東日本大震災をきっかけに神戸で『空飛ぶクルマ』の開発に取り組むエンジニアがいます。「災害で役に立つ空飛ぶクルマをつくりたい」。開発にかける熱い思いと、試作機による初のテストフライトに密着しました。
空飛ぶクルマの開発現場が神戸の山奥に
空中に高く浮上し、渋滞のない空を移動する。私たちの生活をがらりと変えるかもしれない『空飛ぶクルマ』。いま世界中で、熾烈な開発競争が繰り広げられています。「関西でも空飛ぶクルマを開発している人がいる」という話を3年前に聞いて、取材班は神戸市西区の山の中に向かいました。
森本高広さん(43)。大手輸送機器メーカーで20年以上、バイクや電車などのシステム開発や設計を手掛けてきました。その傍ら、集まった有志数人と空飛ぶクルマの開発に取り組んでいました。
(有志のエンジニア)
「こういうことに興味を持ってこられる人は、何らかのモノに自信がある人が多い」
「いい具合に得意分野がずれていて、うまく補完し合っている感じですね」
開発中の空飛ぶクルマはケーブルもむき出し。装置の多くは手作りです。試作機は6分の1ほどのサイズになるということです。
(森本高広さん)
「(Qここまで開発にいくらかかった?)ゼロいっぱいですよ。有志ということで無償でやっていただいているので、値段が付けられないですよね。ということでプライスレス」
最高に丁度いい『航続距離1000km』
世界中で開発されている空飛ぶクルマは、航続距離300kmまでの短距離が主流です。一方、森本さんたちの機体は、それとは一線を画しています。
(森本高広さん)
「これがうちの機体の強みを表しています。『最高に丁度いい(航続距離)1000km 最速の移動手段』ということで。飛ぶスピードは時速650km、ヘリコプターの2~3倍くらいのスピード」
航続距離を長くするために電気モーターではなく、エンジンを採用。高速で飛行できるため東京-大阪間をわずか1時間で結びます。
当初の試作機は2つの翼と4つのプロペラを搭載していましたが、コストを下げて普及しやすくするために現在の形状になりました。名前は英語で「stork」。幸運を運ぶ「コウノトリ」の意味です。
「日本全国から被災地支援するのに使いたい」
森本さんが空飛ぶクルマに取り組む原点。それは、2011年の東日本大震災でした。
(森本高広さん)
「津波がひいた後の町の状態がものすごく頭にこびりついていまして、ショッキングなものが入ってきたという衝撃がひとつと、常々何か自分にできることはないかなと考えていたというのがあったので、ショッキングな映像ではじけた」
津波による被害で道路が遮断され、緊急物資さえスムーズに運べない。そんな現実を見て、空飛ぶクルマならけが人や物資を広範囲に運べると考えたのです。
(森本高広さん)
「(開発中の機体は)飛行時間がいまと比べものにならないくらい飛べるので、東南海(エリアの地震)が起きた時に、日本全国から被災地を支援する、そういう用途で使いたいなと」
兵庫・斎藤知事も期待「応援していきたい」
森本さんたちは去年9月、神戸で開かれた次世代モビリティの展示会「国際フロンティア産業メッセ」に参加しました。ベンチャー企業にとっては新たな協力企業と出会う貴重な場です。
地元である兵庫県と神戸市のトップ2人、斎藤元彦知事と久元喜造市長がブースに立ち寄りました。
(斎藤知事)「試作機はいつごろの目標なんですか?」
(森本さん)「2人乗りの試作機は2025年。6人乗りは2030年」
(兵庫県 斎藤元彦知事)
「兵庫から初の空飛ぶクルマなので、ワクワクしますね。神戸市と兵庫県でしっかり連携して応援していきたいと思っています」
災害で役に立つ空飛ぶクルマをつくりたい。森本さんたちの熱い思いが届いたのか、国は去年、開発支援として約1億円の補助金の支給を決めました。森本さんは会社を休職して開発に集中する日々です。
”膨大な”実験データの収集・解析も欠かせない
取材した日、空を安全に飛ぶために欠かせないデータ収集を行なっていました。人工的に風を発生させて空を飛んでいる状況を再現する風洞実験。機体にかかる風圧や風の流れを計測します。
【実験の様子】
「風速20m/sいきます」
「19.8、19.9、20.2、20.3」
(森本高広さん)
「さっきとったデータなんですけれども、これをちゃんと保存して解析をしていかないといけないので。(実験が)終わった後からが勝負かもしれない」
どのような気象条件でも安定した飛行ができる。そうした機体を目指し、地道な作業が続きます。
試作機初のテストフライト…その結果は?
そして今年2月22日、試作機で初めてのテストフライトの日を迎えました。
(森本高広さん)
「非常に緊張しています」
いよいよ、本番です。
(森本高広さん)
「じゃ、いきます。プロペラ回転します。プロペラ回転上げます」
機体がゆっくりと浮かび上がります。メインのプロペラが2つしかないため、機体のバランスをとるのが難しいのだといいます。
上空2mを飛ぶ機体。大きく揺れることもなく、安定しています。
(森本高広さん)
「おろします」
元航空エンジニアの開発メンバーが笑顔で拍手します。
(森本さん)「ありがとうございます」
(開発メンバー)「すごいすごい、安定してるわ」
(森本さん)「ビビりますね」
(開発メンバー)「いけるね。よかったよかった」
(森本さん)「もうちょっといけますかね」
(開発メンバー)「いけそうやね」
続いて2回目。徐々に高さと距離を伸ばしていく計画です。再び浮き上がりました。翼を5度傾けて前進を試みます。ところが…。
バランスを崩してお尻から落ちてしまいました。
(森本高広さん)
「やっちゃいましたね」
機体の後部にあるバランスをとるためのプロペラが破損しました。この日のテストフライトは打ち切りです。
「あきらめなかった人が成功にたどり着く」
その後、森本さんたちは破損した機体を修理。3月8日、翼を倒すことによる前進・後進の操縦性を確認するテストフライトを行い、無事終えることができたということです。
空飛ぶクルマでいのちを救う。目標に向かって一歩一歩進み続けます。
(森本高広さん)
「ゴールは見えているから、そこに向かって…。あきらめなかった人が成功にたどり着くと思うので。あきらめない」