2010年に京都・丹後地域の川で見つかった新種のドジョウ「タンゴスジシマドジョウ」。200mほどの区間にしか生息していない極めて珍しいドジョウで、最も絶滅リスクが高いとされる「絶滅危惧1A類」に選定されています。発見したのは、ドジョウ研究歴25年の近畿大学農学部・北川忠生教授のチームです。『とんでもないものを見つけてしまった』と語る北川教授の研究活動に迫りました。
ごく限られた範囲に生息 絶滅危惧種「タンゴスジシマドジョウ」
3月31日、京都府宮津市の水族館「丹後魚っ知館」の小さな水槽に、多くの人たちが釘付けになっていました。
(水族館に訪れた人)
「お顔がトカゲに見えてきた」
「めっちゃかわいい!」
「こんなセンスのええドジョウがおるとは思わんかったです」
人気者の正体は「タンゴスジシマドジョウ」。名前の通り丹後地域に生息し、絶滅危惧種にも選ばれている“幻のドジョウ”です。
水族館のニューアイドルがやってきたのは3月30日。届けたのはドジョウ研究歴25年、近畿大学農学部の北川忠生教授(49)です。
(近畿大学 北川忠生教授)
「いままで知らなかった生き物が生きているんだということを知ってもらいたいですね。特に長くこの生き物がいるためには子どもたちに知ってもらうということが重要だと思います」
知られざる絶滅危惧種を守る取り組みの現場に密着しました。
去年8月、取材班は“ある川”で北川さんに話を聞きました。タンゴスジシマドジョウは2010年、ここで“図らずも”発見されたといいます。
(北川忠生教授)
「ちょうどこの川の対岸のあのあたりです。この川に、また別の種と思われるドジョウがいると思われていて、この場所で採取して持ち帰った」
ところが、DNA型を調べた結果、全くの新種だと判明。さらに、発見された川の200mほどの区間にしか生息していないことも分かり、国際的なレッドリストで最も絶滅リスクが高いとされる「絶滅危惧1A類」に選定されました。
『どうやって守っていこうか』…人工授精により繁殖に成功
ただ、北川さんはこの数奇な巡り合わせを喜びだけで受け止められなかったといいます。
(北川忠生教授)
「とんでもないものを見つけてしまったなと。とんでもない責任を負ってしまったなと。今度はどうやって守っていこうかという感情に、それも強く思っているところです」
『絶滅危惧種を守る』という重責。そこで取り組んだのは「人工授精」です。まず、麻酔液にドジョウを投入。動かなくなったのを確認すると、負担をかけぬよう急いで精子を採取していきます。ただ、やはり生き物相手。
(ゼミ生)「うん、(精子が)出ないですね…」
(北川教授)「まぁこれだけ難しいんだということ」
しかし、なんとか採取できました。
(記者)「目視で分かりますね」
(北川教授)「目視で、これは出てる」
これをメスから採取した卵にかけて受精。1時間も待てば、受精卵に細胞分裂が。無事、人工授精は成功しました。当初は、400の受精卵のうち生育できたのはわずか1匹と苦労したといいますが、研究を重ねて2000個体を繁殖させるまでに。何よりもの楽しみは、“我が子”たちの成長を見ることです。
(北川忠生教授)
「これが去年、人工授精で生まれて、1年でこれだけ成熟サイズになりました。童顔のドジョウなんですよね。もともとかわいいなとは思っていたんですけど、こうやって見ると改めてかわいいですよね」
『絶滅危惧種を守るということは繋がっている環境を全部守るということ』
保全活動と並行して、生息状況についても調査を続けている北川さん。この日、研究室のメンバーと丹後地域を訪れていました。ただ、取材には条件が…。
(北川忠生教授)
「生息地は秘匿義務がありますので、場所が特定できるような撮影を控えていただきたいと思います」
絶滅危惧種の中でも特にリスクの高い生物の調査・研究は環境省の許可が必要で、密漁を避けるため生息場所は口外してはいけないのです。
北川さんらが訪れたのは、タンゴスジシマドジョウが見つかった川の支流。2020年に一度、数十匹を発見したといいますが、それ以降は見つかっていない場所です。
ここで北川さんにヒットが。
(北川忠生教授)
「これは『オオシマドジョウ』という近縁種。すごく似ているんですけど違う種です」
捕獲したのは「オオシマドジョウ」。ひげの長さなどで見分けるそうですが、見た目はよく似ています。タンゴスジシマドジョウが知られてこなかった原因とも言われています。その後も…。
(北川忠生教授)
「これもオオシマドジョウですね。…入った。オオシマですね」
ここにはオオシマドジョウしかいませんでした。
場所を変えて粘ること数時間。と、その時!
(北川忠生教授)
「捕れた…。あ!捕れました。タンゴスジシマドジョウです。幻のドジョウですね。背中の丸い模様が細かくて、数が多く整然と並んでいます。サイズ的にも小ぶりな繁殖しているようなサイズが捕れたので安心しました。タンゴスジシマドジョウがいなくなるということは、たぶんこのドジョウと共有している生態系自体が崩れているので、もっといろんな生物がいなくなっていくと思うんですよね。これを守るということはいま繋がっている環境を全部守るということになる」
水族館に個体を一部引き渡し展示へ
この日、北川さんは宮津市の「丹後魚っ知館」に来ていました。飼育員の原口哲史さんに話を聞きます。
(北川教授)「授精はどれぐらいしましたか?」
(原口さん)「授精はほぼしなかったですね」
ここでは2021年から環境省とともにタンゴスジシマドジョウの人工繁殖と展示の計画を進めてきましたが、うまく育たず展示には至っていませんでした。そこで、北川さんがサポートに入り、個体を一部引き渡すことにしたのです。
(北川教授)「なによりやっぱり『タンゴ』という名前ですよね。土地柄をしっかりアピールしていただいて」
(原口さん)「この地域にいる魚ということを多くの人に知っていただきたいですよね」
絶滅危惧種を守るには存在を知ってもらうことが大切だと話します。
環境省の手続きが大幅に遅れ…約40匹が死んでしまう
すぐにでも展示を始められる…はずでした。水族館での打ち合わせから4か月後、珍しくいら立つ北川さんの姿がありました。
(北川教授)「まだ環境省から許可が出ていなくて輸送ができていません。その間に個体がどんどん減り続けています」
(記者)「それは死んでしまったということですか?」
(北川教授)「そうですね。死んでしまっています」
変わり果てた姿。いち早く引き渡すという環境省との計画に沿って飼育を進めてきましたが、当の環境省側の手続きが大幅に遅れたことで、個体が成長して水槽のキャパシティが限界に。管理が追いつかず、死んでいったといいます。
(北川忠生教授)
「せっかくうまくいっているところなんですけどね。貴重な生き物を守ることができる状況にあっても、それが手続き的にうまく進まないという状況は憤りしかないですよね。もどかしさと憤りですね」
結局、環境省から許可が下りたのはこの2か月後。その間、実に約40匹が死にました。
12匹が水族館に展示されることに『みんなに知ってもらってのびのびと育って』
そして3月30日。ようやく引き渡しの日を迎えました。
(北川忠生教授)
「とりあえずなんとかつながったなという感じですね。無事に届けばちょっとは安心ですね」
当初の計画の半分以下ですが、12匹が水族館で展示されることになりました。新たな住みかの居心地は…。
(北川忠生教授)
「落ち着いた感じで。あぁ…いいですね。寄り添って仲良くしていますね。私たちの水槽の中ではなかなかこんな様子は見たことないです。さっそく我が家に来たみたいな感じで。いわゆる『じっと見ていられる』というやつですねこれ」
かわいい我が子たちとの別れの時です。
(北川忠生教授)
「みんなに見てもらってみんなに知ってもらって、ここでのびのびと育ってください。元気に子どもたちを残してください。また会いに来ます」
絶滅危惧種を守る現場から見えたもの。それは単に珍しいからではなく、『いまあるすべての環境のために守る』という私たちが考えていくべきテーマでした。