もし子どもがいじめられたら…。私立と公立の学校では学費や教育の特色以外に『いじめの対応』にも大きな違いがあるといいます。私立学校の実態と、苦しむ高校生とその保護者を取材しました。
私立高校でいじめを受けた18歳
大阪府内の私立高校に通う高校3年生で18歳のたくみさん(仮名)。朝食の後は数種類の薬を飲むのが日課です。毎朝起きて登校するという多くの生徒にとって何気ない日常が彼にとっては苦痛です。
(たくみさんの母親)「(Qきょうは早く出発できた?)めちゃめちゃ早いです。過去最高です。この1年では一番早く出られたと思います。ほっとしました」
中学時代のたくみさんは、友達も多く吹奏楽に打ち込んでいて、病気以外で学校を休んだことはありませんでした。
ところが高校の入学式翌日、更衣室で同級生の着替えを撮影しようとしたクラスメイトをたくみさんが制止したことがきっかけでいじめが始まります。
(たくみさん)「僕は映されたくなかったので、こづきながら『それはいかんだろ』と言ったら、それに対してみんな『は?』って…。トイレについてきたり、その時にも『それはいかんそれはいかん』と言い続けたり。ちょっと笑えないレベルというか。やめてくれよというレベルまでどんどん言ってくる」
その後もいじめはエスカレートしていき、すれ違いざまに『臭い』と言われたり水をかけられたりすることもあったといいます。
約1年間にわたり続いたいじめ。高2から少しずつ学校に行けなくなり、高校3年間で遅刻は約200日となり、欠席は50日を超えました。
(たくみさん)「持っている薬を全部飲みましたね。リストカット自体はオーバードーズの後で、意識もうろうとした状態でやっていたので。学校が嫌でしかたがなかった。永遠にあしたなんて来なければいいのにな、なんて思いながらでしたね」
母親が学校に相談 1年以上たってまとめられた調査報告書
いじめの事実を知ったたくみさんの母親は学校に相談しました。しかし、担任から届いたメールには次のように見解が記されていました。
(担任からのメール)『いじめられていたという認識はありません。あくまで、一部の生徒たちがいじっていた、という認識です』
(たくみさんの母親)「いじりといじめの違いってなんなのかな、とまず思ったんです。これだけのことが起こっているのに、ちゃんと調べたようにも見えないですし、断定的に言っていることに驚きましたし、不信感でいっぱいになりましたね」
何度も要望した結果、いじめ調査は行われることになりました。しかし相談から1年以上たって学校がまとめた調査報告書によって、また傷つけられることになります。
(調査報告書)『被害生徒。LGBTQである。制服は男子用であるが、髪を伸ばして一括りにしている髪型。ADHD(注意欠如・多動症)の診断を受けており服薬中である』
(たくみさんの母親)「女性的な外見をからかわれたいじめであったなら、これ書いてくださるのはわかるんです。今回全くこれは関わりがないことです。こういった障がいがある子どもは自殺未遂に至りやすいとか不登校に至りやすいという偏見があるのかなと」
ほかにも、不登校の理由は「家庭内の不和が原因」とも。いじめの事実は初めて認められた一方で、より深刻な「重大事態」には該当していないと結論付けました。
(たくみさんの母親)「本当に侮辱だと思います。家庭環境やプライベートに関しては。夫婦仲が悪いとかけんかが多いとか、確認もしないでね、憶測じゃないですか。教育機関としてこんな対応が起こりうるということはもちろん想定していなかったです」
福岡で命を絶った私立高校の16歳
福岡県北九州市にも私立高校の不誠実な対応に苦しんだ保護者がいます。
(瑞菜さんの父親 鈴木賢二さん)「かばんのななめがけするひもだと聞いています。向こう側向きに体を落として」
2017年4月、北九州市内の私立高校2年生の鈴木瑞菜さん(当時16歳)が自ら命を絶ちました。亡くなった日の朝に瑞菜さんが同級生に送ったラインが残っています。
(瑞菜さんが送ったライン)『あたしに何かあったらあなたたちのせいやけね。後悔してもしらんけ』
(鈴木賢二さん)「これは瑞菜の遺書だろうということで。仲間はずれだったり、わざと5人グループの中の瑞菜をのぞいた4人で行動したり、女の子グループ5人の中でそういうことが起きているというのは家で娘がいつも自分の妻と話はしていたので。その子たちが謝りにきてくれれば、もうそれはそれで…守れなかった責任は自分たちにあるので、ということで学校には説明をしました」
校内アンケートでも『瑞菜さんがいじめられていた』などとする回答が複数寄せられました。ところが学校は『いじめではなく友達同士のトラブル』だと主張。第三者委員会の調査後はいじめの存在を認めましたが、自殺との『因果関係はない』と結論付けました。自殺から7年たったいまも学校は見解を変えていません。
(鈴木賢二さん)「学校の態度や接し方をみると、なにか瑞菜のことをばかにされているような気がして。“(自死の)原因がない”ってやるせないよなっていうふうにずっと思っていて」
「私学の自由」認めた法律の壁
それぞれの親子の前に立ちはだかった2つの私立高校。学校側といじめを訴える家族との隔たりは大きいように思えます。私立学校でのいじめ問題に行政が介入することはできないのでしょうか。
(大阪府教育庁私学課 伊藤義孝参事)「私立学校につきましては、学校を設置しているのが学校法人ですから、指導はできないのが現状なんです。何が適正で何が適正でないというのはなかなか言いづらいところではあります」
私立学校には国家権力を介入させないという「私学の自由」を認めた法律があるため、自治体の教育委員会はいじめ対応についてたとえ保護者から相談があったとしても、学校を指導することが原則できないのです。
教育委員会のサポートを受ける公立学校との差について専門家は次のように話します。
(神戸大学人間発達環境学研究科 山下晃一教授)「私学の自主性を尊重することと、どういうふうに折り合いをつけていくのか。いじめの問題は人命にかかわる、あるいは財産にかかわる、なにより子どもたちのクオリティオブライフ(生活の質)を下げることになるので。ぜひ大人の知恵を集めて、いい仕組みづくりをしていくことが必要になるかなと思いますね」
私立高校に直接取材…その回答は?
では学校側はいじめ対応をどう受け止めているのか。大阪府内にあるたくみさんが通う私立高校に取材を求めると、1か月半後に文書回答が寄せられ、報告書に『LGBTQ』などと記載したことについて初めて謝罪の意向を示しました。一方で不登校といじめの因果関係を認めなかった理由は…。
(たくみさんの通う私立高校の回答)『調査の結果、(家庭の不和が)事実と判断し、本人の心身に影響した一因であると判断したためです』
また、学校の対応については反省するとした一方、『私立高校としてなすべき手続きを取った』と回答しました。
そして、卒業を迎え…「やっと行かなくてよくなった」
この春、たくみさんは複雑な思いを抱えながら高校を卒業しました。
(たくみさん)「卒業できて安心というのが正直大きかったですね、やっと行かなくてよくなったという部分では本当に安心したんですけど。誰かひとりでも味方側についてくれていたらもしかしたら変わったのかなとは思いますね」
(たくみさんの母親)「行政機関なり役所なりが助けてくれるものだと思っていたので、本当にこんな状態で法整備もすり抜けられる状態であるということに驚いたので、これを機会に世の中になにか問えることになればいいなと」
私立と公立の間に存在するいじめ対応の差。行政が介入できない私立でもなにかしら救いの手立てを考えていくべきではないでしょうか。