやと思うんですよね。ほんなら向こうから返ってきたのが、『翔吾君も夢を諦めてるくせに』って言われたので。それが一番衝撃的で。30歳になってからでも夢は叶うと俺の人生で証明するって言ったんや」

昼間は遺跡を発掘する調査員の仕事に就き、仕事が終わると寝る間を惜しんで小説を書き続けました。

廃業危機に陥る書店経営を引き継ぐことを決意

わずか4年で直木賞候補にまで駆け上がった今村さん。去年3月ごろ『廃業の危機に陥いる書店がある』と知人から聞いたといいます。

(歴史小説家 今村翔吾さん)
「今すぐにつぶすということは今は考えていないけれど、ちょっと後継者もいないし、できればよりよくこの書店を守ってもらえる人がいいと」

雨が降る日、大阪府箕面市の書店を訪れた今村さんはある光景を目にしたといいます。

(歴史小説家 今村翔吾さん)
「小学校低学年くらいの女の子とおばあちゃんですかね、2人で絵本コーナーとかで本を買われているのを見て、僕自身も昔こういうふうにおじいちゃんと一緒に来ていたという思い出がちょっとよみがえって、そういう思い出ごとなくなるのはやっぱりよくないなと思って。町の本屋がなくなっていっている状態なので、せめて1回やってみようと」

2代目の店主からこの店の経営を引き継ぐことを決めました。

「書店には本との予期せぬ出会いがある」

この書店が創業したのは1967年。ショッピングセンターの中に店を構え、最盛期には4店舗を経営していました。しかし出版不況で売り上げは低迷。残ったのは1店舗だけでした。
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2代目の経営者だった木下さんは、今村さんからの突然の申し入れに驚いたといいます。

(2代目の経営者 木下芳彦さん)
「作家さんってそんな経営をするんやという、びっくり。そんな有名な方がこの箕面で関心を持っていただけたということに改めてびっくりしました」
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今村さんにとっては縁もゆかりもなかった地ですが、この書店に強い思いがありました。

(歴史小説家 今村翔吾さん)
「箕面駅から徒歩圏内で行ける書店がもうここしかない。なくなれば年配の方とか通われている方が困る。ネットでも本は買えるんですけれど、予期せぬ出会いが、本との出会いがあるので、この本との出会いっていうのはリアルの現場の書店じゃないとなかなかないんじゃないかなと」

地元の人に愛される本屋を目指す

地元で愛された「きのしたブックセンター」という店名は変えず、従業員たちの雇用も継続。壁紙を張り替えるなど店内を改装し、去年11月1日にはリニューアルオープンしました。作家ならではの視点で面白いと思える本の在庫を増やして“小説に囲まれる”、今村流の演出が施されています。
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(お客さんに説明する今村翔吾さん)
「そこらへんの売り場はだいたい直木賞になりそうな人たちをとりあえず僕が集めています」
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さらに店が入るビルのオープンスペースでは執筆活動の合間を縫ってトークショーを開いています。
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(トークショーで自身のことを話す今村翔吾さん)
「初めて書いた小説を4日で書いて賞を受賞するってどんだけ天才ですか。偶然というか、でもああいうのって熱量っていうのもあるのよ。なんか下手くそやけど、熱量がすごいとか、これが受賞したりとかもするんよね」

今村さんは『地元の人に愛される本屋』を目指しています。

(トークショーに来ていた人にサイン本を渡す今村さん)
「ありがとうございます。また今後ともよろしくお願いします」
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(お客さん)
「私も家からすぐの小さな本屋さんに通っていたので、本屋さんを大事にされると聞いて、自分も何か協力ができたらなと」
「先生ご本人がここにいるなんて夢にも思わなかったので、ものすごくラッキーだったなと」
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書店や本は時代遅れとも言われる時代。『町の本屋の灯りを消さない』。今村さんの挑戦は始まったばかりです。

(歴史小説家 今村翔吾さん)
「いっぱい連載を抱えているから、自分でも主人公がどいつやったっけって一瞬わからなくなりそうになるけどね。ありがたいんやろうけど、そのありがたさを忘れるくらいの忙しさになっている。誰や、本屋をやるとか言い出したのは…笑」