実家のタンスの奥などにずっと眠ったままになっている「着物」はありませんか?『代々受け継いだものだから』『高価なものだから』といった理由でなかなか手放しにくい着物ですが、こうした悩みを解決しながらも着物文化を未来へつなげようという取り組みを取材しました。
『タンスの着物を循環させたい』叶えたい夢のため走り続ける1級着付け技能士
1級着付け技能士で着物関連の会社「きものすなお」の代表を務める清水直さん(33)。5年前からYouTubeで着付けのコツを紹介していて、現在の登録者数は31万人。
(清水直さん)「これを1日に4本とか5本とか。ネタは尽きないです。ずっとずっと今も撮りたいのがいっぱいストックがあって」
1度は会社員として働いていた清水さんですが、ある夢があり会社を立ち上げました。
(清水直さん)「『タンスの着物を循環させる』っていうことで」
祖母の代から受け継がれた大切な着物がタンスに眠っていたという清水さん。それをどうにかしたいという思いがずっとありました。そうした悩みを抱えるのは清水さんだけではないようで…。
奈良県に住む額田賀永子さん(86)。和裁の学校に通っていたこともあり、自宅には思い入れのある着物が数えきれないほどあるといいます。
(額田賀永子さん)「これこれこれ、学生時代によう着てんなぁ。(Q学生時代の思い出が?)そう!(和裁の)お稽古していたころに縫った着物やから思い出は山ほど詰まってるわ。自分が手をかけているから捨てがたいねん。ものすごく捨てがたいねん」
ある市場調査によりますと、日本全国でタンスに眠っている着物はなんと約8兆円というデータも!清水さんはそんな着物や職人の技を維持させようと、あるプロジェクトを始めようとしています。
眠ったままの着物を譲り受け、職人に補修を依頼。帯と着物をセットで販売し、次の持ち主に循環させようというのです。
(清水直さん)「眠っていた着物に職人さんの手を加えることで新しい価値を生み出して、本当に欲しい方のところに届けるっていう。ぐるぐる回って、それぞれがどんどん大きくなって、未来永劫着物文化が続いていくっていうプロジェクトなんです」
販売価格は2万円から。補修にかかる工賃だけで、できるだけ安価に抑え、多くの人に手に取ってもらうのが狙いです。
着物が大好きで走り続ける清水さんですが、家に帰ると2児の母。忙しい仕事の合間を縫って幼いきょうだいと遊ぶ時間が癒しです。
(清水直さん)「なかなか1日ずっと遊ぶことができなくて、葛藤があるんですよ。これでほんとにいいんかなって」
(子ども)「(Qお母さん好き?)うん」
今回提供されたのは「叔母が仕立ててくれた思い出の着物」
去年9月、清水さんはタンスに眠っている着物を提供したいという女性を訪ねていました。大木戸純子さん(67)です。中でもお気に入りだったのが、柄や色がちりばめられた着物。20代の頃に叔母が仕立ててくれたものです。
(大木戸純子さん)「めちゃくちゃ好きだったんです。あまりにも若すぎて、ギャップがあって、ちょっと着られないなと思って」
着物全体に入る赤い染色。当時はお気に入りでしたが、今の自分には合わないと感じ、着る機会が減りました。そんな時にSNSで清水さんの活動を知り、今回、思い出の着物を託すことに。
(大木戸純子さん)「この方は最初からビジョンがちゃんとしっかりなさっていた。若いのにちゃんとできていると思ったので、この人なら大丈夫だと思って、お願いしようかなと」
(清水直さん)「めっちゃ背筋が伸びる思いです」
45年ほど前に仕立てられた着物。今ではもうほとんど作られない貴重なデザインだと言います。清水さんにはすでにアイデアが浮かんでいました。
(清水直さん)「ここの赤をちょっと変えるかもしれないです、色変えして。この辺を糊で伏せて上から染色するという技法があるんですけど。赤いとやっぱり20代とかに絞られてきて、若々しくて敬遠される方が多い」
一体どんな仕上がりになるのでしょうか。
糊置職人『着物文化があるということを覚えてもらうことが大事』
1か月後、向かったのは京都市内にある工房。補修を依頼するのは、この道53年、糊置職人の諸頭博さん(74)です。
(清水さん)「ここもやってほしいです。赤いところをなるべくなくしたいんです」
(諸頭さん)「この大きい部分だけ?」
(清水さん)「はい」
細かい柄の上に糊を置いていく「糊伏せ」という工程。着物を染める前に色をつけたくない部分に糊でふたをして染料が染み込まないようにする作業です。
(諸頭博さん)「(Qコツは?)はみ出さんように、泡ができるだけ入らんように。(Q泡が入るとどうなる?)泡が薄い膜やさかいに、そこに染料が入って、柄の中に色が入る」
次世代の担い手が減少する中で着物文化を継承していくことが重要だと言います。
(諸頭博さん)「職人は増えるより亡くなる方が多いし、自分の友達でも半分くらい亡くなっていっていますね。まずこうゆう着物文化があるということを覚えてもらうのが大事」
この後、約2週間かけて柄に糊が伏せられました。
赤の部分を茶っぽく染色…元の色に別の色を重ねて“新たな色”を作る
次はいよいよあの赤い染色を染め直す工程です。担当するのは染の職人・田中明彦さん(66)です。
(清水さん)「今回、この赤い部分がちょっと…」
(田中さん)「そうお聞きしていますので、今2色だけ試して塗っていますけど、墨系・紺系っていうんですか、これをさっきの色の方がいいのか、こっちにするのかはお客さんの好みなんですけどね」
(清水さん)「茶色っぽくしたいんですけど」
この日、初めて田中さんと会った清水さん。思い描く色のイメージを伝えます。
(田中明彦さん)「(Q塗っている色は何色になる?)色は青グリーンというか。これくらいの色で、これと赤が一緒になれば茶っぽく見える」
元の色に別の色を重ねることで新たな色を作ると言います。色を重ねた部分が濃くなりすぎないように水分を調節しながら塗っていきます。
(田中明彦さん)「着物業界でこういう方がいるというのが救いですよね」
京都の職人たちによる伝統の技に触れ、清水さんも着物の完成に期待を寄せます。
ついに完成!元の良さを残しつつ、大人らしいイメージに
そして12月、ついに着物が完成。販売開始前に今回は提供者の大木戸さんにも仕上がりを見てもらうことにしました。
(大木戸さん)「すてき!少しシックになって」
(清水さん)「めっちゃかわいい色にしてくれはったんです」
(大木戸さん)「良かったね~着物ちゃん」
赤の部分が甘い茶色に染め直され、大人っぽいイメージに生まれ変わりました。細かい柄は元の色を残しながら、下地の色だけがきれいに染まりました。
(大木戸純子さん)「写真撮って(叔母の)お仏壇に報告したい。『きれいになったよ』って。(Qどんな人に着てほしい?)着物を愛してやまない人。何回も袖を通していただきたい」
できあがった着物も1月9日にオープンしたオンラインストアで販売される予定だということです。
(清水直さん)「新しい方のところに行ったら、そこからまた45年とか50年とか受け継がれて、これからどんな旅をしていくんやろうと思ってすごくワクワクします」