室町時代から550年以上続く京都の老舗そば店「本家尾張屋」。京都の地下水で打ったそばと吟味した素材でとった出汁で、国内・海外の人々に愛されています。しかし、新型コロナウイルスの影響で、従業員が店を去り人手不足に陥るなど厳しい現実に直面しました。そんな中で新たな挑戦に取り組む“異色の経歴を持つ16代目当主”に話を聞きました。

大晦日に200人が行列…550年以上の歴史ある老舗「本家尾張屋」

 去年の大晦日、開店前から200人以上が列をつくった京都市中京区にある「本家尾張屋」。多彩な薬味で異なる味を楽しめる名物の「宝来そば」など、目当ては年越しそばです。
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 (常連客)
 「天ぷらのセットが好きなので、年末はこれを食べて年を越す」
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 そば店の年末は1年で最も忙しく、従業員総出で対応にあたりますが、息をつく暇もありません。16代目当主の稲岡亜里子さん(47)もあわただしく動き回ります。

 (本家尾張屋・16代目当主 稲岡亜里子さん)
 「たくさんの方が来てくださっていて、すごくありがたいなと思いました。コロナ前よりも戻って来てはるんちがうかなという感じ」

 550年以上の歴史がある老舗そば店のコロナ禍の苦悩と生き残りをかけた挑戦とは?
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 職人たちの作業は夜が明ける前から始まります。代々続く取引先から仕入れたこだわりの昆布と鰹節、そして京都の地下水で生み出されるのが黄金色の出汁です。あたりには何とも言えない上品な香りが漂います。

 (本家尾張屋・16代目当主 稲岡亜里子さん)
 「私はこの建物の上で育ったので、子どもの時から朝起きたらお出汁の香りとともに目が覚めて」
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 そば粉は北海道の契約農家が育てたものを使い、職人が微妙な湿度や気候の変化を感じ取りながら丁寧につくり上げていきます。

 長く歴史を刻んできた味の虜になる客は多く、地元の常連はもちろん、海外からの来店も少なくありません。

 (ドイツからの観光客)
 「とてもおいしいわ。日本の家にいるようで本当にすてき」

異色の経歴持つ16代目当主を悩ませた“コロナ禍での経営”

 本家尾張屋は、応仁の乱の2年前の1465年に菓子店として創業。その後、粉と水を練り伸ばす技術などを活かし、1702年にそばづくりを始めました。
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 しかし老舗とはいえ、このコロナ禍の経営は他の飲食店同様厳しいものでした。また、飲食業自体がこうした事態に弱いことが露呈し、希望を失った従業員が店を去るなど人手不足に拍車をかけたことも追い打ちをかけました。

 (本家尾張屋・16代目当主 稲岡亜里子さん)
 「長くこの味を次の代にも残して人に喜んでもらえたらいいなというのが家業の大切なところなので。(でも)どんなに歴史がある老舗でもお客さんが来てもらえなかったら回らないので」
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 実は異色の経歴を持つ稲岡さん。高校2年で渡米し、ニューヨークなどでプロの写真家として活躍。会社経営とは無縁の生活でした。その後は家業に戻り、2014年に他界した父親の後を継いで16代目になりましたが、厳しい現実が待っていました。

 (本家尾張屋・16代目当主 稲岡亜里子さん)
 「決断をしないといけないというのが経営者の最後の大切な役目じゃないですか。なのに(従業員より)自分の方がわかっていないことがたくさんあって」

ピンチをチャンスに!おうち需要を取り込んだ「お取り寄せ鍋」が人気商品に

 そんな中でも一番の試練となったのがこのコロナでした。無我夢中で取り組む中で会社が生き残るために考えたのが、おうち需要を取り込もうと始めた「お取り寄せの鍋セットの販売」でした。地元で愛される鶏肉に、京都御所にも献上された生麩など、名店の味はどれも古くからの取引先で、どうにか力を借りて完成させました。お取り寄せ商品「宝鍋」は2~3人前で税込み9500円です。
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 “ピンチをチャンスに”と生み出した鍋、そのシメはもちろん「そば」です。冬場の期間限定ですがリピーター続出の人気商品になりました。

 (本家尾張屋・16代目当主 稲岡亜里子さん)
 「今までのやり方だけではやはり厳しいところもあるし、新しい挑戦をするということの大切さをすごく考えさせられるコロナですね」

さらなる新たな挑戦…「冷凍そば」で海外展開を目指す

 稲岡さんはさらなる挑戦をと、ある場所を訪れていました。やってきたのは冷凍庫などを製造する会社。海外展開を視野に輸出可能な「冷凍そば」の開発に乗り出したのです。

 (稲岡さん)「袋なしでも冷凍できるんですよね」
   (業者)「そうですね」
 (稲岡さん)「その差とかを見てみたいなと思って多めにそば玉を持ってきたので」
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 生のそばや茹でたそばなど状態の違いに加え、容器に入れた場合とそうでない場合など様々なケースを試します。外国での暮らしが長かった稲岡さんは「ラーメンやうどんは海外でも人気があるのに、そばは食べる機会さえほとんどなかった。ここに商機があるのではないか」と動き出したのです。
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 (本家尾張屋・16代目当主 稲岡亜里子さん)
 「そばって2~3日しかもたないので、それが日持ちしてより遠いところに届いてより多くの人に食べてもらえる可能性を考えると、すごくワクワクしますね」

 近年、急速冷凍の技術は飛躍的に進化しているといいますが、冷凍することでそばの味に変化は出るのか?一定期間保存して待つことにしました。

「日本にパスタがきたみたいに、そばを海外の日常の食に」

 そして1か月後、いよいよ試食の日。試すのは「茹でたそば」と「生のそば」。それぞれ1か月間冷凍して寝かせたものです。
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 ちゃんと味は保たれているのか?調理場の従業員も真剣な表情です。まずは茹でたそばを冷凍したものから試食します。

  (従業員)「うん…」
 (稲岡さん)「うん…水含んでいたから…」

 職人たちも…。

  (従業員)「何て言ったらいいんやろ…」
  (従業員)「のびた感がありますね。歯切れがよすぎる。もちもち感がなくて」
 (稲岡さん)「風味がないね。そばの風味が飛んじゃっている」
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 続いて生のそばを冷凍したものを試食。慎重に味を確認します。

  (従業員)「コシはいい感じ」
 (稲岡さん)「そばの風味もすごく残っているよね」
  (従業員)「これはね、残っていますね」

 こちらは風味・食感ともにまずまずのよう。同じそばでも冷凍した状態で味や触感が大きく異なることがわかりました。今後は生のそばを軸にベストな冷凍方法を探り海外進出を目指したいとしています。
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 (本家尾張屋・16代目当主 稲岡亜里子さん)
 「日本にパスタが入ってきたみたいに、パスタの市場までとは言わないけど、そばというものが(海外で)日常の食として受け入れてもらえるように。おいしいそばを海外でも食べられるようにしたいし、おいしいそばの食べ方を伝えていきたい」