111年前の1913年に建設され日本最古の学生寮である京都大学の『吉田寮』。寮生自身が管理運営する自治寮として独自の文化を育んできた。しかし2019年、耐震性を理由に大学側が寮生らに対して立ち退きを求めて提訴した。2月16日に迎える判決を前に、大学と学生たちの間で揺れる吉田寮の今を取材した。

 立て看板とイチョウ並木の奥にひっそりとたたずむ木造建築。京都大学・吉田キャンパスの南端にある日本最古の学生寮・吉田寮だ。
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 学生たちが助け合い、共に学んできた自由な空間。ところが今、ここに住む学生たちの生活が危ぶまれているという。

 (博士課程2年生 高橋歩唯さん)「大学から学生が訴えられると、それだけで学生の日常の学業とか研究に大きく支障が出るなと思って。授業時間に法廷に呼び出されるわけなので」

 学ぶ場所であるはずの大学で何が起きているのか。

部屋割りや使い方も寮生たちで決めてきた“自治寮”

 吉田寮は1913年、京都大学の前身である第三高等学校の学生寮の木材を再利用する形で建設された。現存する学生寮の中では最も古く、運営が当初から学生の自治にゆだねられてきた自治寮だ。
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 築111年となる「現棟」は、共有空間が複数ある管理棟と、居室が並ぶ居住棟からなる。
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 (工学部2年生 藤田昂太郎さん)「ここは厨房の中の音楽スペース、楽器が置いてあるスペースです。寮生だけじゃなくて寮外生(寮に住んでいない学生)でも誰でも来られて、本当に誰でも来て練習できるところなので、隣で料理したりするのが結構楽しいです」

 共有空間が多いのは、寮生たちが対話や自由な交流を大切にしてきたためだという。
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 シャワーや洗濯機などは2015年に建設された「新棟」にあり、全体の定員は約240人。部屋割りや使い方もすべて寮生たちが話し合いで決めてきた。
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 吉田寮にはこれまで大学との交渉を積み重ねてきた痕跡も残されている。

 (工学部2年生 藤田昂太郎さん)「大学とこの新棟を建てるときに交渉して『オールジェンダートイレ欲しい』と言って交渉の末にできた。元々は男子の学部生だけの寮だったんですけど、今では性別を問わず、京都大学の学籍がある人なら誰でも住めます。必要としている人に福利厚生が安心安全な形で伝わっていってほしい、という思いがずっと繋がれてきて、こういうことができているかなと思います」

年齢による発言力の強弱をなくすため『敬語非推奨』独自文化

 そんな吉田寮での暮らしを見せてもらった。

 (吉田寮に住む総合人間学部の4年生)「豚バラ白菜です、きょうは。(Qきょうは?毎日鍋を?)あればみたいな。人がいて物があれば、そっちの方が安いので」

 (吉田寮に住む医学部医学科の5年生)「カレー部の人からカレーを教わってみたり、中国人学生から中華料理を教わってみたり。なんかラッキーなことがたくさんあります」

 寮費は光熱費込みでひと月約2500円。福利厚生施設であるだけでなく誰でも対等に受け入れるための独特の文化も受け継がれてきた。

 (吉田寮に住む医学部医学科の5年生)「吉田寮は『敬語非推奨』みたいな話がありまして。いろんな会議があって(寮の方針を)決めていくときに、なるべく平等な立場で話したいわけですよ。発言力の強弱があるとよくないので、年齢による発言力の強弱をなくすために、なるべく敬語じゃなくてタメ口でいこうみたいなのがあります。だから18歳で入りたての子と、院生で30歳を超えた人とかが、タメ口で議論したりするのはいいことかなと思います」

元寮生の社会人が寮の会議に加わることも

 取材した日も、吉田寮では有志の寮生たちが集まり、新入生向けの寮の紹介パンフレットを作るための会議が行われていた。自治に関わるのは寮生だけではなく、かつて寮生だった社会人なども参加する。

 (2023年退寮の社会人 隅谷朋さん)「元寮生なんですけど、リーダーみたいな人がいてその人が決めていくんじゃなくて、1人1人と話し合っていくことで時間はその分かかるんですけど、温度のある寮での方針とかに繋がっているなと私は思います」

 大学との話し合いによって守られてきた自治。その歴史が打ち切られたのは2017年のことだった。

『耐震性に問題』で大学側が立ち退き要求 寮生は『話し合い』を求めたが裁判に

 大学側は一部の老朽化に伴い耐震性に問題があるとして、全ての寮生の立ち退きと新規入寮募集の停止を要求。代わりとなる宿舎を提供するとしたものの、一部の寮生は退去を拒み、大学側に話し合いの再開を求めた。ところが…。
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 2019年には「要求に応じなかった学生たちが寮を不法占拠している」などとして大学側が立ち退きを求め、現棟に住んでいた学生たちを提訴した。

 (京都大学 川添信介副学長 2019年当時)「安全性の確保のために、この手段が望ましいと判断したということになります」
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 11年前から吉田寮に住む大学院アジア・アフリカ地域研究研究科の博士課程2年生・高橋歩唯さんも被告の一人となった。

 (博士課程2年生 高橋歩唯さん)「郵便として裁判所から訴状が、分厚い訴状が届いて知るという流れだった」

 研究費用を工面するために授業の合間を縫ってアルバイトに励む一方、吉田寮での生活は心の拠り所にもなっていた。提訴されてからは裁判があり授業に行けなくなったこともあったという。

 (博士課程2年生 高橋歩唯さん)「話し合いを拒否していた側が、まして大学と学生という力関係のある中で学生を訴えるっていうことは、解決を目指すっていうよりも学生に対して懲罰を行いたい、処罰的な心情でやっているんじゃないかなと。情けないというか、おかしい。あり得ない」
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 寮生側は「建物を補修しながら継続的に居住できる」とした上で「戦前から受け継がれてきた寮自治という他には得難い営みそのものを守るべきだ」と主張。大学側には裁判ではなく話し合いを再開するよう強く求めている。

 一方、大学側は取材に対して「係争中のためコメントは差し控える」と回答。裁判資料によりますと「代わりの宿舎を提供するため大学周辺への居住は可能」として退去を求めた。

「私はまだこの場所を諦めたくない」

 本来学ぶ場所であるはずの大学で寮生として提訴された学生たち。求めるのはこれまでと変わらない自由と対話だと話す。

 (博士課程2年生 高橋歩唯さん)「(Q転居する選択肢もある中で住み続ける理由とは?)私はまだこの場所を諦めたくないからですかね。どのような判決が出たにしても、吉田寮自治会と京都大学当局が、吉田寮のあり方について当事者間で話し合いをするフェーズは絶対に不可欠なので、まずはそれに応じてほしい」

 注目の判決は2月16日に京都地裁で言い渡される。