滋賀県東部を走る「近江鉄道」。人口減少や車利用者の増加で近江鉄道の利用者数は減少傾向にあり、2021年度の赤字額は4.2億円で、28年連続で赤字続きになっています。そんな近江鉄道が廃線危機を乗り越えるために“様々な奇策”を行っています。

『週1回乗るかどうか…』利用者減少に悩む「近江鉄道」

 滋賀県の東部を走る近江鉄道。3つの路線が10の市と町にまたがり、営業距離は約60km。大手の阪神電鉄を上回ります。しかし、人口減少や車社会化の波には抗えず、半世紀前をピークに利用者数は減少。鉄道事業は1994年度以降、28年連続で赤字です。
2.jpg
 (町の人)
 「(近江鉄道は豊郷町で)唯一の公共交通なんですよ。路線バスが走っていないんですよ。だからJRの駅に出られないんです。残さなあかんと私は思うんですけどね」
 「ないと『うーん』という感じですね。ないと困ります。(Q乗る頻度はどれくらい?)1週間に1回乗るか乗らないかぐらい」
3.jpg
 大切な公共交通である一方で、経営状況の悪化は限界に達し、2019年に沿線自治体との協議会が設けられました。

 (近江鉄道の社長(当時) 2020年3月)
 「なかなか単独での民間事業としては厳しいんですけれども、存続することができたとすれば、本当にこの鉄道というツールを使ってより地域の活性化に結びついて」

 “廃線”も選択肢として議論が交わされましたが、2020年3月に全線存続が決まります。路線を廃止して通学や通院などのための代替策を取る場合にかかるコストは年間19.1億円、存続させた際にかかるコストは年間6.7億円。両者を天秤にかけた際に存続のほうが安上がりだったことが決め手となりました。
5.jpg
 存続策としては、「上下分離」の導入が決定。滋賀県と沿線の市と町で作る団体が車両や鉄道施設を保有し、自治体が維持管理のコストを負担する、という仕組みに2024年度に移る予定です。

 (近江鉄道構造改革推進部 山田和昭部長)
 「この規模の鉄道の上下分離は日本で初めてになるわけなので、これはもう緊張感を持ってやっていかないといけないというふうに思っています。利用促進の面でいうと、定期券利用をまず増やすということが最重要の課題になっています。近江鉄道の場合は、沿線の人口が50万人近くいるんですね。これは他の閑散路線に比べてもかなり人口としては多いんですね」
6.jpg
 しかしコロナ禍が近江鉄道の経営も直撃。コストカットで赤字幅自体は縮小しているものの、2019年度は475万人だった輸送人員が2021年度は402万人と、利用者の減少は一層深刻になっています。抜本的な利用促進策が求められる中、近江鉄道は“ある賭け”に出ることにしました。

「終日無料で乗り放題」の一日!普段は乗らない人も『乗ってみようかなと』

 (近江鉄道構造改革推進部 山田和昭部長)
 「もうほぼ車1択になっているのが現実なんですね。でも『無料』になるとこれはコスト的に絶対勝てるわけですので、これはそういう方々にも乗っていただく機会になると。1日の運輸収入を捨てるというデメリットよりもメリットのほうが上回ると」

 とにかく乗車のきっかけを作ろうと、10月16日の日曜日を関西の鉄道では初めてとなる『終日無料で乗り放題』にすることに決めたのです。
8.jpg
 そして迎えた当日。

 (利用客)
 「息子が電車に乗ったことがないので、初めての体験できょうは来ました。10年ぶりぐらいですね」
 「普段めったに乗ったことがないし、1回乗ってみようかなと。(Q以前近江鉄道を利用したのは?)学生時代やな。高校生時代しか乗ったことがない。せやからもう50年以上前やな」
10.jpg
 普段は近江鉄道を利用しない沿線住民をガッチリ引き寄せた近江鉄道。電車が到着しますが、ドアが開くと都会の通勤ラッシュと見まがうような人の多さです…。

 (記者リポート)
 「日曜日午前10時前の彦根駅なんですが、普段では考えられないほどの大勢の人でごった返しています」
00.jpg
 ホーム上は大混乱。彦根駅を発車した電車の中もこの混雑ぶりです。

 (利用客)
 「息子が電車大好きで、きょうは無料と聞いてうれしくなっちゃって来ました」

 途中駅でも次から次へと乗客が乗り込んできます。主要駅である八日市駅に到着しましたが、人が多すぎてまったく前に進みません。

 (利用客)
 「予想以上、こんなに苦労するとは思わへんかった」
 「近江鉄道は黒字になると思う」
11.jpg
 急きょ臨時列車まで運行されたこの日、乗客数は3万8000人にも上ったと推定されていて、1日の定期外利用者の平均の実に12倍です。今回の乗車体験が通常の日の利用につながるのか。効果の検証はこれからです。

企業が『最寄り駅に快速電車を停めてほしい』と提案…鉄道側は“快諾”

 一方で今後の定期利用増加のヒントとなるようなケースも出てきています。

 近江八幡市にある工場「三菱ロジスネクスト滋賀工場」。フォークリフトを生産しています。徒歩で数分の場所に近江鉄道の駅があるものの、通勤に利用する人はかつては30人ほどしかいませんでした。しかし、組織の再編などで滋賀工場で働く従業員が増える見込みとなったのに伴い、近江鉄道側に“ある提案”をします。
13.jpg
 (三菱ロジスネクスト滋賀管理課 服部智子主席)
 「快速電車がありまして、それをどうにか弊社の最寄駅である武佐駅に停めてもらえないかということで、近江鉄道さんと交渉させていただきました」
14.jpg
 『最寄り駅を通過していた快速電車を停車できないか』と持ちかけたのです。沿線の一企業がダイヤ改正を持ちかけるのは異例のことですが、近江鉄道側は快諾。結果的に近江鉄道で通勤する従業員はかつての6倍となる180人程度にまで増えました。

滋賀県は「交通税」導入を検討…早ければ2024年度に導入か

 そして、すでに近江鉄道をめぐる公費の半分を負担している滋賀県。公共交通維持のために全国でも例のない税金の導入に向けて動き出しています。それは『交通税』です。

 (滋賀県 三日月大造知事 10月11日)
 「誰でも、いつでも、どんな状況になっても行きたいところに行ける交通手段というものを滋賀県内で整備しませんかと。こういう公共交通だったら少しずつ負担することに理解できるよねという、滋賀県のみんなで実現する公共交通のビジョン、これを共有できるか」
16.jpg
 『鉄道やバスなどの公共交通を使う人も使わない人もみんなで一緒に支えていこう』という理念に基づく交通税。すでにある税金に上乗せする方法が検討されていて、対象としては固定資産税や県民税、自動車税などの案があがっています。滋賀県は、県民の意見を聞き、早ければ2024年度の導入を目指す構えです。

 岐路に立つローカル鉄道。その生き残りのモデルケースとして近江鉄道が軌道に乗っていくのか注目が高まっています。