ロシアによるウクライナ侵攻から1年。プーチン大統領は今、何を考えているのでしょうか。筑波大学の中村逸郎名誉教授は、プーチン大統領の最近の演説について「今回の軍事作戦に勝利するんだ」や「やり遂げる」という言葉がなく、勇ましさが見られなくなっていると話します。またロシアは深刻な砲弾不足となっていて、『核に頼るしかない流れが出てきている。局面がここに来て大きく変わってきている』とも分析。そんな中で、中村氏が注目する次のターニングポイントは『5月9日の戦勝記念日』。この4月下旬から5月初旬というタイミングで、中国の習近平国家主席がモスクワに行ってプーチン大統領と会う可能性がある、と中村氏は予想しています。(2023年2月24日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」より)

◎中村逸郎氏:筑波大学名誉教授 専門はロシア政治でプーチン大統領研究の第一人者 ロシア外務省から入国禁止対象に指定される

―――この1年を振りかえって、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻をどのようにご覧になっていますか?
 「何のための戦争なのか、何のための軍事侵攻なのか、迷走しているプーチン大統領の姿がよく見えてきたということですね。去年の12月の末だったんですが、CNNが衝撃的な映像を流したんですよ。首都キーウに住んでいた5歳の子が、お父さん・お母さん・おばあちゃんが亡くなって、1人で400km、キーウからポーランドまで泣きながら歩いている映像を流したんですよ。これがプーチン大統領がやっている軍事侵攻の実態なんですね」
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―――プーチン大統領は今年2月21日に侵攻後初となる年次教書演説を行い、22日は20万人規模の愛国集会で演説、そして23日の「祖国防衛の日」にはビデオメッセージと、連日発信しています。
 (MBS 三澤肇解説委員)
 「モスクワ支局の経験者に何人か話を聞いてみたのですが、過去と比べてもいつも通りかなという感じはするんだけども、もし健康に問題を持っていたとしてもたぶん見せられないだろうと。それよりも会場の雰囲気が“よどんでいる”という。その人が2018年に年次教書を取材したときには、新しい核ミサイル4つぐらい、コンピューターグラフィックを出してドーンとやったらしいんですけども、そんな雰囲気じゃ全然ないと。拍手が出たのは新STARTの停止ぐらいで、会場がなんともどんよりとした空気であるということが印象に残っているって言っていました」

―――一方、中村先生の見立てですが、勇ましさがなくなってきていると?
 「この年次教書演説の直前、アメリカのバイデン大統領が電撃でキーウに行きましたよね。ですから、プーチン大統領がどうそれに反応してくるのか、BBCのモスクワ総局のニュースによれば、キーウへの電撃訪問を受けて一生懸命年次教書を書き換えているっていうようなニュースも入ってきて、私もどんなふうにプーチン大統領がしゃべるのかと思ったんですが、びっくりしたことには、今回の軍事作戦に『勝利するんだ』という言葉がなかったんですよ。しかも『やり遂げる』という言葉もなかった。今一番ロシアの国民が知りたいのはそこなんですね。それともう1つ、プーチン大統領は何を言ったのかと。後半の部分ですが、兵士の22万人近くが死傷していて、その人たちの社会保障をちゃんとしますよっていうことを言ったんです。ただ、この年次教書を聞いたモスクワに住む40歳の私の友人がすぐメールを送ってきて、『いまさら何を言ってるんだ』と。去年の秋にもたくさんの兵士が亡くなったり、けがをしたりしている。いまさら何を言っているんだ遅すぎるんだと。全く目新しいものがないっていうことで、今回プーチン大統領はかつてのような勇ましさがもう見られなくなってきているということなんですね。そこでプーチン大統領のビデオメッセージが出てきたもんですから、ついにプーチン大統領が最後の切り札を出してきたんじゃないかと私は思っているんですね」

「核への依存に頼ってきているんじゃないか」

―――ビデオメッセージでは核戦力の3本柱を強化すると表明しました(陸:大陸間弾道ミサイル=ICBM実戦配備 海:潜水艦発射弾道ミサイル=SLBM 空:戦略爆撃機)。これについては?
 「実はもう通常兵力が使えなくなるほどもう消耗していると。ですからプーチン大統領はどうやらほかのことを考えている。つまり核への依存に頼ってきているんじゃないかということですね」

―――海外メディアによりますと、ウクライナでの戦闘で1日に使われる砲弾の数は、ウクライナが6000発に対してロシアが2万発だということです。
 「ウクライナの6000発っていうのも、ヨーロッパの小さな国が1年間でいろんな軍事演習をするときに使う数と言われています。それをウクライナは1日で使っている。ロシアは3倍以上使っているということで、砲弾不足っていうのがかなり深刻になってきている。そうした中でやっぱり最終的には核に頼るという流れが少しずつ出てきているんだろうなと。ですから通常の戦争から核をにおわせる、核使用をにおわせる、また本当に核を使うんじゃないかと、局面が大きくここにきて変わっているということですね。ロシア独立系の最新の世論調査によれば、『あなたの周りで今回の戦争でけがをしたり死んだりした人いますか?』という調査で、『いる』との答えが28%も。ロシア兵の死傷者は22万人というニュースが出ていますが、実態はもっと多いんじゃないかなと」

中国が停戦を呼びかけ これを機に「米中関係改善」の思惑も?

―――そしてもう1つ気になるのが、停戦を呼びかけた中国の動きです。中国政府は、ウクライナ問題の政治的解決に関する中国の立場を発表。内容としては▼核兵器の使用や核による威嚇をしてはならない▼冷戦的な考え方を捨てる▼安保理で承認されていないいかなる一方的な制裁にも反対…などです。先生は中国の立場というのをどう見ていますか?
 「非常に微妙なところなんですね。なぜかといいますと、中国っていうのは気球問題があって、米中対立っていうのが非常に厳しい状況。そしてウクライナもプーチン大統領が核を使うんじゃないかと。そこで、習近平国家主席は自分の出番だと思っているんですね。それはロシアを止めるだけではなくて、これを機会に米中の関係も改善したいと。そのために、プーチンの緊張を高めているところで自分の出番だと。じゃあ一体何ができるかということです。経済制裁を欧米がロシアに科していますけども、それを緩和する方向で自分が欧米との間に入ってやろうかと。そして先ほど入ってきたニュースですが、ゼレンスキー大統領も習近平国家主席と直接会って話をしたいという話も出てきたんですね。ここで何か習近平国家主席の動きが出てきて、もちろんどれだけできるかわかりませんけれども、何か動き出してきたなということです」

 (MBS 三澤肇解説委員)
 「冷戦的な考え方を捨てなさいという部分なんですが、年次教書でプーチンさんが言ったのは、『西側』『西側』って連発したんですよね、今回。『ネオナチ』という言葉より『西側』という言葉を使っていた。冷戦的な考え方を使っているのはプーチンさんじゃないですか。そこに対するメッセージもあったのかなというところはすごく思いましたね」

 (筑波大学 中村逸郎名誉教授)
 「冷戦で負けたのがソ連なんですよ。今回、この軍事侵攻について『勝てる』とは言えなかったんですね、冷戦で負けているから」

 (MBS 三澤肇解説委員)
 「あと安保理ですね。安保理のことを言っていましたが、安保理で拒否権を行使しているのはロシアと中国ですからね、そこもどうなんだというところは正直思いますね」

広島サミット前に習近平国家主席が「国際的な存在感を見せつけてやろうと」

―――そして習近平国家主席が4月か5月初旬にロシアを訪れる可能性をアメリカのメディアが報じました。中村先生によりますと、次のターニングポイントになるのではないかというのが、5月9日の戦勝記念日(ソ連がナチスドイツに勝利した日)ということですね?
 「そうですね。4月下旬から5月の頭あたりに、習近平国家主席がモスクワに行ってプーチン大統領と会う可能性がある。なぜかというと、1年前に戦争が始まって、プーチン大統領にとって頼りになるのは習近平さんしかいないということで、ぜひモスクワに来てくださいっていうことを1年間ずっと要請してきたんですね」

―――5月19~21日に開催されるのが広島サミット。これより前に“手柄”がほしい中国が停戦に向けて動くのではと。こういったところも1つタイミングになっているのではないかと?
 「そこが実は非常に大きいと思うんです。広島のこのG7の会議というのは、まさにこのウクライナ問題が中心テーマなんですね。バイデン大統領も含めて、ウクライナ戦争に仲介してうまく止めることができない、フランスのマクロン大統領もうまくいかなかった。そこで広島サミットの前に自分がプーチンさんまたはゼレンスキーさんと会って話をつけて、自分の国際的な存在感を見せつけてやろうということなんですね」

―――クリミア半島の併合の翌年である2015年の戦勝記念日には、習近平国家主席も参加していたという実績があるわけですね?
 「プーチン大統領が頼っているのは、最後、習近平さんに仲介役を頼むしかないということです」