障がいがある人と障がいがない人が共に学べる仕組み「インクルーシブ(包括)教育」。大阪府が約50年前から取り組む世界に先駆けた教育方法です。しかし今、一部地域が行う方法に文部科学省が異議を唱えていて、自治体と文部科学省の言い分が平行線をたどる事態となっています。

“全ての児童”が同じ教室で共に学べる「インクルーシブ教育」

 大阪府豊中市にある南桜塚小学校。朝の登校時間、車いすを押してもらいやってくる男の子がいます。教室に到着すると、すぐにほかの児童が声をかけて上着を脱ぐ手伝いをします。この学校ではこれが日常の光景です。
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 小学6年生の木野翔太くん(11)。皮膚がのびやすかったり関節が柔らかくなったりする「エーラス・ダンロス症候群」という病気で、歩行に困難を伴い、食事はペースト食を胃ろうに注入しています。気管を切開しているため言葉を発することはできません。クラスメイトや先生たちとは文字で会話をします。

 翔太くんは支援学級に在籍していますが、授業は1年生の頃からずっと通常学級で受けています。
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 (翔太くんのクラスメイト)
 「(Q翔太くんと一緒のクラスで過ごしてどんな感じ?)別にほんま普通の生徒みたいな、同じクラスの友達みたいな感じ」

 南桜塚小学校では、障がいがあってもなくても全ての児童が同じ教室で共に学ぶインクルーシブ教育を約50年前から取り入れています。学校には様々な障がいのある児童47人が支援学級に在籍していますが、全員が通常学級で学んでいます。授業によっては支援学級の担任だけでなく支援員も入って、一緒に学べる環境をつくります。
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 お昼、翔太くんもみんなと同じように給食当番をします。
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 ほかには掃除当番も…。

 (クラスメイト)「翔ちゃんここの上のゴミ落としてくれる?」

 障がいがあってもできることは自分でやる、できないことは助け合う、というのがこの学校のルールです。
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 (クラスの担任 野村勇作先生)
 「ここの子たちは早い子だと保育園からずっと一緒の子もいるので、僕なんかよりずっと翔ちゃんのことをわかっているし、僕よりも付き合い方が上手だなと思っています」
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 翔太くんは両親と妹2人の5人家族。元々は大阪市内で暮らしていましたが、南桜塚小学校のことを聞きつけ、翔太くんが4歳のときに引っ越してきました。

 (翔太くんの母親 木野美奈さん)
 「個人懇談とか行くと、教室を開けて、私なんか床にはいつくばるくらい『先生いつもすみません』みたいな感じで入っていくんですけど、先生たちは本当に至って自然。一個人としてちゃんと受けてくださっているというのをすごく感じるので。本当に引っ越してきてよかったなっていう、ただただそれだけですね」

どうしたら翔太くんも楽しく参加できるのか…全員でルールを考える

 この日、体育の時間で先生からこんな問いかけがありました。

   (先生)「バスケさ、この間さ、2学期の終わりにやったやんか。でもあの時さ、ウィーンウィーンってなってたけど、ボール持てた?」
 (翔太くん)「(腕を組んで首をかしげる)」
   (先生)「どうやって参加したらいいかなってみんなに聞いてみたらいいんちゃう?」

 バスケットボールの試合で一度もボールに触れなかった翔太くん。先生は翔太くんがどう思っていたのか気になっていました。
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 (翔太くん)「(ボードに文字を書く)」
   (先生)「読んでみるよ。『僕が一緒にできるルールをみんなで作りたい』。どう?伝わった?」 

 頷く翔太くん。先生が翔太くんの思いをみんなに伝え、翔太くんも参加できるルールを全員で考えます。
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 (クラスメイト)
 「プレーのはじめは翔ちゃんから始めたらいい」
 「翔ちゃんにボールを渡したら、何秒かだけ翔ちゃんが(ボールを)ずっと持っていてくれるみたいな」

 誰かが取り残されることがないようにルールは臨機応変に。これもいつものことです。
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 そして、試合が始まると翔太くんにもボールが…。なんだか嬉しそう。あっという間に時間が過ぎていきます。
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 授業が終わると、翔太くんに声をかけるクラスメイトがいました。

     (記者)「さっき体育が終わった後、翔ちゃんに声をかけてた?」
 (クラスメイト)「はい」
     (記者)「なんて声をかけていましたか?」
 (クラスメイト)「『このルールで今後大丈夫ですか』って声をかけました」
     (記者)「翔ちゃんはなんて言っていましたか?」
 (クラスメイト)「『よかった』って言っていました。翔ちゃんもちゃんとバスケに参加して楽しめてよかった」

 『ともに学び、ともに育つ』インクルーシブ教育。ただ、今そのあり方が揺れています。

文科省が教育方法に異議『サポートは支援員さんができるのでは』

 去年4月に文部科学省が教育委員会などに出した通知書。それは南桜塚小学校の教育理念を否定するような内容でした。

 【文部科学省が出した通知書】
 「特別支援学級に在籍している児童生徒については、週の授業時数の半分以上を目安として特別支援学級において授業を行うこと」

 文科省は、通知はあくまで「インクルーシブ教育推進のため」としていますが、これに従うと支援学級に在籍する翔太くんが通常学級で過ごせる時間は今の半分以下になることになります。
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 なぜこのような通知を出したのか。文科省に取材を申しこむと次のように答えました。

 (文科省・初等中等教育局特別支援教育課 山田泰造課長)
 「通常級に障がいのある子がいて一緒に学ぶ、もう大歓迎です、大賛成。どんどんやっていただきたいと思います。けれども、我々がわからないのは、なんで1回特別支援学級に在籍させるんですか、と。教諭は1人という前提で国民の税金を使って配置をさせていただいているので。サポートをするんだったら免許がなくても支援員さんでできるんじゃないんですか、と」

 教員免許を持つ支援学級の担任が授業のサポートをしている状況は好ましくなく、障がいのある児童が通常学級で学ぶ場合は、教諭ではない支援員がサポートすべきと話しました。
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 これに学校側は、支援学級の担任は授業のサポート以外にも、障がいのある児童の入学前の受け入れ準備や、入学後の保護者との連携など業務は多岐にわたるため、支援員だけでは不十分だと訴えます。

 (南桜塚小学校 橋本直樹校長)
 「1つの学校に一定年数勤める、そういう先生がちゃんといてるというね、この体制が本当に必要なんですね。『クラスに入ってこの子の支援をします。それでいけるのではないですか』ということじゃなく、本当に1人の子どもが学校生活を送ろうと思うと、合理的配慮と言われますけどね、そういう配慮や支援というのが本当に多岐にわたって必要であると」

母親『本当に夢見心地な6年間、いい学校生活を送らせてもらった』

 今年3月に小学校を卒業する翔太くん。この6年間、一度も休みたいと家族に伝えたことはありませんでした。翔太くんの家族はこのインクルーシブ教育に出会えたからこそ前向きな学校生活を過ごすことができたと話します。
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 (翔太くんの母親 木野美奈さん)
 「6年間を通して勘違いさせられた6年間だったなと思います。健常児なのか障がい児なのか、あんまり壁がない。これが当たり前って思いすぎて、ちょっと一歩外に出て『あっ、そうや、障がいがあったんや、うちの子』っていう。本当に夢見心地な6年間、本当にいい学校生活を送らせてもらっていたんじゃないかなと思いますね」

   (記者)「6年間大満足ですか?」
 (翔太くん)「うん」

 揺れるインクルーシブ教育のあり方。文科省は通知は撤回しない方針で、今後も教育委員会などに説明を続けていきたいとしています。