小川さゆりさん(仮名)を取材した133日の中で、忘れられないのが10月7日「日本外国特派員協会」での記者会見だ。その前日、会見後のTV出演の打ち合わせを兼ねた電話。小川さんは「緊張する」と言う一方で、期待もにじませていた。

“外国特派員記者に報じてもらうことで、動くことがあるかもしれない”

会見後にはきっと「手ごたえ」についても話が聞けるだろう…そんな気持ちで会見場へ向かった。

東京は、冷たい雨。

「この問題の解決は難しい。子どもたちを精神が壊れるまで放置するのではなく、早急に法律を作って解決しないといけない」
 (10月7日 外国特派員協会の会見で)

丁寧に作られた資料をもとに「宗教2世」を取り巻く問題について発信していた小川さん。ところが、会見開始から50分後のこと。事務局スタッフに呼ばれ、席を外していた小川さんの夫が読み上げた文書に、会場の空気は一変した。

「彼女は精神に異常をきたしており 銃撃事件以降症状がひどくなって多くの嘘を言ってしまうようになっている。そのためこの会見をすぐに中止するように」

こう書かれた文書には両親の直筆の署名が書かれていた。FAXは会見の前に届いていたが、会見中に事務局側が気づいたため、小川さんは会見の最中に初めて知ることとなったのだ。その“言葉”を小川さんは静かに聞いていた。

(…そのまま続けられるの…?)

そんな私の考えは杞憂だった。小川さんは涙を流しながらも、最後まで記者の質問に答え続けた。

「両親を信じたかった…何もかも裏切られた」

会見後の控室に入ると、お腹を抱えてうずくまる小川さんの姿があった。

「しっかりしゃべろうと思ったけど…見慣れた親の字。なんども心配していると言ってきていたけれど そういうのが全部嘘だったんだなと」

「(きょうの出来事は一番つらいことでしたか?)今は動揺しているからかわからないけれど、病気になっていた時以上にショックでした。それでも自分は両親を信じたかった。信じていたので何もかも裏切られたという気持ちと、この組織がやっぱり間違っていることが改めて確信できたメリットもあって自分の活動は間違っていなかったと思う事が出来た」
(10月7日 外国特派員協会での会見後の取材で)

「親に愛され、認められたかった」

会見の1週間後、教会は公式見解を発表。会見中止を求めたのは、あくまで「親心」からで、小川さんの病状を公開する意図は無かったとした。

「親心」

はじめて取材した日、小川さんは親への思いについて、こう打ち明けてくれていた。

「母親がすごく大好きで、いじめられても早く母親に会いたいと思って、毎日走って家に帰っていました。自分を愛して欲しいし、気づいてほしいって。親への恨みもあったりとかするんですけど、やっぱり親に優しくしてもらえたりとか、愛された記憶というのはちゃんとあって。いつか、もしかしたら両親が何かのきっかけで間違いに気づいて自分を思って泣いてくれる日がくるのかなと、1%くらい思っている」
(今年7月の取材で)

小川さん自身も幼少期から、教会に疑問を抱きながらも“熱心な信者”であり続けた。根底にあったのは「親に愛されたい、認められたいという」思いだったという。

さらに、教会の教えに背くことは教会の「祝福結婚」で生まれた、自分のアイデンティティをも否定することにもなる、とも。

そんな葛藤をいつか両親が分かってくれるかもしれない…こうした「1%」残っていた子どもの期待をも、打ち砕いたのだ。

体調を崩した小川さんはTV出演を控えることに。代わりに私が会見の様子を伝えるために、急いで東京のスタジオへと向かった。雨は、ますます激しさを増している。

小川さんはしばらく療養することを決めた。

救済新法が成立「本当に感謝したい」

20日後。

「家庭の問題だとか、たまたま悪質なカルトのもとに生まれてしまって
ただ運が悪いのかという問題だけではない。一刻も早く今期の国会で二度と同じような宗教被害者が生まれないように法整備をしていただきたい」
(10月27日 厚労省での2世合同会見)

小川さんの覚悟は、他の「宗教2世」たちの心にも響いていた。与野党も動き、異例の早さで救済新法が成立した。衆議院を通過した日、小川さんの瞳には涙が。

「被害者の声を聴いて 信じてくださって、そして助けたいと思ってくださった議員さん方に 本当に感謝したい」
(12月8日 衆議院通過後の会見で)

「同じ思いする子どもがうまれないように」

しかし、残された課題はたくさんある。中でも小川さんが指摘してきたのは、扶養を外れると親の寄付を取消すことができない「家族の取消権」の問題だ。新法では、宗教2世たち子どもが被害を訴えることになお高いハードルがある。

「宗教2世の人権・信仰の強制、宗教の人権侵害は課題が残っている部分がある。まだまだ見過ごさず 議論を続けていってほしい。自分と同じ思いをする子どもが これ以上うまれないように自分にできることがあるなら 頑張りたいと思う」
(12月8日 衆議院通過後の個別取材で)

新法成立はゴールではない。何十年と見過ごされてきた「宗教2世」たちの思いによって、やっと問題解決への一歩が動き出したのだ。

MBS報道情報局 山口綾野