7月23日に開幕した東京オリンピック。パラリンピックと合わせて、ファイザー社は関係者4万人に新型コロナウイルスワクチンを無償提供しています。今回、このファイザーのワクチンの共同開発にあたったキーマンが、日本では初めてテレビメディアの取材に応じ、開発秘話を明かしました。一方で出遅れている国産ワクチンの現状についても取材しました。

京都大・本庶特別教授とビオンテック・シャヒンCEOが対談

今年2月、日本に初めて到着した新型コロナウイルスのワクチン。アメリカのファイザー製で、mRNAというウイルスの遺伝物質を使って作られました。このワクチンを事実上開発したドイツのビオンテックの創業者であるウグル・シャヒンCEOに今回話を聞くことができました。
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この取材は、2018年ノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑特別教授とのオンライン対談という形で実現しました。2人には「がん」と「免疫」を研究してきた共通点があります。
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  (本庶氏)「がんから感染症の研究に非常に素早く切り替えましたね。どういうきっかけでしたか?」
(シャヒン氏)「武漢で感染が起きた時、パンデミックになりかねないと感じました。その時、私たちはどこよりも早くワクチンを開発できる技術があると思いました。ただ問題はこのウイルスの知見がほとんどなかったことです。なのでまず20の(ワクチン)候補を作り、そこから選ぶ方法をとりました」
  (本庶氏)「そのうちいくつが良い効果を示しましたか?」
(シャヒン氏)「とてもエキサイティングなストーリーです。20の候補から、まず動物実験の結果、4つまで絞りました。さらにそこから臨床試験を続けて2つの候補が強い免疫反応を示していることがわかりました」
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去年1月から研究を始め、わずか1年足らずで完成したワクチン。同じmRNAワクチンを開発していたモデルナよりも早く承認された理由を聞きました。

(シャヒン氏)「このプロジェクトをライトスピード=光速と呼んで、24時間のプログラムを組みました。研究室にこもっていた学生時代を思い出しました」

日本でも去年の春からワクチン開発が始まっていますが、実用化のめどは立っていません。

MERSの感染拡大時に日本でも進んだmRNAのワクチン研究

現在、国内では4つの会社で開発が進んでいます。ウイルスを使って作る従来の製造法を研究する2社と、DNAワクチンと呼ばれる新しいタイプのもの、そして実はファイザーやモデルナと同じmRNAのワクチンの臨床研究も行われています。
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実はこのmRNAワクチンについて、別の感染症でかつて研究が行われていたことは意外に知られていません。東京大学医科学研究所の石井健教授は次のように話します。

(東京大学医科学研究所 石井健教授〈ワクチン科学分野〉)
「今思い起こせば、あの時にもう少しいろんなところにお願いして資金集めをするとか、国や企業にももう少し強く働きかけていればですね…。そこは“後悔の念”のみですかね」
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2015年、韓国で感染が広がったMERS(中東呼吸器症候群)。日本でも警戒され、石井教授らは国の支援などを受けてMERSのmRNAワクチンの研究を開始。動物実験も順調に進みましたが、中断しました。人に対する臨床試験に入る段階で研究費の増額が認められなかったといいます。
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(東京大学医科学研究所 石井健教授)
「感染症のワクチンだと『儲かりませんよね』と企業の方は言いますし、国の方もMERSのことに関して言えば『アウトブレイク(感染)は終了した』と。終了した時点で第一相(最初の臨床試験)を始めていては先が見えませんねと」
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世界中で様々な感染症が広がっても大きな影響を受けることが少なかった日本。ワクチンという備えの意識もどこか薄らいでいたのかもしれません。もしMERSのmRNAワクチンが完成していれば、新型コロナウイルスの国産ワクチンも今ごろ完成していたかもしれない、そんな思いがよぎりますが…。

(東京大学医科学研究所 石井健教授)
「日本でもコロナのワクチンに全く対応できていなければ悔しかったと思いますが、(当時の研究の)種は生きていて、やる気のある方が日本にもいて、遅れているとはいえ、しっかりしたものを作ろうという方々がいらっしゃるというのは、まだまだ安心材料です」

開発進める国内企業 老舗製薬会社も国産に挑む

新型コロナウイルスのワクチンの開発を進める国内企業4つのうち、熊本県にあるKMバイオロジクスでは不活化ワクチンを開発中です。臨床試験を慎重に行いながら大量生産も見据えた同時進行で開発を急いでいます。
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(KMバイオロジクス 園田憲悟製品開発部長)
「概して不活化ワクチンは副反応が小さいワクチンとして認められてきていますので、そういうワクチンにしたいと思っています」
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創業143年目にして初めてワクチン開発に乗り出す老舗の製薬会社「塩野義製薬」。すでに高い効果が認められている外国産ワクチンに対し、国産に挑む理由は…。

(塩野義製薬・医薬開発本部 出口昌志プロジェクトマネジメント部長)
「日本特有の変異がもしも起こった時に、その対応はやはり国内メーカーがしっかりとするべきだというふうに考えています。なので、国内のメーカーとして、研究の最上流から物の提供まで、一貫してやり続けるシステムを持っている会社というのが必要だろうと思います」
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いち早くワクチン開発したビオンテックのシャヒンCEOからは日本の状況はどのように映るのでしょうか。

(シャヒン氏)「正直、日本の状況は詳しくわかりませんが、新しい分野の開拓もしていると思います。日本は勤勉で協調的な方法で互いに補うような形で進んでいくのではないでしょうか」