30年前に比べて約3分の1に数を減らしている銭湯(厚労省・衛生行政報告例 全浴連HPより)。そんな銭湯の『電気風呂』に注目しました。特に関西では知っている人も多いのではないでしょうか。実は関東と比べて関西の方が多いんです。電気風呂歴20年で銭湯に週4回通う電気風呂マニアと、好きが高じて銭湯関係に転職したマニア、2人に魅力と楽しみ方を聞きました。
電気風呂の本も出版 自称「電気風呂鑑定士」
11月、関西の銭湯文化に触れるイベント「銭湯博2023」が大阪のあべのハルカスで開催されました。グッズの販売や銭湯アイドルのコンサートが開かれ、大勢の来場者でにぎわいました。
来場者に何かを説明している人がいました。電気風呂に通って20年。自称・電気風呂鑑定士のけんちんさん(43)です。
(けんちんさん)「これを作っているおじいちゃんがもう亡くなって、これが新しく増えることはもうないんですよ」
紹介していたのは電気を発生させる電気風呂の心臓部分です。このようなアナログの電源ボックスは製造会社が廃業したため新しく作られることはありません。
(けんちんさん)「これを自宅に保管してます。やめられた銭湯とかから頂いたかたちになります」
電気風呂マニアのけんちんさんが去年に出版した本。全国の電気風呂の紹介、入浴の仕方などが丁寧に書かれています。
初心者におすすめの「電気風呂の入り方」を聞く
けんちんさんに初心者向けに電気風呂の楽しみ方を教えてもらいました。
(けんちんさん)「電気を感じるところまで入って。少しお尻にピリピリした感覚が来るので、慣れてない方はこれくらいでとまってもらって電気を浴びてもらうのがおすすめです」
電気風呂とは浴槽に設置された電極板から流れる電気が体にビリビリと刺激を与えてくれるお風呂のことです。少しずつ浴槽の奥に入っていくことで初心者でも電流にビックリすることなく電気風呂を楽しむことができます。
そもそも電気風呂が発明されたのはアメリカだという説が有力です。電気風呂を発明したのは、あのコーンフレークを発案したケロッグ博士と言われています。博士は健康のために禁酒・禁煙などを推奨し、数々の健康器具を発明しました。約150年前の1876年(明治9年)に電気風呂を発明したという説が有力です。
日本で初めて電気風呂を設置した銭湯…その経緯とは?
京都・西陣にある「船岡温泉」。大正12年創業、レトロな雰囲気が残る佇まい。
イギリスのヴィクトリアンタイルからヒントを得たマジョリカタイルが施された脱衣所、そして浴場が国の有形文化財に登録されています。
船岡温泉は料理旅館を改装して始まった銭湯です。ご主人が取り出したのは…。
(船岡温泉 大野義男さん(90))「試験合格証明書です。電気風呂第一号です」
実はここで1933年(昭和8年)に国に認可され日本初の電気風呂が設置されました。ケロッグ博士の発明から57年後のことでした。
(客)「ものすごく強く押されてるわ」
(客)「痛くない。(Q気持ちいい?)うん、ビリビリする」
船岡温泉が電気風呂を設置したのにはある理由がありました。
(大野義男さん)「電気をお風呂に流して申請したら、これは特殊なものであるから『特殊船岡温泉』と。そんな許可をもらったらしいです」
開業当時、京都市内では手掘りで地下を掘っても温泉が湧くことはありませんでした。それでも温泉の認可を得たかった先代が思いついたのが電気風呂を設置することでした。その結果、船岡温泉は「特殊船岡温泉」と名乗ることが許されたのです。
電気風呂は東京では3割の設置率ですが、関西では8割以上の銭湯で設置されています。
(大野義男さん)「私は毎日入っています。外国人の方はビックリしたとか」
海外から輸入された技術ではあるけれど、日本独自の文化になった電気風呂。ビリビリと体に感じる電流が心地よいと面白いモノ好きの関西人に受けました。
マニアが大興奮する「電源ボックス」
電気風呂マニアのけんちんさんが行きつけの銭湯「湯処あべの橋」が大阪・阿倍野にあります。
向かった先は浴場ではなく銭湯のバックヤードです。
(けんちんさん)「こちらは坂田電気工業所の電気浴器。電気風呂の本体になります」
この2台の電源で男湯・女湯の浴槽に電気を流します。けんちんさんの目の色が変わりました。
(けんちんさん)「この佇まいが良いんですよ。いまどき、こういう機械で動かしてると思わないじゃないですか」
この電源ボックスにある振動板が一定のリズムを刻みコイルに当たることで電気を発生させ、乾電池1本程度の電流が浴槽に流れます。調整つまみで電気の強さを調節することも可能です。
(けんちんさん)「これを見たことによって、より自分の中で電気風呂の文化を感じることができたので、こういうものがあることを世の中の人にもっと知ってもらいたいなと思いました」
もう1人の電気風呂マニアは…銭湯を扱う工務店に転職
取材した日も仕事終わりに電気風呂に向かいます。大阪・守口市の「日の本湯」。電気風呂マニアの和田優人さん(31)も一緒です。
(けんちんさん)「和田さんは電気風呂を知っている人の1人です」
和田さんは銭湯関係の仕事に携わっています。和田さん流の電気風呂の入り方は…。
(和田優人さん)「痛い痛い痛い…。僕は割と直接いきます」
マニアの和田さんは躊躇することなく電気風呂の奥に体を沈めます。
元々は建設会社に勤めていた和田さん。銭湯好きが高じて、銭湯の修理や施工を専門に扱う工務店に転職しました。
そして和田さんの会社にはあの木箱が。いまや貴重なものとなった電源ボックス。修理用の部品が取れるようにと20年前からストックするようになりました。
(ナニワ工務店・社長 上村英輔さん(62))「廃業した銭湯から引きあげてきた。これをいいとこ取りして部品を集めたら1個か2個はたぶん新しく作れる」
取材した日は大阪・西成区にある銭湯「入船温泉」から仕事を依頼されました。
(取引先の人に話す和田さん)「ネオンには絶対的な自信があるからネオンの方がいいと言っていた」
サウナの電飾用のネオンサンプルを見せながら売り込みました。
仕事の打ち合わせの後、和田さんは気になっていた銭湯のバックヤードに向かいます。
(和田優人さん)「ロットナンバーめっちゃ古いです。700番台」
和田さんもけんちんさん同様、電源ボックスに深い愛情を持っています。
「銭湯の中の一つの浴槽として、もっと知ってほしい」
その名の通り、刺激的な電気風呂は関西の文化でした。アナログの電気風呂を製造する会社はもうありませんが、デジタルの設備を販売する会社は2社残っています。「電気風呂の文化を残したい」、2人の思いがあります。
(和田優人さん)「銭湯の中の一つの浴槽として、みんなに楽しんでもらえるように、もっともっと知ってほしいと思います」
(けんちんさん)「特に関西で普及してるから」
(和田優人さん)「それも大阪というか関西の名物、お風呂屋さんの文化として楽しんだらいいかなと」
電気風呂の文化を知ってもらいたい。2人はきょうも銭湯に通います。