今、多くの企業や店舗で後継者不足が深刻化しています。そんな中、親族や身内ではない人物が店を受け継ぐ「譲り店」という事業継承の形でお店を守り続ける喫茶店に密着しました。2代目として喫茶店を受け継いだのは、元常連客です。
初代店主から元常連客へ…「譲り店」で受け継がれた喫茶店
大阪・中崎町。昔ながらのレトロな街並みが残る若者にも人気のエリアです。この町を40年以上見守ってきた喫茶店があります。昭和の雰囲気を残した喫茶店「ニューMASA」です。店内には、ひとつずつ丁寧にドリップされたコーヒーの香りが広がります。
店主の片牧尚之さん(49)は明るい人柄で、片牧さんを慕って通う客も多くいます。
(片牧さん)「高いね、ほんまに。最近なんでも高いね。卵が高いね」
(常連客)「話すことが主婦や」
(片牧さん)「毎日買い物に行っているからね」
(常連客)
「マスターが結構おしゃべりが好きなので、カウンターに座った時にちょろっと話しかけてくれて」
「話しやすい。いつも指定席で座らせてもらっているんで」
そんな片牧さんですが、オープン当初から店主を務めていたわけではありません。
(片牧尚之さん)
「お客さんとしてここに来ていました。300円のモーニングを週3回くらい来ていました」
なんと元常連客。わけあって先代の後を継ぎ、店に立っているのです。実はこれ、事業承継の1つの形。血のつながりや経験の有無を問わず、お店を任せられる誰かに店を譲る「譲り店」という仕組みです。
1982年にオープンしたこの店。元々は「ラウンジ正」という名前でした。女性店主が1人で切り盛りしていましたが、高齢のため店を続けられなくなったといいます。
(片牧尚之さん)
「『もうやめようと思うんやけどお兄ちゃんする?』って言われました。先代がやめると店ごとなくなってしまうじゃないですか。中崎町やからどんどん新しい人がカフェとかにしてしまうので、守るには継ぐ方が早いって思いました」
大好きな場所をなくしたくない。当時、グラフィックデザイナーとして会社で勤めていましたが、その場で店を譲り受けることを決意したといいます。
(片牧尚之さん)
「ぽいっと渡されたんですけれども。掃除からはじめて、いろんなものを捨てたりとか、残せるものは残したりとか。雰囲気だけは変えないようにということで」
そして2011年、「ラウンジ正」時代の雰囲気をそのままに「ニューMASA」として再スタート。初代から同じ豆を使った昭和のブレンドコーヒーを守り続けています。
(常連客)
「コーヒーはいつもと変わらん味です。やっぱりここはなんか落ち着くもんね、昭和レトロでね」
素人で始めた喫茶店経営 「方向性」に思い悩み一度身をひいた時期も
一方で、新しい取り組みも始めています。スーパーマーケットにやってきた片牧さん。真剣な表情で何やら品定めしています。新たな名物メニューをと、新作の開発に乗り出していたのです。
(片牧尚之さん)
「これは『大人のクリームソーダ』。若い人に今、クリームソーダが流行っているので、対して大人の人に向けてラム酒のきいた大人なクリームソーダはどうかなと思って」
他にも、すりおろしりんごをたっぷり使ったこだわりの「マ!カレー(税込み800円)」は、今ではランチの定番商品になりました。
でも、素人で始めた喫茶店経営。やめたいと思ったことはなかったのでしょうか。
(片牧尚之さん)
「9年と半年で一回離れることになります。僕が抜けて、3代目、4代目で、そして5代目で2代目の自分が返り咲いたという形になります」
実は片牧さん、昭和レトロという店の方向性に思い悩み、一度身をひいた時期がありました。その後、3代目・4代目に受け継がれて、4代目がやめるときに再び店を守るために5代目店主として譲り受けたのです。
3代目は「当時まだ大学3年生」4代目は「将来自分のお店をもつための勉強に」
今年1月下旬、歴代店主が店を訪れていました。3代目店主の山納慎也さんに、4代目店主の古家慶子さん。
2代目だった片牧さんから譲り受けた山納さんは当時、まだ大学3年生でした。
(山納慎也さん)
「僕の入りは、コーヒーがまず好きで、自分で研究したり、あれやこれやってやっているうちに、カウンターのこっちじゃなくて中から見てみたいなっていう思いが強くなって」
就職活動が始まるまでの半年間限定で、3代目としてジャズを売りにした「ニューMASA」の店主になりました。
(山納さん)「振り返ると青春みたいな感じ」
(古家さん)「うらやましい」
(片牧さん)「甘酸っぱい」
4代目の古家さんは、将来自分のお店をもつための勉強にと、2年間店主を務めました。
(古家慶子さん)
「初期費用っていうものが全くなしで。全部整った箱が用意されているっていうのはすごくありがたかったです」
短い期間でも譲り受ける決意ができたのは、譲り店ならではのハードルの低さがあったからだといいます。一方でこんな悩みも…。
(山納慎也さん)
「建物だけじゃなくて常連の方も引き継ぐので、居場所を奪われたみたいな意識にもなると思うんですよ。実際、僕で離れたお客さんも結構いたので」
譲り店だからこその葛藤もありました。
「バー」という形で夜営業も開始…夜の部を任されている人も「元お客さん」
そんな「ニューMASA」で今、新たな風が吹き始めています。その名も「夜のニューMASA」。夜の営業も始めたのです。
夜の部を任されている比嘉香織さんも元々はお客さんでした。
(比嘉香織さん)
「夜は完全にバーというか飲み屋さん。プラス、定食とかご飯も食べられるお店になるんで。『もしやれへんねんやったら私がやります』って手を挙げた感じです。やらせてもらえませんかって」
初代から脈々と譲り渡されていくお店のバトン。自由でどこか懐かしい空気が「ニューMASA」を守っているのかもしれません。
(片牧尚之さん)
「できればずっと続けていきたいです。やっぱり手放すとこの空間がなくなってしまうので、誰かにまた譲ると思います。あとはこの建物がいつまであってくれるかですよね。もう40年ですからね」