今年30周年を迎えた「嵯峨野トロッコ列車」。京都の嵐山と亀岡を結ぶこの観光列車は、1991年の開業から年間の乗客数が右肩上がりに増加して、インバウンド効果で2019年に約127万人にまで達しましたが、新型コロナウイルスの影響で去年は46万人と開業以来、最低の乗客数となってしまいました。こうした厳しい状況の中、夢を追って転職してきた30代の男性がいます。彼が目指すのは、歴代、トロッコ列車の成長を支えてきた“伝説の車掌”です。

桜、紅葉…美しい景色が楽しめる「トロッコ列車」

今年の夏休み、嵯峨野トロッコ列車には夏の保津峡を楽しむ乗客の姿がありました。
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春には桜、秋には紅葉と、移り変わる美しい景色が楽しめるこのトロッコ列車は今年開業30周年を迎えました。しかし、この1年は今までに経験したことのない苦難の年だったといいます。

夢を追って転職の男性「営業休止中に運転士の訓練」そして『車掌』への挑戦

去年5月、全国に出された緊急事態宣言を受け、トロッコ列車も営業休止に。
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しかし、列車はというと、休むことなく動いていました。一体なぜなのでしょうか。

(嵯峨野観光鉄道 鈴木貴之さん)
「大変恐縮なんですが、私の運転士の養成のために運転している」
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鈴木貴之さん(37)は幼いころから鉄道が好きで、「鉄道に直接関わりたい」と、おととしに車両メーカーから転職。運転士を目指す鈴木さんの訓練のためにもと列車を走らせていたのです。運休中も訓練した甲斐あって、去年6月、鈴木さんは無事「運転士」に。
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そして今年6月、鈴木さんは新たなチャレンジを始めていました。

(嵯峨野観光鉄道 鈴木貴之さん)
「(Q何をされている?)車掌の養成として座学を行っています」

「車掌」への挑戦です。実は、トロッコ列車の車掌は特別な存在。その役割を知るために、歴史を振り返ります。

30年前に誕生 従業員らが『殺風景だった景観』の改善に取り組む

嵯峨野トロッコ列車は、使われなくなったJR山陰線の線路を再生させたのが歴史の始まりです。1991年4月、トロッコ列車が誕生。年間23万人と見込んだ乗客は初年度69万人と順調な滑り出しでした。
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しかし、当時の沿線の景観はというと、殺風景そのもの。そこで取りかかったのが景観の改善です。従業員らの手によって1本1本、桜や楓の木が植えられました。
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トロッコ列車の評判は海外にまで届き、乗客数はぐんぐん上昇しました。2013年に100万人を突破し、2019年には127万人に達しました。

『乗客を巻き込むアナウンスで盛り上げ』“伝説の車掌”

また、沿線の美しい景色に負けないほど人気を集めていたのは、“伝説の車掌”たちの存在です。

(アナウンスする車掌 1992年)
「お急ぎくださいませ~。はぐれ鳥のモリムラさん、おられますか~」
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乗客まで巻き込んで盛り上げるスタイル。その人気ぶりは、車掌と腕を組んで記念撮影を行う人がいたほどです。
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車内でのアナウンスも見事なものです。

(“伝説の車掌”田中二郎さんのアナウンス 1992年)
「タヌキ(の置物)がみなさまをお出迎えしております。寝ているタヌキ、へそを出しているタヌキがございます。紳士淑女のお客さま、タヌキの上の方を見てくださいませ。すけべなお客さま、タヌキの下の方を見てくださいませ」
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そして、この時代からいまも受け継がれるのがトロッコ列車名物「歌う車掌」です。景色と相まって非日常を生み出しています。

車掌に挑戦の鈴木さん『Youtubeに出演し話芸磨く…』そして乗客に披露へ

車掌を目指す鈴木さんは、デビューのために取り組んできたことがあります。それは「Youtuber」デビューです。

(嵯峨野観光鉄道 鈴木貴之さん)
「沿線の勉強ということで、トロッコ列車に乗ってもらったときに、『ここがこういう名所なんです』というのを自分自身が勉強する意味でもあり、表現の方法の1つだと思いますので、そういったものも発信できればなと」
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コツコツと磨いてきた話芸を実際に乗客の前で披露する日がきました。緊張する鈴木さん、心配なことがあります。

(嵯峨野観光鉄道 鈴木貴之さん)
「案内するときに、右か左かと。普段運転していると途中で(折り返して)進行方向が変わるので、お客さん目線でどっち側かを正確に言っていく」
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25分の列車の旅が鈴木さんのアナウンスで始まりました。

(アナウンスする鈴木さん)
「本日も嵯峨野観光鉄道ご利用いただきまして、ありがとうございます」
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案内以外にも、ドアの開閉を行うほか、安全確認のためにも揺れる列車を歩き回りながら景色も案内していきます。

(アナウンスする鈴木さん)
「山肌をご覧ください。台風21号の爪痕です。木々が一晩ですべてなぎ倒されてしまいました」

気がかりだった「乗客から見て右か左か問題」は…。

(アナウンスする鈴木さん)
「次の踏切、ひ…右側になります」

なんとかこらえました。

(乗客)
「どこを見たらいいのかは初めて行くと見るところがわからないので、それはうれしいなと思いました」
「すごく聞きやすかったし、すごくよかったです。ただ乗っているだけじゃなくて、楽しませてくれているなっていう感じもあった」

「人の力」で苦難の時代を乗り越える

嵯峨野観光鉄道の井上敬章社長は、コロナ禍の苦しい時代を乗り越えるのは「人の力」と期待を寄せています。

(嵯峨野観光鉄道 井上敬章社長)
「今年6月から借金をして経営することになっています。厳しい中でいかに会社力を強めるか、その中で一番大事なのが人材。(鈴木車掌が)トロッコ列車の魅力の1つになればいいなと思っています。なると思っています」
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(嵯峨野観光鉄道 鈴木貴之さん)
「車掌の力量でお客さんが来ていただけると、それはかなりすばらしいことだなと思いますし、そうできるように少しでもいろいろと頑張れたらと思っています」

トロッコ列車の成長を支えた人の力、“伝説の車掌”たちの存在。新たな伝説を目指して、鈴木さんも一歩を踏み出しました。