39年前の強盗殺人をめぐって、大阪高裁は再審=裁判のやり直しを認める決定を出しました。滋賀県日野町で酒店を経営していた69歳の女性を殺害し、金庫を奪ったとして強盗殺人の罪に問われた元被告の男性は、無実を訴えながら無期懲役刑で服役中に病死(当時75歳)し、遺族が再審を請求していていました。大阪高裁は、“犯人しか知りえない死体発見場所を元被告が示した”とする警察の写真が差し替えられた疑いがある”と判断。元裁判官で冤罪事件に詳しい西愛礼弁護士は「何十年も苦しんだ人がえん罪だったことを裁判所を認めたことが大きい」と評価したうえで「証拠を開示するルールがないことが問題」と指摘します。
(2023年2月27日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」より)      

◎西愛礼(よしゆき)弁護士:元裁判官 えん罪の研究および救済活動に従事

犯人でしか案内できない死体発見場所は(警察に)誘導された恐れがある

---日野町事件の再審請求大阪高裁の判断は再審を認めるというものになりましたが、この大阪高裁の判断はどう評価されますか。

西愛礼弁護士: まず再審開始自体が認められることが刑事手続きの中でなかなか珍しい手続きであって、何十年も苦しんだ人が冤罪だったということを裁判所が認めたということは、とても大きな判断だったと思ってます。

---この判断に至った理由というのが再審請求で開示された証拠が今回の判断に繋がったと西さんは見ていますが、この証拠というものがこちら。裁判所が警察に提出を命じた証拠。引き当て捜査の様子を撮影した写真ネガだということなんですが、そもそも西さん、引き当て捜査というのはどういうものなんですか。

なかなか聞き馴染みがない言葉だと思うんですけれども、実際に盗んだ金庫をどこに捨てたんだとか、死体をどこに運んだんだってことを聞いて、実際の現場やその様子を再現させるというふうな捜査です。

---そのときの写真ネガが出てきたということなんです。金庫発見場所と死体発見場所、この二つが出てきました。それぞれについて大阪高裁は、金庫の発見場所については、「阪原さんが誘導されているとまでは言えない」と判断。さらに死体発見場所に関しては、「誘導されている恐れがある」といった判断をしたということです。この二つの引当捜査の違いで、どうして判断がわかれたのかそのあたりはいかがですか?

二つの捜査とも、手続きにおかしなところがあるようだということは大阪高裁も認めています。その中でも判断がわかれたというのは、写真のネガを実際に見て、おかしなことが写っていたかどうかということで、死体発見の引き当たり捜査については、おかしなものが写っているということでした。

---写真のネガを見ただけで、「これちょっと不自然じゃないか、おかしいぞ」というところを指摘されたわけですよね。

死体の発見場所の引当捜査というのは死体役の人形を用意して、その人形を持ち運んでここにして運びましたということを実際に再現してもらうというものだったんですけれども、今回見つかったネガの中の写真には、死体役の人形を持ったり、置いたりしている、ということが写真に収められていた。それにはやはり、ある程度時間かかってるだろうし、阪原さんも人形を置いたときに「そこ違うだろう」という風なことを警察官から言われたと証言していて、そういった形で暗示があったのではないかと、誘導されている恐れがあるということが認められたということになります。
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---当時のその裁判のとき、指摘されなかったということになるんですね。

当時の裁判では、この写真ネガが弁護側に開示されていなかったので、そういったことは明らかにならず、むしろその警察の方はスムーズに引き当たり捜査というのが実施できたというふうなことを言っていて、犯人でしか案内できないことを案内した。だからこの人は犯人だというふうな形で裁判が進んでしまったということになります。

---ここまで聞くと、今まであった裁判のことをちゃんと開示して証拠をちゃんと見るということが重要だと思うのですが、現在その再審制度において、証拠はどう扱われるかといいますと、今回の阪原さんのように、弁護団は冤罪を立証したい。冤罪を立証したいとなれば検察が持つ証拠を開示してください。それを鑑定することで、「こういったところおかしくないですか」「こういう可能性もありますよね」と冤罪を立証したいというところですが、証拠を持っている検察は「冤罪と言えるような新しい証拠がないと、証拠開示できませんよ」という、矛盾が生じているということなんです。新証拠が欲しいから開示してほしいのに、新証拠がないと開示できないって食い違っていますよね。

はい。まさに本末転倒な状況になっているというふうに思っています。

---西さんによりますと、証拠の開示ルールは、ないそうで、気になるのは開示してもらえないという実情はルールにのっとってないということなんでしょうか?

まず刑事訴訟法の条文上に開示のルールがないということで、警察官はそもそも開示については法的な根拠はありませんという形で、基本的にはその開示しないと。ただ、その中でも裁判所の方で、「いやこの事件はきちんと開示をして真相を明らかにしなさい」といったことを職権で促して証拠が開示される場合があります。

---今回の場合はこの引当捜査の写真ネガが開示されたということですけども、この判断は?

今回は大津地裁において、そもそも再審請求するときに、いろんな鑑定や実験を弁護団の方々がしていて、ある程度この事件ってのは冤罪だよねという疑いを立証していた。そういうことを踏まえて裁判所が証拠の開示を促したということになります。

---そうなるとやっぱり弁護団の負担というのは非常に大きいですよね?

はい、おっしゃる通りです。

豊田真由子氏「警察や検察司法は信頼に足るが、思い込みはある。だから取り調べの可視化は必要」

---ここまで警察の捜査を豊田さんはどう聞きましたか?

(豊田真由子氏)「今回のケースが最終的にどうかってのは、再審の推移を見守るってことだと思うんですけども、やっぱり一般論として言えば、冤罪は絶対に防がなきゃいけない。そのときに私、やっぱり日本の警察とか検察司法というのもすごく信頼に足るものだと思ってるんですけども、やっぱり人間なので、思い込みとか間違いがあったり、あるいはそれに基づいて威圧的な取り調べっていうのをやっぱり実際にあるんだと思うんですね。例えば自白の強要などがないようにするには、それを可視化をして録画をするとか、そういう制度的な担保を取らなきゃいけないということと、あともう一つ思うのは、私達メディアとかとSNSなんかでも、思い込みとか印象操作をしてしまって、結果的に真実を大きく作り変えてしまうってことがやっぱりあるんですよね。例えば「松本サリン事件」なんかは、被害者の旦那さんが「もうあの人が犯人だ」ってなって、そういう報道もものすごくされて、でも結果的には全く違ったわけですよ。それってだからその警察が悪いってことでもなくて、やっぱりそうやってみんなが気をつける。思い込みとかであの何かを責めることをしないってことをしないと、誰があの冤罪の被害者に明日なるかもしれないってこともありますから、もうそれぞれがあの制度的にも、心情的にもそれを自覚して、ものすごく気をつける。本当に冤罪になった方は、それが仮にそうじゃなかったってなっても、人生取り戻せないわけですよ。死刑になったケースとかもあるわけで。それは絶対にやっちゃいけない。社会全体で考えなきゃいけないかなと思う。

---今回のケースの特徴は「死後再審」です。亡くなった後に再審を請求しているというものです。検察が最高裁に特別抗告をせずに、今回の判決が決定となれば戦後に発生し、死刑や無期懲役が確定した事件では、初めてとなります。西さんによりますと、「請求人が親族に限られて途絶える問題」があるのですね?

はい、死後再審の請求というのは、その方の配偶者、兄弟姉妹、直系親族に限られます。なので長期間身体拘束されてしまってると請求人が途絶えてしまう可能性はありますし。そもそも最初の死後再審を請求すると「あなたの身内に犯罪者がいたのか」と周りから見られてしまうリスクがあって、なかなか勇気を出すのが難しいという問題もあります。

裁判官にとって再審(裁判のやり直し)を判断することは大きなプレッシャー

---では裁判所にとってはどうなのか、元裁判官の西さんの視点では、「一審から最高裁まで10人以上の裁判官が間違えたと宣言すること」。これは大きなプレッシャーだということなんですね。

 普通の裁判と違って、事件が一審、高裁、最高裁とあるわけで、多くの裁判官が関与していてプレッシャーを感じる。それは否定できないと思います。また今回のような事件ではもう取り返しがつかない死後再審という状況になっていて、何十人も冤罪で苦しんだ人がいるかもしれないと、そこはやはり大きなプレッシャーになることは否定できないと思っています。ただそれが裁判官の仕事もありますので、やるからには慎重に審議をして時間をかけて何が本当か、真実を見極めるという手続きが行うことになります。

---日野町事件も1984年に発生ですから、本当に長い時間がかかっているということになりますよね。

はい、おっしゃる通りで審理は慎重にやる分時間がかかってしまう。この事件だけではなくて、どんな再審事件でも同じようにとても時間かかってしまってるという問題があります。

---今回は再審が認められましたが、検察は今後5日以内に最高裁に特別抗告するかどうかを判断するということです。