けがや急病の応急処置、いわゆる「救急法」。救急隊が来るまでに適切に行うことができれば、命が助かる可能性は2倍になると言われています。日本赤十字社ではAEDを用いた救急法などが学べる講習を実施していて、2021年度の一般受講者は約19万3000人でした。そんな中、一般受講者に指導する指導員に救急法を教える「講師」を目指す警察官がいます。救急法普及から約100年がたちますが、講師は“日本赤十字社の職員のみ”が行ってきたので、警察官が講師になれば日本初の快挙となります。

「救急法」指導員の警察官『傷ついた人を減らすように』

 京都府警本部の装備課。警察官が使う装備品や通信機器などを管理しています。配属されて3年の山本隆之警部補(48)、この日は京都市で開催される高校駅伝の準備に追われていました。

   (上司)「さっきの無線はいつ配る?」
 (山本さん)「もうあさってから順次配っていきます」
   (上司)「何時ぐらいに?」
 (山本さん)「もう朝から配っていきます」
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 現場に出ることのない、いわば「裏方」なのですが、山本さんにはもう1つの顔があります。けがや急病の応急処置、いわゆる「救急法」の指導員なのです。心臓と呼吸が止まってから救急隊が来るまでの間に心肺蘇生などを行うことで、これが適切かつ迅速にできるかできないかで命が助かる可能性は2倍になると言われています。

 (指導をする山本さん)
 「ちょっと(三角巾が)目にかかっている。大丈夫、大丈夫、そんなん最初からうまくできへんって」

 この日、教えていたのは京都府警察学校の初任科生たち。人命救助も警察官にとって大切なスキルです。
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 (講習を受けた初任科生)
 「私は一応刑事を目指しているんですけど、現場ではけが人、死傷者とかもいますし、救急の人とかけが人をカバーできるような刑事になりたいと思います」

 (山本隆之警部補)
 「彼らは現場にいち早く駆け付ける可能性がありますので、そこで自信をもって救急法を駆使していただいて、傷ついた人を減らすように」

きっかけは東日本大震災…被災地での経験から指導員を目指すことを決意

 そもそも、山本さんが救急法を本格的に学ぶきっかけとなったのは“ある経験”からでした。2011年3月11日、最大震度7の揺れと津波が各地を襲った「東日本大震災」です。京都府警も発災直後から警察官を派遣。当時、機動隊に所属していた山本さんも被災地に向かいました。ところが…。
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 (山本隆之警部補)
 「苦しんでいる人たち、当然ご家族が亡くなられた方もおられますし、そういう方の少しでも救いになれたらなと(思ったけど)、なかなか人を助けるというのはなかったです」
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 山本さんは被災地での経験から「警察官だけでなく一般の人にも救急法を広めることで、より多くの人を助けたい」と考え、指導員を目指すことを決意。しかし、指導員になるために必要な日本赤十字社の資格を取るまでの道のりは決して簡単なものではありませんでした。

 (山本隆之警部補)
 「やっぱり全てがしんどかったですね。家に帰って家族を捕まえてですね、包帯の手当などの練習とかも家に帰ってもしていました」
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 山本さんを指導員として育て上げた講師・小林和博さん。当時の山本さんの貪欲な姿勢がいまでも忘れられないといいます。

 (小林和博講師)
 「(山本さんは)人よりも真っ先に来られて、朝一番から最後の最後まで練習されていたり、休憩時間にも質問に来られたりとかっていうことで、意欲的に取り組んでもらっていたという印象がすごく強いですね」

 こうして山本さんは2012年、救急法の指導員に合格。これまで10年以上、ほぼ毎週のように休日などを利用してボランティアとして一般の人に救急法を教えてきました。

全国でわずか169人 警察官として初の“先生の先生”に挑戦

 そんな山本さん、新たに“日本初の挑戦”をするそうで…。

 (山本隆之警部補)
 「この度、赤十字さんの方から推薦を受けまして、警察官として初めて『講師』を目指すということになりました」
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 「講師」とは、救急法の指導員を養成する、いわば「先生の先生」のことで、全国でわずか169人しかいません。救急法の普及が始まってから約100年間、これまでの講師は日本赤十字社の職員のみで、山本さんが講師となれば日本で初めてです。

 (山本隆之警部補)
 「実際に目の前で人が倒れた、それを実際に『救助した』っていう人が実は6割を切っているんです。目の前で倒れたんですよ。目の前で倒れた(人を助ける)のが100%にならないのかなっていうのが思いです。指導員を単純に増やせばもっともっと数多くの人が助かるわけですよね。私が指導員を10人育てたら1000人の人が助かるかもしれない」

 講師には実技はもちろん、わかりやすい指導が求められます。指導員からの高度な質問にも的確に答えられるよう、あらゆる専門書を読みシミュレーションを重ねます。

試験開始の直前まで確認を行う山本さん 本番では…

 去年12月、いよいよ迎えた試験当日。全国から講師を目指す13人の指導員たちが集まりました。試験開始まで30分。山本さんは気になることがあったのか、試験を担当する講師のもとへ向かいます。
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 (山本さん)「ちょっとご質問いいですか?結び目の位置って、絵の通り下にくる感じですか?」
   (講師)「ここは多分どこでも大丈夫と思うので、はい」
 (山本さん)「そこはこだわるところじゃないかな」

 山本さん、入念に準備してきたとはいえ、試験本番を前に緊張感がぬぐえません。
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 そして、試験が始まりました。まずは「実技」です。

 (問題を伝える講師)
 「では、問題を言います。右目周辺。右目周辺が傷ついて出血があります。止血後の包帯、目の周囲の包帯を行ってください」
 
 (実技を行う山本さん)
 「ちょっと耳に不便かけますけど我慢してくださいね。ちょっとしめますよー」

 試験では、実際の講師2人がけがの処置や搬送の実技などを確認。時間制限もあるなど厳格で、限られた中で実力を見せなければいけません。

 (講師)「固定のところだけちょっと見せてもらえれば。OKです、ありがとうございます」

 試験前の焦りを感じさせず、ひとつひとつ丁寧にこなしていきます。
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 続いては「搬送の指導実習」。自ら実演して受講者に説明していきます。ここが正念場です。

 (指導実習を行う山本さん)
 「ミソになるところ、ポイントは『持ち手』なんですよね。その持ち手を作っていきます。できるだけへりのところを細かく巻いていきます。ちまちましていますけどこれが大事なんですよね」

 指導の流れや時間配分はもちろん、指導員の手本となるようなわかりやすい指導ができているかがポイントになります。

 (指導員)「非常に受講者としては入りやすかったのかなと思いました。『ここがポイントですよ』とおっしゃっていて、強弱がついていてわかりやすい指導だったなと思っております」

 指導員からも上々の評価です。無事、全科目が終了しました。

無事に合格した山本さん『救急法の普及に努めてまいりたい』

 そして、今年2月。山本さんは見事「講師」に合格。日本初の快挙です。
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 (山本隆之警部補)
 「すごく期待されて、高く評価されているとひしひしと感じましたので、期待に応えられるようにこれからも努力して救急法の普及に努めてまいりたいと思います」

 「1人でも多くの命を助けたい」山本さんの想いはこれからも変わりません。