この道23年の和紙職人。実は、公務員です。伝統産業の和紙作りを途絶えさせまいと模索する町の取り組みを取材しました。

室町時代に幕府の公文書にも使用『杉原紙』 兵庫・多可町の特産品

 人生の節目で渡される卒業証書を伝統の技で彩る町があります。兵庫県多可町。人口約2万人の山間の町の特産品は『杉原紙』という和紙です。

 そんな和紙を作るのが、この道23年の職人・藤田尚志さん(51)。今年1月、雪の降る厳しい寒さの中、藤田さんは川にいました。

 和紙の原料となる楮(こうぞ)を川にたたきつけるようにして、汚れと灰汁を取り除きます。水が冷たいほど和紙の自然で温かみのある白さを引き出すといいます。

 (藤田尚志さん)
 「水がずっと冷たいほうがいいですので、これくらい降ってくれたほうがありがたいですね」

 杉原紙は室町時代に幕府の公文書にも使われ、江戸時代には当時流通していた紙の7割以上を占めたといいます。

「もともとは役所の事務職員として入った」

 すっかり熟練の職人の風情を醸し出す藤田さんですが、実は多可町役場に勤める職員なのです。

 (藤田尚志さん)
 「もともと役所の職員として、事務職員として入りまして、(人事異動の)希望の中に杉原紙を作ってみたいなーと、ある意味軽い気持ちで書いたら、それが上の人の目に留まって、じゃあやってみるかと」

 安価な海外の紙に押され、杉原紙作りの職人がいなくなる中、伝統産業を途絶えさせまいと町では約50年前から職員を登用してきました。

 (藤田尚志さん)
 「一時はちょっと、僕向いているのかなあと悩んだ時期もあったんですけども。トータルで見たら、役場で事務仕事をしていた時よりも充実しているなというのは感じています」

 伝統産業に従事する人は年々減っています。一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会によりますと、1974年に28万288人いた従事者は、2020年には5万4265人に。後継者不足は全国的な課題となっています。多可町も例外ではなく、藤田さんに続く職人を育成するため非常勤の職員を募集し、すでに4人の女性が職人デビューしています。

 (元アパレル販売員 松田和美さん)
 「美術とかデザインとかそういうことが好きだったので。工作とかも好きだったので、ちょっと手作業やってみたかった」

 (多可町商工観光課 課長・金高竜幸さん)
 「民間ではなかなか収益化につながらない場合はまた途絶えてしまうおそれもあるので、町としてはそれを守っていく」

児童らが自分で紙を漉いて「卒業証書」を作る

 去年11月、多可町の小学6年生たちが慣れない手つきで杉原紙を漉いて自分の卒業証書を作っていました。

 地元の伝統文化への理解を深めてもらおうと18年前から続けていて、町内にある5校すべての小学校で行っています。

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 そして3月23日に行われた卒業式。子どもたちひとりひとりに杉原紙でできた卒業証書が手渡されました。

 (卒業生)
 「多可町でも有名な杉原紙だから、卒業証書で自分で作ったやつができてうれしかった」

 伝統を維持しながら、今後はかつてのような産業に発展させることが町にとっての課題です。

 (藤田尚志さん)
 「また僕の代で終わってしまうんじゃなくて、今度は次の方に伝えていかないといけないなという使命感はあります」