2011年3月11日、出産のため宮城県に里帰りしていた女性は、陣痛と闘う中、大きな揺れに襲われました。病院は停電・断水。余震も続く中、新しい命は生まれました。成長した男の子は今年の春で中学生になります。

「こんな日に生まれているから、強く育つと思う」

 穏やかな表情で眠る赤ちゃん。この時はまだ、生まれて1日と経っていませんでした。

 (増川由梨さん 2011年)
 「こんな日に生まれているから、強く育つと思います」
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 あれから12年。あの時の赤ちゃんは、卒業を間近に控えた小学6年生になっています。東大阪市に住む増川歓汰くん、11歳。学校から帰ると、まず宿題をするのが日課です。いま力を注いでいることを聞いてみました。

 (増川歓汰くん)
 「体操、スイミング、トランポリンとかがんばっています。一番上のレベルまでいきたいです。(Qオリンピックとか?)いや…それはたぶん、いかないと思います」

 とにかく体を動かすことが大好きだという歓汰くん。「歓汰」の名前は、「多くの人によろこびを与えられる人になってほしい」と両親が名付けました。

入院先の病院は停電・断水 余震も続く中で出産

 歓汰くんは、母親の由梨さん(39)が出産のため里帰りしていた宮城県仙台市の病院で震災直後に生まれました。震災で、宮城県では8万棟余りの建物が全壊。空港が浸水するなど津波の被害も甚大で、1万人以上が犠牲となりました。仕事の都合で大阪に残っていた父親の泰行さん(40)は、連絡もつかず途方に暮れたといいます。

 (増川泰行さん)
 「産まれているのか産まれていないのかということよりも、生きているのか生きていないのかの方が大きかったですかね。情報がなさすぎて、ずっと祈るだけという、無力な感じでした」
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 由梨さんが入院していた病院も震災直後から停電、そして断水。余震も続いていました。

 (増川由梨さん 2011年)
 「ベッドにしがみついて耐えていたんですよ。でも、ベッドにタイヤがついているから動いたりして」

 そんな状況の中、翌12日の午前2時40分、懐中電灯の灯りを頼りに歓汰くんは誕生しました。3700gの大きな赤ちゃんでした。

「大地震の日に陣痛がきた」「でも産むんだ」

 由梨さんはあの日の体験を日記に残していました。

 【由梨さんの日記より】
 「なんてことだ。大地震の日に陣痛がきた」

 このひとことから始まる出産記録は、びっしり6ページ。地震は入院後、病室にいる時に起きました。

 【由梨さんの日記より】
 「突然、病院がぐわんぐわんと揺れ出す。1人取り残され、ベッドにしがみつく。皆少し揺れるゆたびに、顔が青ざめ、表情がこわばる」
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 真っ暗な分べん室で陣痛に耐えながらお腹の赤ちゃんが無事かどうかもわからない。極限の精神状態の中、こう決意を記していました。

 【由梨さんの日記より】
 「あの地震はかなり平常心を失わせた。そしてやりきれない思いがあふれ、泣いた。でも産むんだ、産むしかないってがんばった」
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 宮城には由梨さんの両親が住んでいます。夜通し娘のそばにいた由美子さん(67)は、あの特別な夜をいまも鮮明に覚えています。

 (由梨さんの母・由美子さん)
 「電源が落ちて、助産師さんが持っているのはポータブル(携帯用)の心音計、赤ちゃんの心臓の音がきこえるものだけなんです。わたしも懐中電灯係で分べん室に入って」

 誰もが必死でした。通常の医療体制とは全く違う環境の中、歓汰くんが生まれたのは入院から約17時間後でした。

 (由梨さんの母・由美子さん)
 「無事、生まれてよかった。産声をきくとホッとしましたね」

家族が一緒にいるあたり前の幸せを実感してほしい

 「こんな日に生まれたから強く育つと思う」由梨さんの言葉通り、歓汰くんは病気知らずでここまで大きくなりました。料理が好きで、カレーやグラタンを家族にふるまうことも。妹の梢恵ちゃん(8)と料理をするなど、いまではすっかり面倒見のいいお兄ちゃんです。
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 そんな2人に、由梨さんは“あるもの”を見せることにしました。当時の新聞です。これまで見せることはありませんでしたが、春からは歓汰くんも中学生。家族が一緒にいるあたり前の幸せを実感してほしいと考えました。歓汰くんも自分が生まれた日についてじっくりと話を聞いたのは初めてでした。

 (増川歓汰くん)
 「結構、驚きました。がんばってくれたんだなという。いっぱい人が亡くなっている中で自分が生まれて、その人たちの分まで生きるというか…生きたいという意思はあります」

「周りの人とか家族を大切にしていきたい」

 今年2月末、歓汰くんの通う小学校では、東日本大震災を前に防災の授業が行われていました。東大阪市の公立小学校では、年に3回、生きていくために必要なことを学ぶ総合学習を行っていて、この日は「地震への備え」がテーマです。ハザードマップを確認したり、防災バックの中身について意見を出し合ったりし、歓汰くんも積極的に参加します。防災を自分事として考える…。より命を守る意識と自覚が芽生えたようです。

 (授業で意見を述べる増川歓汰くん)
 「いつどんな災害が来るのかわからないので、日頃からどうやって自分自身を守るかを考えて心構えをして過ごしたいです」
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 自分が生まれた時もそうだった。災害は、いつ起こるかわからない。だからこそ、「歓汰」の名前の通り、人を“よろこばせ(歓ばせ)”“受け入れられる(歓迎)”そんな人になりたいと思っています。

 (増川歓汰くん)
 「周りの人とか家族を大切にしていきたい。人にやさしく接することができるような大人になりたいです」