ビルやマンションの高層階が大きくゆっくりと揺れる「長周期地震動」。2月1日、気象庁は、長周期地震動の「階級3(=立っているのが困難、キャスター付きの家具類などが大きく動く)」と「階級4(=はわないと動けない、非固定の家具の大半が移動したり倒れたりする)」が予想される地域も緊急地震速報の発表対象に追加しました。実際、日本では2000年~2022年に長周期地震動「階級3」「階級4」の揺れが合計33回も発生していて、1年に約1.5回は起きている計算になります。「長周期地震動」による揺れの原理はどんなものなのか。 発生した際に私たちはどんな行動を取るべきなのか。日本地震学会の副会長も務める、工学院大学建築学部の久田嘉章教授に聞きました。

縦揺れ・横揺れの後に続く「長周期地震動」 揺れを増幅させる「共振」

 ―――長周期地震動とはどのような現象なのでしょうか?
 「地震では普通、まず縦揺れが来て、次に横揺れが来ます。周期とは、地面が“行って戻る”時間です。我々が体験するのは、普通は短周期のガタガタとした横揺れですが、長周期というのは、ゆっくりと揺れるんです。ゆっくりした揺れが、始めの縦揺れ・横揺れの後に、長時間続くことがあり、これを長周期地震動と言います」

 ―――長周期地震動を理解する際に「共振」という言葉が登場しますが、これについてもわかりやすく教えていただけますか?
 「建物自体も固有の周期を持っています。地震動が、ある周期で“行ったり来たり”している揺れのところに、高層建築のような周期の長い建物が建っていて、周期が一致するとどんどん成長してくるんですね。それが『共振』と言われています。地震動が“行って戻る”周期と、建物の“行って戻る”周期が一致すると、揺れが成長して非常に大きくなる現象、これが『共振』です」

 ―――建物が持つ周期は、建物の高さの高低によって差があるということでしょうか?
 「一般的には高い建物のほうが周期が長く、低い建物は周期が短いですが、構造によっても違います。鉄骨構造は比較的長い周期を持っていて、RC造(鉄筋コンクリート造)は硬いので比較的短い周期を持っています。単純に高さだけではなくて、構造でも決まります」

 ―――一般的には、地震を捉える際に「マグニチュード(地震の規模)」や「震度(ある場所における揺れの強さ)」という言葉を使うケースが多いですが、「震度」という指標で長周期地震動の揺れの大きさを表現することは難しいのでしょうか?
 「少し難しいんですね。震度は、短周期の揺れがターゲット。低い建物がどれだけ揺れて被害が出るかというのがターゲットなので、長周期だと周期がずれてしまうんですね。そのため、震度ではなく『長周期地震動階級』という指標を気象庁が導入し、それを使いましょうということになっています」

 ―――「長周期地震動階級」には4つの階級がありますが、階級1や階級2であっても甘く見てはいけないのでしょうか?
 「そうですね。基本的には『長周期地震動階級』は、観測点が置かれている場所の地面での揺れなんですね。その場所が偶然それほど大きな揺れでなくても、気象庁の観測点がない少し離れたところに高い建物があると、地面があまり揺れなくても、上の階が共振現象で大きく揺れることがあります。階級1というのはあくまでその地域の代表点での値であって、別の場所では大きく揺れる。特にビルの高い場所は大きく揺れる可能性がありますから、注意した方がいいですね」

高層ビルの屋上や上層階に置かれる「制震装置」 

 ―――各建設メーカーが長周期地震動の揺れを少しでも低減させるための技術開発を進めていますが、制震装置をあえて屋上や上層階に置くという技術が注目されています。これは合理的なのでしょうか?
 「長周期地震動対策としては、もう既に建っているビルに制震補強を施すことが必要になってくるわけですが、典型的なのは、たとえば『ブレース』という斜めの部材を入れる方法です。けれども、『ブレース』などを後から付けるとなると、例えば空調などの設備が既にあってスペースがないという場合があります。それと、やっぱり“どかないといけない”んですね。もう既にテナントや住民がいる中で、“工事のためにしばらくの間、退去してください“というのは、大変な工程になってしまいます。けれども屋上に制震装置を置くと、そこだけで工事が完結するので、テナントや住民の退去が不要になり、非常に効率的に工事ができます。なので、制震装置を“上”に置く形式は最近増えてきています。『いながら補強』という言い方もされていますね。そのビルでの活動を止めることなく工事ができるので、非常に効率的だということで注目されています」
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 ―――実際にメカニズム面でも揺れを抑えることができるのですか?
 「慣性力といって、加速度を受けた際にモノがその場に残ろうとする力を利用します。建物は“動こう、動こう”とする一方、重いおもりを備えた制震装置は慣性力で“残ろう、残ろう”として、揺れ始めが遅くなります。そうすると、制震装置と建物が“逆方向に揺れる”構造が生まれ、揺れが抑えられます」

「慌てて避難すると階段から転げ落ちるなどして危険」「家具などの固定が理想」

 ―――2月1日から緊急地震速報の運用が変更され、長周期地震動階の「階級3」と「階級4」の揺れが予想される地域にも、緊急地震速報が発表されます。たとえば、東京で大きな地震が起きても、長周期地震動に関して大阪にも緊急地震速報が発表されるというケースも十分考えられます。この変更の意義を教えてください。
 「短周期の揺れはそれほど遠くには伝わらないんですね。東京を揺らす首都直下の短周期の揺れが、大阪をすごく揺らすかといえば、そうではありません。だけど東日本大震災の際に東北沖で起きた大地震の長周期地震動は、大阪の高層ビルを揺らしました(※東日本大震災時には、大阪・南港の咲洲庁舎でエレベーター停止による閉じ込めや、内装材の破損などが発生)。非常に大きな地震が起きて遠くまで伝わる時には、高層の建物にいる人たちに、あらかじめ『揺れが来ますよ』という警報を出してくれるわけで、準備ができる。数十秒、場合によっては数分、余裕を持って準備ができるというのは、非常に大きいです」

 ―――マンションやオフィスの室内にいる際に長周期地震動に揺れに見舞われた、あるいは揺れが迫っている場合は、どのような行動をとればいいのでしょうか?
 「基本的には短周期の揺れの場合と同じです。長周期地震動の揺れが来るぞという時には、超高層の建物自体は、耐震性は非常に高く、ビルが潰れるということはまず考えられないので、そのビルの中にとどまる。そして、安全性が高いところにとどまる。あらかじめ家具などがちゃんと固定されているのが理想です。何か落ちてきそうな時には、丈夫な机の下などにもぐって、じっと揺れが収まるまで我慢するというのが、まず取るべき行動ですね。また、長周期地震動の場合は、コピー機などキャスター付きのオフィス家具が大きく動き回るので注意が必要です。あまり構造的に強くない壁は変形して、ドアが開かなくなってしまうことも考えられます。なので、長周期地震動の揺れが来るぞという時には、ドアをあらかじめ開けておくのも望ましいです。それから、場合によっては火を使っている場合は、揺れが来る前であれば消した方がいいですね。普通、短周期の揺れだとセンサーでガスは止まるはずですが、長周期地震動の際は、場合によっては止まらない可能性があって、油が漏れる可能性もあります。このように、長周期地震動ならではの対策もありますが、基本的には通常の地震と同じです。揺れが収まるまで安全な場所でじっと我慢する。慌てて避難すると階段から転げ落ちるなどして危険です。可能であれば警備員などが館内放送で『揺れが来るので安全な場所で待機してください』とアナウンスしてほしいですね」

 ―――商業施設内にいる場合でも基本的には同じですか?
 「同じです。 超高層ビルはよく揺れるということを覚えておいていただけたらと思います。超高層ビルは安全なのですが、大きく揺れて、人間のスケールから言うと“とんでもなく揺れている”と感じられる時もあります。何十cm、場合によっては1m、2m揺れるので、人間のスケールから言うとすごく大きく揺れるということをよく知っておいていただければと。けれども、対策すればそんなに怖いことはないので、十分に対策して安心感を持って、揺れが収まるまでその場で待機していただきたいと思います」
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 ―――想像しているよりも大きな揺れと考えた方がいいでしょうか? “船に乗っているような大揺れ”などにたとえられることもありますが?
 「普段は経験しない揺れなので、何も準備もなく心構えもなく経験すると、ちょっとびっくりすると思います。相当大きく揺れるし、音もすごいんですね。ガシャガシャガシャガシャするし。なので、知識がないと少しパニックを起こして、慌てて非常階段で下りようとして、揺れで階段を踏み外してけがをするケースもあります。そのような行動のほうがかえって危ないですし、屋外に出ると落下物がもっと危ないですから。タイルが落ちてくるおそれもあるんですよね。そちらのほうがよほど危ないので、慌てて外に出ない方がいいです」

 ―――エレベーターの中で揺れに見舞われた場合はどうすればいいでしょうか?
 「地震の際は最寄り階で自動停止するエレベーターも多いですが、長周期地震動はちょっと違う揺れ方なので、場合によっては止まらないエレベーターもあります。最近は長周期地震動に対応するエレベーターもあるのですが、緊急地震速報が発表されたり、揺れを感じ始めたりしたら、すぐにボタンを押して最寄り階に止まるようにする。ドアが開いたらすぐに外に出る。万が一閉じ込められたら、インターホンで警備員を呼んで対応を待つということですね。場合によっては長時間救助できない場合もありますので、エレベーターの中に水・食糧・携帯トイレなどを準備しておくことも望ましいです」

「空振りとなるケースもあるが、役に立つ情報」

 ―――これまで学界や行政の中で、“緊急地震速報の運用を長周期地震動にも対応できるものに早急にすべきだ”という声は大きく上がっていたのでしょうか? そのあたりの現状を教えてください。
 「やはり関係者は、長周期地震動の揺れが予想される場合もぜひ緊急地震速報を出すべきだと言っていました。ただ、地震後は津波の情報をはじめ様々な情報であふれます。長周期地震動の影響を受けるのは全ての建物ではなく、高層建築という特殊な建物なわけです。“命の危険がすぐそこに迫っていると伝えるわけではない情報を出すべきか”という考え方や、“たくさんの情報がある時にかえって混乱を招かないか““関係のない人が大勢いる中で、一部の人のための情報を全国的に流すべきなのか”といった様々な考え方があった上で、“だけどやった方がいい”という合意が取れたということだと思います」

 ―――そうした合意に至った大きな要因は何でしょうか?
 「南海トラフや日本海溝・千島海溝で大きな地震が起きたら、間違いなく長周期地震動がやって来るので、“長周期地震動を緊急地震速報の対象にしておくべきだった”という事態になる前に、有効な情報はやはり発表しようと。あまり関係がない人がたくさんいるのも確かです。けれど高層の建物にいて、特に上層階にいる方は、あらかじめその情報が来たらしっかり使えるようにしておくということが重要だと思います。理想的には、個々のビルのために情報を送ってくれる民間のサービスもあるので、可能であれば併用してほしいですね。そのビルの周期に合わせて、どのように揺れるのかについてそのビルに合わせた情報を出してくれるので、緊急地震速報と合わせて、そうした民間のサービスも使えば、より的確な精度の高い情報を得ることができると思います」

 ―――2月1日から長周期地震動の「階級3」「階級4」が緊急地震速報の対象に追加されたことは、久田教授は肯定的に評価していますか?
 「もちろん肯定的に評価しています。空振りとなるケースもありますが、役に立つ情報でありますし。重要なのは、そうした情報を使って、個人だけではなくて、隣同士が助けるということですね。特に高層階は誰も助けに行けないです。エレベーターは止まるし、連絡もほぼできなくなる状況で、誰が助けてくれるかと言えば、やはり『共助』、隣近所の人が助けるしかないんですね。隣同士の人が声をかけ合ってやるしかないんです。火事でない限りはすぐに避難するのではなく、まずは同じフロアの人たち同士で『大丈夫ですか?』と声をかけあって、安否確認をしてほしいです。『自助』と『共助』というのは共通ですから」