元女子マラソン日本代表の原裕美子さん。2005年に名古屋国際女子マラソンで初マラソンながら初優勝し、同年の世界陸上ヘルシンキ大会では日本人選手最高の6位入賞。2007年には大阪国際女子マラソンで優勝しました。その一方で原さんを悩ませ続けたのが『摂食障害と窃盗症』です。「食べ吐き」をするための食料を万引きして、これまで7回逮捕され、去年末まで執行猶予中でした。その原さんが今、苦しむ人たちに伝えたいこととは。

減量に追い詰められる中で見つけた食べ吐き

 原裕美子さん、41歳。千葉市内のマンションに1人で暮らしています。原さんは摂食障害に悩んだ1人です。

 (原裕美子さん)
 「本当に最近、思いっきり食べ吐きをしたというのが全然ないです。ここ何年ないかな」

 原さんはかつて日本を代表するマラソン選手でした。高校卒業後、実業団チームの京セラに入部。寮生活が始まります。
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 当時、身長163cm。体重は標準より10kg軽い49kgでした。ここからさらに減量するよう監督から命じられます。1日に4度体重計にのり、少しでも増えれば叱責される日々。身も心も追い詰められた時に始めたのが、好きなだけ食べて吐き出す、食べ吐きでした。
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 (原裕美子さん)
 「食事の後にお風呂に入ったら気持ち悪くなって、食べた物が偶然出てしまった。体重をはかったら『あれ、減っている』と。これで好きなものが好きなだけ食べられる。その時はもううれしくて、こんないい方法見つけちゃったよと。それからは毎日毎日、好きなものを好きなだけ食べて、吐いてってことをやって。幸せでした」
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 体重が41kgだった頃の写真。

 (原裕美子さん)
 「当時はこの写真を見ても細いと思わなかったんですけど、今になって見ると異常ですよね」

財布を取り上げられた合宿中…「気がついたら服の中に」

 食べ吐きによって厳しい食事制限のストレスから解放され、走ることだけに集中することができました。次第に大会でも結果が出るようになり、世界大会で活躍するなど「原裕美子」の名は知れ渡りました。

 世間から注目されると同時に、食べ吐きをしていることを周囲に相談できなくなり、病院にも行きませんでした。摂食障害と診断されたのは食べ吐きを始めて10年後のこと。
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 摂食障害は「必要な食事をとらない」「食べ過ぎる」「食べた後に吐く」などの異常な食行動がコントロールできなくなる心の病気です。
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 2007年、25歳の時、原さんはついに食べ吐き用の食料を万引きするようになります。初めは中国での合宿中でした。監督に財布を取り上げられ、食べ吐きができないことへのストレスが限界に達してしまったのです。

 (原裕美子さん)
 「食事だけでは、食べ吐きをしていたから食べるものが足りなくて、近くの市場に抜け出して行っていたんですね。目の前にあるものが全ておいしそうで食べたくて食べたくて。気がついたら服の中、ありとあらゆるポケット、ポケットだけではおさまらずに服の中とかに入れちゃってて」
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 初めて逮捕されたのは2012年。その後、医師には精神疾患の窃盗症と診断されました。2018年、執行猶予中に7回目の逮捕。盗んだのは382円相当のキャンディーやクッキーでした。

 (原裕美子さん)
 「もうしない、絶対やめなきゃって自分に誓うんですけど、また繰り返してしまう。だめな自分なんだ、だめな人間なんだ、なんでこんなに心が弱いんだろうというふうに思っていました」

医師「摂食障害の症状の1つに万引きがある」

 摂食障害と万引き。実は深く関係しています。50年以上、摂食障害の治療と研究を行ってきた高木洲一郎医師は「この病気の症状の1つに万引きがある」と指摘します。

 (自由が丘高木クリニック 高木洲一郎医師)
 「私は長年(摂食障害の)家族の会をやってまいりまして、お子さんが万引きした人いらっしゃいますかと聞くと、多くの人が手をあげますね。患者さんは万引きをしてはいけないことは頭の中では十分わかっているんですね。でもやってしまう。つまり万引きをする衝動を抑えることができないというのが問題でして、そういうときの心理状態についてお聞きしますと、イライラしていたり落ち込んでいたりが必発症状です」

 2018年12月、原さんに言い渡された判決は、摂食障害の影響が考慮され懲役1年・保護観察付き執行猶予4年でした。判決後、裁判官はこう語りました。

 (裁判官)
 「あなたはマラソンの並外れた才能があり、努力をする才能も持ち合わせています。この病の領域でもその才能を生かしてください」

専門病院や回復支援施設での治療を経て現在は

 あれから5年。原さんはこれまで専門の病院に3か月間入院して、その後は回復支援施設にも7か月間入るなど治療を続けてきました。今は物流会社で働くかたわら、夜は居酒屋でアルバイトもしています。

   (客)「おかわりで」
 (原さん)「おかわりで生を。お持ちしますね」

 周りの人には、病気のこと、事件のこと、全て話しています。
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 今は万引きの衝動は全くありません。全てを知った上で支えてくれる仲間がいるから、不安や孤独に襲われることもなくなりました。食べ吐きをしたくなる時もほとんどありません。

 (原裕美子さん)
 「ここはやっぱり素の自分でいられるというか、本当に心から笑える場所です。『応援しているよ』『大変だったね』『これからも頑張って』と言ってくださるお客さんが、みなさんそうなので、だから私は素の自分を出せています」

「自分ひとりでそのつらさを抱えないで」

 今年1月、原さんは大阪の児童自立支援施設を訪ねていました。この施設には家庭や学校にうまく適応できない中学生までの子どもが通っています。自分の経験を語ることが子どもたちの役に立つのではないかと自ら講演を申し出たのです。
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 (講演で話す原裕美子さん)
 「元気になるためにはどうしたらいいか、わからなかったらまた周りの人に聞いたり頼ったり、その繰り返しでいつのまにか私は笑えるようになったし、こんなに元気になりました」

 自分が病気から回復する姿を伝えていくこと。それが摂食障害で苦しむ人たちのためにできることだと考えています。

 (原裕美子さん)
 「私が一番ひどかったとき、病気で苦しんでいたときっていうのは、なんかもうひとりで我慢しちゃっていたんですね。支えようとしてくれる人は本当にたくさんいたんですけれども、頼ることが負けだと思っちゃったりもしたし。悩んでいる人は、自分ひとりでそのつらさを抱えないで、誰か信頼できる人に相談し頼ってほしいなと」

 原裕美子さんを取材したドキュメンタリー『映像’23 食と心~摂食障害患者のSOS~』が2月27日午前0時50分に関西ローカルで放送予定です。