岸田文雄総理大臣は2月1日の衆院予算委員会で、自民党・平将明衆院議員の質問に対し、《年収の壁》について「制度を見直す。どんな対応ができるのか、幅広く対応策を検討する」と答弁しました。10年以上前から課題とされてきた、いわゆる「年収の壁」。ここにきて、ようやく本格的に俎上に載せたと言ってもいいでしょう。

 答弁からさかのぼること4か月前、日本記者クラブで、野村総合研究所の武田佳奈研究員らが記者会見をしました。そこで示されたのは、「パートタイマーの労働時間が減り続けている実態」と、8割近い人が「働き損」にならないなら、労働時間を増やす意欲を持っているという調査結果でした。

そもそも「年収の壁」とは何なのでしょうか?配偶者のいるパートタイム労働者が年収100万円を超えると、段階的に「社会保険料」の負担が増え、配偶者の「家族手当」の支給が停止、「所得税」や「住民税」の負担などが発生し、結果として世帯収入が減ってしまうという現象が起きます。

こうした負担増を防ごうと、収入が100万円以下になるよう就業調整を行うことが「年収の壁」と呼ばれているのです。現段階では、年収100万円の人と138万円の人の世帯収入は同じになる計算、つまり年収137万円までの人には「働き損」が発生する仕組みになってしまっているのです。

「時給アップ」がもたらした現象

本来歓迎すべき「時給アップ」によって、配偶者のいるパートタイマーの就労時間は年々短くなっているということも示されています。厚生労働省の調査によるとパートタイム労働者の一か月あたりの労働時間は1993年には月間98.7時間、2021年には78.8時間でした。「年収の壁」に納めるためなのか、月間で20時間も短くなっていました。

野村総合研究所が昨年9月に全国20~69歳の、夫がいるパートタイマーの女性を対象に行った調査によると、61.9%が年収を一定金額に抑えるために「調整している」と回答しています。また、「年収の壁」がなくなり、一定の年収額を超えても手取りが減らないのであれば年収が多くなるよう働きたいと思う割合は「とてもそう思う」と「まあそう思う」を合わせると78.8%にも上りました。8割近い数字です。

野村総研の試算によれば、こうした意欲があるパートタイム労働者が働く時間を月間96時間にすると、年収は1.8倍に増え、市場の労働力不足も解消されるとしています。

提言された《働き損》の解消策とは

では「年収の壁」や「働き損」を解消するにはどうすればいのでしょうか?野村総研は提言で、時限的に、夫のいるパート女性に対しては「社会保険料の負担発生により減った手取りを補う施策」を、家族手当の所得制限を撤廃した企業には「インセンティブを与える施策」を行い、その間に経済の立て直しと人手不足の克服を図ることによって、社会保険料も負担できるほどの年収をパート労働者が稼げるようにするという、段階的な方法を提言しています。

武田研究員は、正社員の夫がいるパート女性の「年収の壁」を取り除くことでもたらされるメリットについて、調査データを基にロジカルに、説得力を持って説明していました。今後、岸田政権が「年収の壁」について、具体的にどのような策を講じてくるのか、注目されます。