地域が抱える課題を解決する一台の冷蔵庫。とあるマンションの下に置かれていて、一日に多くの人が訪れます。この『街角冷蔵庫』をめぐる“支援の知恵”と“人々の優しさ”を取材しました。

常連客でにぎわう惣菜店

大阪市東淀川区の築45年のマンションの下にある持ち帰り専門の総菜店「ばんざい東あわじ」。午前9時、キッチンは食欲をそそる香りに包まれます。
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エビフライに、卵焼き。野菜たっぷりのお総菜が作られています。店には量り売りのお惣菜が常に10種類前後は並び、開店すると早速常連客で賑わいます。
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人気の理由は1g1円という安さ。さらに500g以上ならどれだけ入れても容器に収まれば540円という値段設定です。
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(常連客)「栄養のバランスがすごいからね、ここのおかずはね。ファンだわ~。すっごく」
(常連客)「子どもたちが食べられるご飯がいっぱいある」
(常連客)「おいしいよ、ここ。レパートリーがこんなに。家でもこんなようけ作らへんやん」

余ったお惣菜でお弁当を作り『街角冷蔵庫』に

閉店時間の午後2時すぎ、この日はお惣菜が余りました。スタッフたちは、次々と容器に詰めていき、お惣菜たっぷりのお弁当を作ります。
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このお弁当の行く先は、店のすぐ近く、通路に設置された冷蔵庫。
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この冷蔵庫に入ったお弁当は、誰でも無料で持って行くことができるのです。

惣菜店をはじめたのは「Snailtrack」の本川誠さん(44)です。この『街角冷蔵庫』を通じた不思議な繋がりは、本川さん自身も想像しなかったものでした。
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(Snailtrack 本川誠さん)
「メインはやっぱり生活困窮者というとあれですけれど。コロナ禍でちょっとしんどくなった人とか、収入が下がってという人も取りに来られますし。きょう帰って来るの遅いから子どもらのご飯間に合わへんから、子どもらに電話して『あそこの冷蔵庫からお弁当もらって食べておいで』みたいな。ざっくばらんに使ってもらっていますね」

“無料”だと店の経営としては少々心配ですが…。

食材の3分の1は地域から寄せられた食材

すると店に常連客が現れました。常連客が差し入れたのは、せっかく買ったのに家で食べなかった食材です。実はこの店で使われている食材の3分の1は買いすぎたり余ったりして地域から寄せられたものでした。

(常連客)「福井に行っていたんです」
(スタッフ)「四角い麩ですね」

(常連客)「元々食品ロスは嫌やなと思っていて。知り合いのところでたくさん作物が採れたからって言って私がもらったものをおすそ分けで持ってくることもあります」

(Snailtrack 本川誠さん)
「循環型地域食堂という名前で、狭い地域の中でですけれども、フードロス問題も含めて、地域で食材を循環させるという仕組みをつくることで、社会的にも意味のある食堂(惣菜店)になっているので」
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地域から提供された食材を、ボランティアの人たちが調理して販売。余ったらお弁当にして冷蔵庫へ。経済的に困った人が無料で受け取れます。「困窮者支援」も「フードロス対策」もできるのです。
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【「ばんざい東あわじ」の街角冷蔵庫のルール】
▼提供する人
・一般の人は食材のみ可、調理したものは不可
・飲食店は「ばんざい東あわじ」の許可で調理したものは可
▼弁当を持ち帰る人
・容器は返却
・その日中に食べる

「街角冷蔵庫」を利用する人たち

取材した日、冷蔵庫に入れたお弁当は15食。すると、高齢の男性に、子どもを連れた女性、次々とお弁当を取りに来る人の姿がありました。近くに住む利用者の男性は、何度も利用したことがあるそうです。

(利用している男性)
「だいぶ助かっています。実は年金もらっているけれども、年金が、かけている金額と年数が少ないから、どうしても(経済的に)難しいというか。いずれちょっと生活を立て直すというか、良くなったら、お米とかを寄付しようと思っています」

お弁当は毎回、1時間もたたずに全てなくなるといいます。
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午後3時前。若い男性が容器を返しに来ました。

(容器を返しに来た若い男性)
「親から無料でここから冷蔵庫からとれると聞いて。親が行かなくても僕が行くことが最近は多かったりして。それで使うように」

男性は家の事情について多くを語りませんでした。

利用者とは「顔を合わせない」その理由は?

本川さんは、お弁当を持って行く人に理由をたずねることも顔を合わせることもしません。

(Snailtrack 本川誠さん)
「必ず顔をあわせないといけないコミュニケーションもありだと思うし、それを必要としている人もいると思うんですけれども、なるべく顔を合わせずに、困った時にそっと取っていけるというような機能もあってもいいかなと思って」
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この日、返却された容器には、「ありがとう」と書かれた紙が入っていました。また、それぞれの事情が綴られた手紙もありました。
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(利用者からの手紙)
「お弁当、御馳走様でした。両親の介護と仕事との日々の中でこちらの冷蔵庫を知り大変、ありがたく頂いております」
「ありがとうございました。大変おいしかったです。収入が減り、とても助かりました」

(Snailtrack 本川誠さん)
「やっぱりほっこりしますよね。そういう風に喜んでもらっている人が冷蔵庫の向こう側にいるんだなというのは実感になりますし、やっぱり嬉しいですね」

共感した周囲の店も参加

『街角冷蔵庫』に賛同する店も増えています。取材した日にも、お弁当を販売している店が商品を提供しに来ました。

(商品を提供しに来たkitchenCUBE代表 畑あゆみさん)
「余っちゃうとね、次の日使えないので。探していたんですよ。どなたかもらっていただけないかというところで」
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共感した周りの店も街角冷蔵庫に参加するようになったといいます。

「食材だけではなく“善意”が循環している」

午後8時すぎ、惣菜店は、学習塾に変わります。スタッフが作っているのは親が働いている子どものための夕食です。

(スタッフ)「きょうの残りを詰めてくれへんかな」
(小学生)「オーケー」
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少し多めに作られたご飯は、子どもたちも手伝って夜のお弁当に変わりました。

(小学生)「よっしゃ、できたぞ」
(スタッフ)「じゃあ外の冷蔵庫へ入れておいで」
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そして、お弁当は夜のうちに、また誰かの手に渡っていきます。この日、返却された容器には、「ありがとうございます!必ずいつかお返しします」という手紙が添えられていました。
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(Snailtrack 本川誠さん)
「今は助けられている側かもしれないけれども、いつか恩返ししますって言ってくれている。僕は食材を循環させるつもりで循環型地域食堂って名付けたんですけれども。半年たって食材を通して善意が循環しているっていうのがすごく感じられて。(他の地域でも)ぜひ展開していきたいですかね。マネをする人が増えると嬉しいなと思っています」