遺伝子の変異により筋肉が徐々に衰える難病「筋ジストロフィー」などの重度障がいがある人たちが、病院や実家を出て『一人暮らし』をするための支援の輪が近年、少しずつ広がっています。一筋縄ではいかなくても、生きる喜びを見つけるため「自立生活」を選ぶ人たちを取材しました。

野球観戦も…難病と向き合い「自立生活」楽しむ古木さん

兵庫県西宮市に住む古木隆さん(41)。古木さんは「筋ジストロフィー」という難病により、車いす生活を送っています。心臓も含め、全身の筋力が衰えていくため今では人工呼吸器が必要です。この日、介助者と向かった先は。

(古木隆さん)
「今から甲子園で野球を見に行きます。(Q応援しているチームは?)阪神タイガースを応援しています」

バスを使い甲子園球場に向かいます。古木さんは、歩けなくなった10歳から24歳までの14年間、地元・熊本の国立療養所で生活していました。今ようやく自由な生活を手に入れ、大好きな野球も見に来られるようになりました。
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(古木隆さん)
「(Q甲子園に来たらテンション上がりますか?)そうですね、だいぶテンション上がっていますね。やっぱり甲子園に来て、阪神を好きになりました」

今、古木さんのように行きたいところに行き、やりたいことを「自立して」楽しむ重度障がい者が少しずつ増えてきているのです。

自ら障がいあるスタッフらが支援「やりたいことを諦めないで」

西宮市の『メインストリーム協会』。重度障がい者が自立生活を送るための支援を、自らも障がいがあるスタッフらが行っていて、古木さんもここで活動しています。この日の会議では、一人暮らしを考えている患者から届いた相談を共有しました。
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(メインストリーム協会 藤原勝也副代表)
「両親も自分も含めて、一人暮らしするのにどういうことをやっていったらいいかとか、手続きとか全然わからへんからそこが不安ですと」

ここで働く人の多くは、「重度訪問介護」という公的制度を使い自立生活を送っています。この制度を使えば、食事や入浴などのほか就寝中の見守りも含めて、介助者による24時間介護を自宅で受けられるといいます。しかし、重度障がい者でも自立生活ができることはまだあまり知られていません。
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メインストリーム協会の竹川友恵さんは、病棟や実家を出るまでにはさまざまな葛藤や苦労があったと話します。

(メインストリーム協会 竹川友恵さん)
「病気が発病したのが30歳くらいだったので、もう働けなくなってきて、病院の天井を見て生きていくのかなと思って。何も楽しみもなく毎日ぬり絵とかさせられて生きていくのかなとか、好きなものも食べられへんやろうし、将来への絶望で何とか(病院から)出たいとなりましたね」

重度障がい者の中には、自宅や病棟の外に出ることなく亡くなる患者もいるといいます。
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メインストリーム協会のスタッフたちは、自分たちと同じように好きなものを食べ、行きたいところに行く「自由」の喜びを知ってもらいたいと話します。

(メインストリーム協会 藤原勝也副代表)
「『今の生活で自分が生きるしかないかな』とか、そういうふうにあきらめてほしくない。それぞれが『こんなことやりたいな』と思っていることがあると思うんだけど、ほとんどのことは大体実現しますよと言いたい」

筋ジストロフィー患者「一人暮らし」検討するが不安も

今年9月、メインストリーム協会のスタッフのもとにある相談が来ました。相談者は大阪市在住の鶴羽雄大さん(24)。筋ジストロフィーの患者です。これまでずっと両親のもとで実家暮らしをしてきましたが、来年4月から「一人暮らし」を検討しています。スタッフはオンラインで鶴羽さんと話をしました。

【オンラインでのやりとり】
(鶴羽雄大さん)
「不安しかないです。ヘルパーさんも全部変わっちゃうし」
(メインストリーム協会 坂本昌文さん)
「俺も最初は気を遣ったなあ、確かに。ヘルパーのベテランの人とかに相談したら『全然なんでも言いや』とちゃんと言ってくれて、それで言えるようになった」
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また、自立生活ならではのこんな悩みも。

【オンラインでのやりとり】
(鶴羽雄大さん)
「信頼しているヘルパーさんといても、お金が無くなったりとかしたらどうしようかと」
(メインストリーム協会 坂本昌文さん)
「全部お金は目の前で触ってもらったりとか、ちゃんとお金が自分の財布の中にいくら入っているのか把握をしていたら、アテンダント(介助者)を疑わずに済む」

同じ病気の先輩の話を聞き、少し具体的なイメージがわいてきたようです。
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鶴羽さんも、大阪市の支援施設のスタッフです。動く指先を使って文字を打つなどして作業をしています。オンラインでのアドバイスを受け、自立生活に向けて施設で「体験宿泊」をすることにしましたが、不安がぬぐい切れないと話します。

(鶴羽雄大さん)
「普段(夜間)はいつもお母さんが2時間おきの寝返りを打たせてくれたりとかするので、自分は(寝ていて)あまり意識がないんですよね。それをヘルパーさんにちゃんと指示できるのかというのが不安なところです」

自立に向け体験宿泊に挑戦も…ヘルパーへの指示に苦戦

普段働いている支援施設のスタッフと一緒に、支援施設から体験宿泊の施設へ向かいます。

まず、夕食を買いに立ち寄ったのは商店街。ちらし寿司を買うため、先日のアドバイスどおりきちんと目の前でお金を出して支払ってもらいます。

(スタッフ)「452円払います(小銭を鶴羽さんに見せる)」
(鶴羽さん)「はい」
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そして、宿泊施設に到着しました。部屋に到着するとまず、人工呼吸器のセッティングにとりかかりました。普段からお世話になっているヘルパーですが、器具が入った袋を開けられません。
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(鶴羽さん)「スーツケースの前(のポケット)にハサミがあります」

鶴羽さんがハサミを持ってきているようですが…。

(ヘルパー)「(ハサミが)ない」
(鶴羽さん)「ない?」
(ヘルパー)「わからん、ないと思う。もうそのままちぎるわ、どうにか」
(鶴羽さん)「ちぎろう」
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また、ベッドをセッティングする時にもなかなか必要なモノが伝えられません。

(鶴羽さん)「茶色いやつじゃなくて…。もう1個あるじゃないですか、大きいなんか…」
(ヘルパー)「パンダ(の柄)?」
(鶴羽さん)「パンダ…。パンダじゃない」
(ヘルパー)「え?」
(鶴羽さん)「茶色いやつのほかにもう1個なかった?」
(ヘルパー)「説明が雑過ぎる」

慣れ親しんだヘルパーに曖昧に指示した鶴羽さん。きちんと説明するよう注意されました。次は、丁寧に指示を出します。
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(鶴羽さん)「メガネ外します」
(ヘルパー)「はい(鶴羽さんのメガネを外す)」
(鶴羽さん)「水筒のところに置いたら安全」

こうして、初めてだらけの1日が終わりました。

宿泊を終え…大変だったが「自分のことは自分でやる方がいい」

翌朝。体験宿泊を終えた鶴羽さんに感想を聞きました。

(鶴羽雄大さん)
「(Qゆっくり眠れましたか?)1時間おきに起きていたんですけど、何とか寝られましたので大丈夫です。(Q1時間おきに起きたのは気になることがあった?)寝返りをヘルパーさんに打たせてもらわないといけないので、気にしますね」

とても大変な一夜だったと話しますが、大きな「収穫」もあったようです。

(鶴羽雄大さん)
「(実家を)離れてみてよかったなと思います。家だと両親が何も言わずにやってくれるので、それではよくないなと。自分で指示して、自分のことは自分でやる方がいいと思いました」

自分の人生を自分らしく生きる。鶴羽さんは、これから始まる自立生活に向けて一歩進み始めました。