いじめが原因で不登校となった15歳の少女の中学生活最後の5か月間を取材しました。彼女は「卒業式だけでも出席したい」と、泣き寝入りせずに孤独と闘うことを決意しました。同じように苦しんでいる人の励みになればと取材に応じてくれました。
「学校の土地に入ること自体が嫌」登校時間になっても動けず…
去年のクリスマス。15歳の誕生日を迎えた大阪府高槻市に住む中学3年の少女。家族の前では笑顔を見せますが、いじめが原因で学校に通うことができていません。
(少女)
「学校の土地に入ること自体が嫌やった感じですね。学校自体に拒否感を覚えるし、先生も嫌やし、全部嫌、みたいな」
いじめが始まったのは小学5年のときでした。幼い頃から正義感が強く、いじめを見かけると友達をかばうこともあったといいます。しかし、徐々に彼女自身が集団でいじめられるようになり、学校に行けなくなったのです。
(母 麻衣子さん(46))
「嗚咽。なんて言ったらいいんでしょう、過呼吸のようなそんな感じで、ランドセルを準備しながら泣き崩れていて。学校に行ったほうがいいと私も思っていたんですけど、その姿を見て、もう行かなくていい、って」
少女は地元の公立中学校に進学。小学校時代にいじめた男子生徒とクラスが別々になったため、中学では通えるようになりました。ところが、同じ生徒から登下校中にからかわれるように。はじめは我慢していましたが、教員のいる場でも「殴りたい」「殺したい」と言われ、去年11月に再び不登校となりました。
(少女)
「吐きそうになったりとか嫌悪感とか。いろんなマイナスな気持ちがいろいろ出てくる感じ」
今年1月、冬休みが明けた日。弟が学校へ行く準備を進めますが、動くことができません。このころから体調を崩すことが多くなり、医師からはいじめによる適応障害と診断されました。
(母 麻衣子さん)
「被害者の被害はずっと続きます。学校に行けない、精神的に不安定になる、受験にも差し障ってくるでしょう。人間関係も絶たれますからね。本当は被害者が守られなければいけないですけど、誰も守ってくれないですからね」
専門家「誰を守らないといけないのかを考えなければ」
いじめの被害者が学校に通えなくなる現状。これについて専門家は学校側の対策に問題があると指摘します。
(名古屋大学・教育学部 内田良教授)
「なぜ加害者が学校に通い続けていて、被害者が学校を去らなければいけないのか。非常におかしい。まずい状況だと思います。改めて誰の立場に立つべきですかって。それは被害者でしょうっていうところ。そこをしっかり大人としても『一体誰を守らなければいけないのか』ということは考えなければいけないかなと思いますね」
内田教授が積極的に活用すべきだと考えるのは、加害生徒の登校を制限できる出席停止制度です。ただハードルは高く、2021年度に全国でいじめが原因で不登校となった小中学生は516人いましたが、これに対して加害生徒が出席停止となったのは1人だけでした。
(名古屋大学・教育学部 内田良教授)
「加害者が学校に来られているという意味では、加害者は許されているのかなって思っちゃうと思うので、悪いものは悪いと認識するということが必要だと思いますね。悪いということを認識できないまま放置されているのだとすれば、これは本当に加害者にとっても良いことなのかということは疑問ですよね」
『加害生徒の出席停止』は認められず…孤独な受験勉強の日々
『安心して学校に行きたい』。その思いは変わらない中、少女も加害生徒の出席停止を求めることにしました。しかし、家族によりますと、学校は「市の教育委員会が判断するもの」として一向に動いてはくれず、高槻市教育委員会は「大きく学校の秩序が乱れているという報告は受けていない」とした上で「今回は出席停止にする事案ではない」と説明したということです。
高校受験が迫る中、自宅でただ1人、勉強に励む日々。学校に通えず友達にも相談できません。孤独な戦いに終わりが見えていませんでした。
合格発表の日。
(母)「手つなごう」
スマートフォンで合否を確認すると…。
(少女)「…え!」
(母)「おめでとう!」
無事、志望校に合格しました。
「最後の1日くらいは心配なく過ごさせて」市教委に直接伝えた思い
卒業を控えた3月。失った5か月を取り戻したい。少女は卒業式だけでも出席できないかと考えるようになっていました。
(少女)「おかしくない?だってうちは5か月、全部とられているのに、1日もくれへんねんで」
(母)「おかしいよ。そんなおかしな話ないよ」
(母)「そんなにこだわってんの、卒業式?」
(少女)「うん。それでいいよ。だってその1日で学校行ってうちが気持ちよく過ごせるんやろ。それやったらそれでいいやん」
(母)「その5か月のことチャラにできるの?」
(少女)「まだ少しチャラにできる。2、3か月分はチャラにできるな。最後の思い出やろ、中学校の。最後の思い出はいいふうに締めくくりたいやん。だからやな」
卒業式の前日。少女は教育委員会に向かっていました。「せめて卒業式だけは出席したい」という自分の思いを直接伝えることにしたのです。教育委員会の担当者を前に、耐え忍んできた辛い思いがあふれます。
(担当者に話す少女)
「5か月間、自分で1人で受験勉強して、友達とかと過ごす時間もとられて、最後の1日くらいはうちが心配なく過ごせるようにしてください」
この日の夜、学校長と担任らが自宅を訪れて、状況が一変します。少女が卒業式に出席している間、加害生徒は別室で待機することになったのです。
(少女)「なんか報われた感じがして」
(母)「明日思いっきり楽しめるもんな」
(少女)「うん。楽しみ。楽しみでうれしい」
(母)「明日1日だけやけどな」
(母)「よう頑張った」
卒業式を終え…これからの目標は「普通に高校生活を過ごすこと」
ようやく叶った登校。久しぶりの友達との再会に笑顔をみせる少女の姿がありました。あっという間の卒業式。一方で、本当は過ごせたはずの5か月間を失ったと改めて感じる時間でもありました。
(少女)「寂しかったし」
(母)「この5か月?」
(少女)「うん。やっぱりもうちょっと学校行きたかったし、話したかったし。やっぱりとられた時間は戻ってこないから」
(少女)「まあ、とりあえず、普通に高校生活を過ごせるのが目標やね」
(母)「普通のすごさがわかった感じ?」
(少女)「うん。わかったよ」
この春から新たに高校生活をスタートさせた少女。普通に学校に行くこと、いまはそれを目標に1日1日を過ごしています。