「ミニらいとモルック」というスポーツを聞いたことはありますか?年齢・性別・障がいなどに関係なく「誰でも対等に楽しめる」という新しいスポーツです。このスポーツに打ち込む、記憶障がいがある女性を取材しました。
モルックがちょっと重たくて…という人のために「ミニらいとモルック」
今年9月中旬、大阪市の天王寺区民センターで開かれた「オレンジリンピック」。年齢・性別・障がいなどの垣根なく楽しむことを目指すスポーツイベントです。
このイベントで採用しているのは「ミニらいとモルック」。フィンランド生まれの競技「モルック」を約5分の1のサイズ・重さに小型軽量化して、年齢・性別・障がいに関係なく誰でも楽しめるように改良したものです。去年8月に誕生しました。
開発のきっかけになったのは…。
(ミニらいとモルック協会 名和厚博理事(54))「モルックを私やっているんですけれども、障がい者施設や小さいお子さんのおられる保育園とかに持っていってやったことがあるんですけれども、フィンランドのモルックができなかったんですね。ちょっと重たくてということもあって。それでミニらいとモルックを開発するきっかけになりました」
この競技のルールは、モルックと呼ばれる木の棒を投げ、1~12が書かれたピン(スキットル)を倒すことで得点を競います。倒れたスキットルは倒れた地点にそのまま立てます。1本だけが倒れるとそのスキットルに書かれた数字が得点になり、複数本が倒れると倒れた本数が得点なります。チーム制で戦い、先に50点ちょうどを取ったチームが勝ちです。
参加者は様々「みんな対等でできる」「ハマります」
取材中の試合では、青チームが49点、赤チームが37点で、青チームはあと1点で勝利。青チームが狙いを定めてモルックを投げると…見事、1が書かれた1本倒しに成功しました。
(1本倒しに成功した参加者)「最高です、最高でーす!」
参加者の反応は。話を聞いてみました。
(81歳の参加者)「やり出したら一生懸命になって、ハマります」
(親子で参加)「(子どもは)今3歳半です。うちの子なんか普通のモルックは投げられないんですけど、ミニらいとモルックやったらポイって簡単に投げられて、得点も取れて、一緒に喜べるというのが大きな魅力かと思います」
(親子で参加)「私は妊婦で、夫はガチでモルックをやっているんですけど、みんな対等でできる」
(4歳)「(Q楽しい?)(笑顔で手を上げる)」
そんな中、一際大きな声で応援して、全力で戦うチームがありました。「ワークスクールのあ」の学生たちです。実は彼らはそれぞれ知的・精神的・身体的障がいを持っています。
その中にミニらいとモルックを楽しむ若い女性がいました。飯島理子さん(仮名・23)。彼女は脳に障がいを抱えています。
(飯島理子さん)「(Q投げる時は緊張しましたか?)。はい、少し緊張しました。みんなにめっちゃ見られているわと思って」
今を記憶することができない記憶障がいの23歳女性
理子さんの両親が営む喫茶店を訪ねると。
【携帯に記録したメモを探す様子】
(母親)「きのうのところを開けてみて。…そんなに下じゃない」
(理子さん)「上かな?これ?」
(母親)「うん、なんて書いてある?」
(理子さん)「朝学習で『恋するフォーチュンクッキー』を踊りました。ボールペン字をしましたよ。文化祭のショーの練習をした。PCでフラッシュ問題をしましたよって書いてます」
携帯のメモに記録した『今日の出来事』を母親に伝えています。実は理子さんは今を記憶することができない記憶障がいを抱えています。
大学生時代に突然の頭痛…脳に記憶障がいが残る
今から5年前、関西学院大学に入学してキャンパスライフを楽しんでいた理子さんに突然、激しい頭痛が襲いかかりました。
(理子さん)「めっちゃ頭痛くなって、あー無理やって思って、お母さんに救急車を呼んでもらいました」
(母親)「AVM(脳動静脈奇形)といって脳の中の動脈と静脈の間の毛細血管が形成されていなくて。脳内出血という状態で意識が戻りましたけれど、しばらく話すこともできませんでしたし、歩くことももちろんできませんでしたし」
4度の手術に耐え、1年近く入院生活をして、リハビリに励んだ理子さん。日常生活を送れるくらいには回復したものの、脳には今この瞬間を忘れてしまう記憶障がいが残りました。
(母親)「どういうふうに新しい記憶の回路が作られていっているのかというのは私たちにもよくわからない」
(父親)「昔の記憶でアガサ・クリスティ(イギリスの推理小説家)と言ったら『お父さんそれは違うで』、アガサ・メアリッサ・クリス?え?」
(理子さん)「アガサ・メアリ・クラリッサ・クリスティ(アガサ・クリスティの本名)」
(父親)「っていうんやって言って。そういうことをえらい覚えているんですよね」
理子さんの学生生活 食べたものや授業内容を携帯にメモ
そんな理子さんは現在は「ワークスクールのあ」に通い学生生活を送っています。理子さんが通う「ワークスクールのあ」は障がい者の大学として生活訓練や就労支援を行っています。取材した日は介護の授業。車イスの体験をします。
まずは先生がお手本を見せ、進む方向を伝えていましたが…。
(先生)「こっち!」
いざ車イスに乗ってみると、どこに向かえばいいのかわからなくなってしまいます。
(先生)「まっすぐ」
授業が終わると、いつものように携帯のメモ機能に、今していたことを書き込みます。
【メモの内容】
『今日は10月6日です 今日の朝ごはんはパン 今日のお昼ご飯は鯖の味噌煮とにゅうめんと白ご飯を食べた 車いすの体験をしました!』
掃除の時間。理子さんの担当はイス拭き。先生に見守られながら掃除を進めます。
(先生)「1つ忘れていない?濡れているところ1つあるで。見てみて、よーく見てみて。1つ濡れているところあるわ。拭き忘れがある」
どこを拭いたのか忘れてしまうため先生が教えてくれます。
楽しみは「モルック部」での活動 先生や仲間との青春
掃除が終わると楽しみにしていたクラブ活動の時間です。ここに通う学生たちの楽しみは週4回のクラブ活動、その名も「モルック部」。理子さんもこのクラブに所属して、定期的に行われる大会に出ることを目標に、日々楽しみながら練習に励んでいます。
(先生)「11いってみる?」
(仲間)「がんばれ!」
先生にアドバイスをもらいながらモルックを投げていきます。
(理子さん)「よかった、セーフ、セーフ」
団体競技のため、仲間とのコミュニケーションも重要です。
(仲間)「3狙って」
(仲間)「…ああー!」
(仲間)「惜しい!」
「皆でわちゃわちゃしてやるのめちゃおもしろい」今は新たな目標も
理子さんはミニらいとモルックについてこう話します。
(飯島理子さん)「こうやって皆でクラブ活動としてやるのめっちゃ楽しいですね。ルールは覚えにくかったですよ、最初、え?どういうことってなったんですけど、何回もやるにつれてだんだん覚えていきました。青春ですね。汗かいて、皆でわちゃわちゃしてやるのめちゃおもしろいですよ」
ミニらいとモルックを楽しむ娘を見て、理子さんの両親は。
(母親)「今こうなってしまって、ワークスクールのあさんに通うようになって、また同世代の方々と交流できるようになって。思い描いていた形とはまた別の形ですけれども、楽しく過ごせているということで、本当に良かったと思っています」
(父親)「嫌やったらすぐやめると思うけど、ずっと続けているということは、やっぱり気に入っているんやろうな」
(理子さん)「(うなずく)」
ミニらいとモルックで青春を送る理子さんには、今、新たな目標があります。
(飯島理子さん)「前に通ってた大学に行きたいですね、もう1回。通えるなら」
誰でも対等に楽しんで戦える「ミニらいとモルック」に出会い、前向きに生活を送る理子さん。新たな目標に向かってこれからも進み続けます。