2021年12月17日(金)に大阪・北新地のビルにあるクリニックで起きた放火殺人事件。クリニックの院長や患者など26人が死亡しました。2022年12月17日で発生から1年。亡くなったクリニックの院長の妹は事件後「どうしていいかわからない」など悲しみにくれる中、『自分に何かできることはないか』と元患者らと面会をするなど前向きに歩み始めていました。「自分の悲しみに対して見つめていない」などと複雑な思いを抱く中、亡くなった兄の思いを胸に妹が歩んだ1年をみつめました。

兄が突然事件の犠牲者に…「どうしていいかわからなかった」

12月12日(月)。ビルの前に佇む女性がいました。伸子さん(45)は1年前、ここで兄を失いました。

(事件で兄を亡くした伸子さん)「あの日に行ったときのことをやっぱり思い出しますよね。もうどうしていいか分からない。兄がどこに行ったのかわからない。すごくうろたえていた時の状況は今でも覚えてますね」

2021年12月17日、大阪・北新地のビルで起きた放火殺人事件。火元になったのはビルの4階に入っていた心療内科「西梅田こころとからだのクリニック」で患者やスタッフら26人が犠牲になりました。

院長だった、伸子さんの兄・西澤弘太郎さん(当時49)も帰らぬ人となりました。

(伸子さん)「よくケンカしていたかなということを思い出しますね。兄はあまり言い返す方じゃなかったので、私が怒ったりするのをただ聞いてるだけという感じ。あとはプロレスかけられたりとかそういうことはありました」

伸子さんと西澤さんは4歳離れた兄妹。大人になると兄は休む間もなく仕事に打ち込み、会う機会は減りましたが、いつも妹の体調を気遣ってくれたといいます。そんな兄の部屋から事件後、見つかったものがあります。

(伸子さん)「遺品の中から実家にあった分で出てきたものです。兄が埼玉の大学に行って下宿してるときに私が送ったものだと思います。すごく懐かしかったのと、ちゃんと置いてくれてたんだなって、捨てていてもおかしくないのに置いてくれていたことは嬉しかったですね」

クールだった兄、当時伸子さんに返事をしたためることはありませんでしたが、何通もの手紙が大切にしまわれていました。

「素人の私にできるのか」元患者らと面会を始める中”葛藤”も

事件の後、西澤さんのクリニックに通っていた800人以上の患者が行き場を失いました。兄の代わりにはなれないけど、自分にできることはないか。事件から3か月後、伸子さんは始めたことがあります。

クリニックに通っていた元患者らが「オンラインでの集い」を始めたことを知り参加することにしたのです。

(元患者)「絶対治りますよって言ってくれたんでね。西梅田のクリニックでもちゃんと対応してくれたなって今になって思いますね」「一言で言うと孤独を癒すための居場所っていう感じですかね。当事者同士で思い出話とかする中で安心できることがあった」

伸子さんが「前を向く理由」、それは自分のためでもありました。

(伸子さん)「自分が悲しいっていうことを多分見つめていないんだと思います。見てしまうとたぶん止まってしまうというか、元患者のことをっていうことにすることで、自分がもしかしたら救われているのかなって、自分の悲しみを見ずにすんでいる」

今年4月、伸子さんはある人を訪ねていました。その相手は心理士の土田くみさん。伸子さんは元患者らと接する中で「本格的に心のケアに取り組みたい」と心理カウンセリングを学ぶことにしたのです。土田さんは、20年前から心理カウンセラーを養成する講座を開いていて、伸子さんの兄・西澤さんも教え子の一人でした。

(土田さん)「熱心ですよ、すごく質問もしてくださいますし、人間観察といいますか。そういう観察力と洞察力と言う事は(西澤)先生もそういえばそうだったなぁと」

一方で伸子さんは元患者らと接する中でずっと抱えていた思いがありました。

(伸子さん)「素人の私が患者さんに寄り添うことってしていいのかとか、やれるのかなっていうところが」
(土田さん)「西澤先生の妹さんとしてそこにいらっしゃるだけで皆さん救われると思いますよ。自分たちの中に入ってくれたっていうだけで、それが誠意というか患者さんも救われていると思う」

「悩む人を孤立させない」兄を失った事件で得た教訓

今年8月、伸子さんはカウンセリングの知識を活かし、地元のカフェで悩みを気軽に話せる相談会をはじめました。

(伸子さん)「変わりたいとすごく思っているというのは感じる」
(相談者)「できたらいいなって思ってるけどできないから・・・」
(伸子さん)「自分の心に嘘をつかないでほしい、十分それでも一歩踏み出している」

この日、相談に訪れたのは3人。家庭や職場での悩みなど伸子さんはひとり一人の声にじっと耳を傾けました。「悩んでいる人を孤立させない」兄を失った事件で得た大切な教訓です。

(伸子さん)「犯罪を犯すっていうのは社会から孤立している人って多いと思うんですよね。(北新地の放火殺人事件の)容疑者の人が存在はなかった。悲しいとかすごく大きな事件だったということはわかっているんですけども、どんな意味があってこんなことが起きたのかっていうことを考えないと、だめだなと思うんです絶対的に。解決するために小さな力かもしれないですけれども、動いていこうと常に思っている」

元患者らと直接面会「元気をもらった」

11月26日、伸子さんにとって忘 れられない出来事がありました。集まっていたのは兄が寄り添ってきたクリニックの元患者たちです。これまでオンラインでしか交流が持てず、直接会うのはこの日が初めてでした。

(元患者)「初めて会ったのは7月、そこから通院しだして金曜日の夜ですね。診断書を書いてもらって”休みましょうよ”って言われて」
(伸子さん)「私のイメージでは優しいイメージがなくて、兄に。優しいというか、そんなに気を遣って言うようなイメージがなかったのに、すごく皆さんが慕って下さっていた」
(元患者)「そうですね、気さくでした」

元患者の男性は伸子さんの寄り添う姿に元気をもらったと話します。

(元患者の男性)「伸子さんがすごく色々と頑張ってらっしゃるというお話も聞きしまして、私も負けてられないぞじゃないですけどね。私なりのやり方でできることをやっていこう」
(伸子さん)「私は元患者さんの声を聞きたいというので参加したんですけれども、今こうやってみなさんとつながっていることが孤立をなくしていきたいということに繋がっているんじゃないかな」

事件から1年「今ようやく始まったところ」

事件から2022年12月17日で1年、前に進み続けた伸子さんの周りには残された人たちが支えあう新たな「居場所」が着実にできていました。

(伸子さん)「本当に兄に対してもよく考えますし、今、笑っているのか、泣いてるのか、大丈夫かなって私が心配もしたりとか。ただ本当に自分も含めて家族もみんなが元気でなんとか過ごせれば兄に対して何か変な心配をかける必要もないかなということだけはいつも感じながら生きてきたかなという1年でしたね。(元患者と)リアルにお会いできたときに、やっと個人的にもつなぐことができて、本当に今始まったのかなっていうところなんです」

(2022年12月16日放送MBSテレビ『よんチャンTV』より)