2013年、奈良県橿原市で1人の女子生徒が自ら命を絶った。「いじめが原因」と遺族は市などを相手取り裁判を起こしたが、判決は遺族にとってあまりにも非情なものだった。いじめ被害者がなぜ報われないのか、裁判の傍聴を通して見えてきた“司法の課題”とは。

10年前の「自死」 第三者委員会は「いじめと認定」

 5月26日午後1時15分、大阪高裁別館83号法廷。満席の傍聴席からは、ため息が漏れた。

 2013年3月、奈良県橿原市で公立中学に通っていた女子生徒(当時中学1年)が、自宅近くのマンションから飛び降り、自死した。女子生徒の携帯電話からは「みんな呪ってやる」という未送信のメールが残っていたり、同級生に「死にたい」と送信していたりしていたため、遺族は「いじめを受けていたのではないか」として第三者委員会の設置を求めた。

 第三者委員会は、学校のアンケートや女子生徒のLINEの記録、同級生や当時の担任教諭、部活動の顧問教諭らからの聞き取り調査を踏まえ、2015年、「無視や仲間外しなどいじめは優に認められ、自殺の要因の1つ」だと認定した。

「いじめに気付く努力を怠った」遺族の訴えに市「いじめの事実なし」6年にわたる裁判の判決は

第三者委員会の調査報告から5か月後、遺族は市や当時の同級生らに対し、計約9700万円の損害賠償を求めて訴えを起こした。裁判では、当時の部活動の顧問や女子生徒の友人が証人として出廷した。

(当時の部活顧問)「亡くなる1、2カ月前には部活内で孤立していた」
(女子生徒の友人)「『仲間外れにされていて死にたい』と話していたが、(女子生徒は)担任の先生とは相談できる関係性はなかった」

 遺族は「自死はいじめが原因であり、学校はいじめに気づく努力を怠った」と主張。一方、市側は「いじめの事実はなく、自殺の兆候もなかった」と主張した。

 6年にわたり続いた裁判。2021年3月の判決で奈良地裁は、「顧問らの証言や調査結果などを踏まえても、無視や仲間外しがあったとは認められず、学校側が自殺のサインを把握すべきであったとはいえない」などとして、遺族の訴えを全面的に退け、第三者委員会とは“真逆”のいじめを認めない判断を下した。

 (女子生徒の母親)「裁判所の判断が全く理解できないという思いです。部活動の顧問の先生も証言してくださったのに、ただただ残念な結果です」

 遺族は判決を不服として控訴した。

“第三者委を無視” 担任の証言きっかけに反撃を仕掛けるも…

 奈良地裁の判決で弁護団が注目したのは、「当時の担任の証言に“微妙なズレ”がある」という点。弁護団によると、当時の担任は女子生徒の様子について、2014年の第三者委員会の聞き取りに対しては「(体育大会で)みんなと一緒ではない違った行動、例えばちょっと椅子に座ったりしていることが目について」と話している。しかし、2020年の奈良地裁の尋問で同じ体育大会の時について問われた際、「分かりません」と回答している。

 そこで弁護団は、大阪高裁に対し、当時の担任を再度証人として出廷させるよう求めるとともに、「第三者委員会の調査報告で高裁が不安に思う点があるなら問いただしてもらおう」と、元委員長・出口治男弁護士も証人として出廷させるよう求めた。

 実は、出口氏は元裁判官。弁護団から奈良地裁判決の内容を聞いて「衝撃を受けた」という。出口氏は、奈良地裁判決への痛烈な批判をしたためた。

 (元委員長・出口治男弁護士 陳述書より抜粋)「一審判決の最大の問題点は、女子生徒が自死に至るまでの経緯のうち、自己の判断に利用できるポイントだけを拾い出して事実であるとし、その他の、積み上げられている多くの事実を、きちんとした説示なく無視している点です。」
「私が裁判官の時代に、先輩達から、とってはならない方法であると厳しく戒められてきたことでした。相反する証拠を、ろくな理由も示さないで切り捨てているのではないかという真実究明に対する畏れ(おそれ)の姿勢を見ることはできません。」

 そこで大阪高裁は、第三者委員会が調査した証言記録を、「インカメラ手続」(裁判官のみが内容を確認すること)で精査したのだが。

(大阪高裁)「証言は外に漏れないことを前提に事実を述べているところもある」

 そして、当時の担任や出口氏のいずれも、証人尋問は行わないと結論づけた。

証明するのは被害者なのに、証拠は市にある“ねじれ”

 弁護団や母親は、裁判と同時に市に対し、第三者委員会の調査で収集した関係者の証言記録などを開示するよう求めていた。さらに、2022年8月には、市の行政不服審査会が記録などを開示するよう命じていたが、市は開示を先延ばしにしていた。

 “記録には何か重要な手がかりがあるかもしれない”――。弁護団は、「記録の開示がされず、主張立証が妨害されている」と訴えたが、大阪高裁は「主張に左右されるものはすでに証拠として出ている」として、2023年2月に審理を終えると宣言した。

(女子生徒の母親)「最後まで“親が知りたい”という気持ちに真摯に対応してくれない」

 結審後、市側は当時の担任の証言記録を一部開示したという。

「もう絶句」いじめは無かったことに…主観的な受け止めと切り捨て

 迎えた5月26日の判決。大阪高裁の冨田一彦裁判長は、女子生徒が受けた仲間外れについて「女子生徒が自然とグループから離れていった可能性もあり、仲間外しと捉えるかは主観的な受け止めの問題」といじめを認定しなかった。

また、学校が実施した心理テストで女子生徒が「死んでしまいたい」「遠くへ行ってしまいたい」という項目に「かなりあり」と回答していたものの、総合評価で「深刻な挫折をもたらすような情況の急変がなければ、具体的問題へと発展する可能性はあまりない」とされた点を捉え、「学校の教職員が自死の危険性を認識するのは困難だった」とした。

 第三者委員会がいじめと認定している点については、「訴訟の相手方の反証・反論を踏まえて判断すれば、必ずしも第三者委員会と同一の結論に至るとは限らない」として、第三者委員会の調査報告に沿った判断はしなかった。さらに、学校が女子生徒死亡後に行った無記名アンケートも「女子生徒の自死という事実を知ったうえで、自死に影響し得た他の要因に対する十分な情報を与えられたとは限らない状況の下でされていて、信用性の評価は慎重にすべき」と、判決の判断材料に採用しなかった。

 (女子生徒の母親)「亡くなった娘の『気のせい」で特にいじめは無かったという風な判断をされているということ、もう絶句でしかないです」

 弁護団からも、憤りの声が相次いだ。


(藤澤頼人弁護士)「調査委員会の調査を中心に我々は立証していくし、報告書で足りないなら調査の方法を委員長に聞いてください、あるいは原本・調査記録を出してくださいと話していたのに全て排斥して、そのうえで主張立証できてないんだと。結論ありきというか、こういう風に誘導した裁判ですか」
(石田達也弁護士)「学校が子どもたちの自死という問題について、最後のゲートキーパーということを完全に無視した、見殺しにしていいですという判断。」

 第三者委員会での関係者証言やアンケートは、比較的記憶も鮮明なはずなのに裁判では一顧だにされない。そして、被害を証明する責任を負う被害者側が必要な証拠は、相手方の自治体次第で手に入るか分からない。「司法」という最後の砦は、いじめ被害者にとってはあまりにも高い壁として立ちはだかっている。