生活困窮者らに声をかけて、居住支援を10年続けている男性がいる。口癖は「家さえあれば何とかなる」。“西成の夜回り人”の姿を追った。

あいりん地区で炊き出しを行う30代の男性

5月22日、日雇い労働者が多く暮らす大阪・西成「あいりん地区」の中心に行列ができていた。
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行われていたのは、カツカレーの炊き出しと衣料品の無料配布。
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NPO法人「生活支援機構ALL」の代表・坂本慎治さん(33)は日々生活困窮者たちと向き合い、支援活動をしている。

(坂本慎治さん)
「みんな『おいしい』って言ってくれてうれしいですね。かいがありました」

夜回りで生活困窮者に声かけ そこに1人の男性「相談していいですか?」

夜、路上から人の姿が消え静けさに包まれたあいりん地区で、坂本さんは“夜回り”を始めた。道の脇に積み上がった段ボールの中にいる人らに坂本さんは声をかけていく。

(坂本さん)「こんばんは。また炊き出しやってるんで」
      「また知り合いとかいたら誘ってあげて」
      「こんばんは。今、チョコレートも配ってますんで」
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すると、1人の男性が坂本さんに声をかけてきた。

  (男性)「相談していいですか?」
(坂本さん)「いいですよ」
  (男性)「そこに小さい掘っ立て小屋があるんで、そこの中で話できますか?」
(坂本さん)「行きましょうか」
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男性は以前、坂本さんの炊き出しに来たことがあるという。

(坂本さん)「どんな感じなんですか?」
  (男性)「西成で生活保護を受けているんですけど、今、住むところがなくて。家賃を滞納してるんですよ」

坂本さんは急遽、夜回りを切り上げて男性と事務所へ戻る。

西成に流れつき家賃滞納で住む場所を失った男性に坂本さんは…

土砂降りの中、夜のあいりん地区をさまよっていた男性。何があったのか。

  (男性)「コロナで会社クビになりました」
(坂本さん)「あっ、就職してはったんですね」
  (男性)「私は清掃業だったんです。そこの会社がつぶれちゃって。コロナがひどくなったんで、もう雇えなくなったって」

半年ほど前まで東京で働いていた30代のこの男性。コロナ禍で職を失い、西成の街へ流れ着いた。簡易宿泊施設に身を置き、生活保護を受けながら暮らしてきたというが…。

(坂本さん)「生活保護費が出たので、かねてから行きたかった故郷の長崎に帰ってお墓参りをして、(西成へ)帰ってきたら部屋がなくなっていたと。それは後悔している?」
  (男性)「後悔はしています」
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家賃を滞納して退去を求められ、男性は「住む場所」を失った。

(坂本さん)「アルコールの臭いちょっとしてますけど」
  (男性)「抜けてなかった、ごめんなさい」
(坂本さん)「お金、今なんぼ持っているんですか?」
  (男性)「380円です」
(坂本さん)「380円しかないのにお酒買ったんですか?」
  (男性)「いただいたんです。…ちょっと寒かったから、120円で熱燗買って飲んだだけです」
(坂本さん)「もらったんじゃないんや、買ったんや」
  (男性)「記憶が…」
(坂本さん)「記憶がおかしなってる?しゃあないな、行こうか」

車で男性とともに移動する坂本さん。

(坂本さん)「夜に1人でよう声かけてくれましたね」
  (男性)「夜回りやってると思って、これが最後のチャンスだと」
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坂本さんは数十分のうちにマンションの管理会社に連絡。1時間前初めて会った男性に家具・家電を完備した物件を手配した。

(坂本さん)「テレビとエアコンと布団サラピンと。お風呂・トイレもついているし」
  (男性)「ありがとうございます」
(坂本さん)「いや、よかったね。声かけてくれてよかった」

(坂本慎治さん)
「僕たちが夜回りしている姿を見て、この機を逃したらもう自分は死ぬしかないと思ったらしいです。僕らが夜回りしてなかったら、あの人もしかしたら何かあったかもしれないのでよかったです」

“昼回り”でも様子を確認 DV被害を受けた女性「にこにこ話せるようになるとは思わなかった」

居住支援のNPO法人と不動産業を兼ねる坂本さんは「住まいの大切さ」を身に染みて感じている。生活保護の受給には住所が必須。家を失うとたちどころに生活再建は困難になるのだ。坂本さんは過去8年間で、家を失った人たち3000人以上を“すぐ住める場所”へとつないできた。彼らの“その後”も見つめている。
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(坂本さん)「こんにちは、久しぶりです」

坂本さんは、2年前に夫からDVを受けていた20代の女性の家を訪ねた。

  (女性)「その時は子ども連れて死ぬか、1人で死ぬかの2択しかなった」
(坂本さん)「歯なくなってなかった?」
  (女性)「殴られてこけた時に歯が折れた」
(坂本さん)「こっち引っ越してきて、近所の人もいい人やし」
  (女性)「めっちゃいい人。本当にいい人しかおらん。めっちゃいい、生活しやすい」
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女性は生活保護を受けながら仕事への復帰を目指している。

  (女性)「介護職も元から好きで始めたから、早く戻りたい」
(坂本さん)「ゆっくり、ゆっくり。少しずつ環境を整えていって、社会復帰していくのが一番いいかな。無理するとかは一番あかんよね」
  (女性)「ここまでにこにこ話せるようになるとは思わなかった」
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夜回りならぬ“昼回り”。次に訪れたのは、元受刑者の男性(50代)の家。3年前に出所した男性はどの不動産会社からも入居を断られていた。そんななか、坂本さんに出会った。

  (男性)「坂本さんのところがやってくれて、何とか生活できている」
(坂本さん)「このまま放っておいたら、もっと凶悪な事件を起こすんじゃないかというのもあったし、どうにか救いたいなと」
  (男性)「下手したら人を殺していたかもしれない、はっきり言ったら。(出所後)ほんまに切羽詰まっていた」
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一方で、坂本さんの活動はネット上で『生活保護の搾取』『貧困ビジネス』などと揶揄されることもあった。

(坂本慎治さん)
「十人十色、考え方も違うし、知識も違うんで、何言われようが僕が正しいと思うことをやっているので、別にいい、何も気にしないんですけど。ただ僕に向けることはいいんですけど、生活保護を受けている人たちに対してのあからさまな嫌なこと、傷つくようなことを言っている人たちは腹立たしい」

「孤独じゃないよ」と寄り添う“夜回り人”

坂本さんは再び夜の街へ。向かったのは大阪駅の周辺。座り込んでいる人たちに声をかけていく。

(坂本さん)「明日、炊き出しやっています」
      「体調大丈夫ですか?コロナとか大丈夫?」
      「また何かあったらいつでも連絡ください」
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都会の喧噪のなか、家を持てずひっそり暮らす人たちにただ寄り添う。

(坂本慎治さん)
「誰がどこにいるかはだいたい知ってるんで。『孤独じゃないよ』と。ああいう人って、誰からも相手にされていないし、自分はゴミだと思っている人もいるんで。『そうちゃうよー』って。『人ですよ』って」