ジャーナリスト池上彰さんが「今さら聞けない時事問題」にまつわる疑問をわかりやすい語り口で解説する「なんでもお答えしますSP」として8月15日に放送した毎日放送「よんチャンTV」。今回は岸田政権は何をしようとしているのか、安倍総理時代との違い、狙いを教えてもらいます。国論を二分している安倍前総理の「国葬」については「閣議決定されていることからもうやめられない」といいます。そして参列には海外の要人が予定されていますが、ほとんどが現役の政治家ではなく、外交的成果は期待できないのではとのこと。一方、緊迫度を増している台湾情勢について、アメリカのペロシ下院議長の台湾訪問に中国が猛反発したのは、中国の長老たちが集まる会議を習近平総書記が強く意識したため、と中国側の“ウラ事情”を説明。そして8月15日終戦の日、池上さんは「戦争を始めるのは簡単、終わらせるのは大変」との言葉で締めくくりました。
内閣改造は2つの狙い「アベノミクス見直し」「分断の修復」
ーーー岸田総理は内閣改造で何をしたいのでしょうか?
「岸田さんがやりたいことは大きく分けて2つあるんじゃないかと私は思うんですね。その1つは“アベノミクスの見直し”です。いわゆるアベノミクスはデフレから何とか脱却しようじゃないかという時に、例えば国債を大量に発行して国の借金がどんどん増やしている状況でした。それに対して岸田総理は財政規律をしっかりしようと、つまり『借金が増えすぎるのはやめようじゃないか』と。これ以上は国債の発行を少しでも止めて増えないようにしようじゃないかと。借金をしずぎず収入と支出のバランスを取るということです。もう1つは“日本の分断の修復”です。やっぱりアベノミクスによって景気が良くなった部分があります。株価が上がったことによって株を持っている人は大儲けした人も結構いるんですよね。しかし、それに無縁の人は全然恩恵を受けなかったという所で、経済的な格差が出てしまったのではないか、あるいは政治的に様々な対立いわば分断というのが起きたんじゃないかと。岸田さんとしてはそういうことに対して何とか格差を減らしていこうじゃないか、あるいは野党の答弁にも一応ちゃんと答えましょう、聞く力があることを示そうじゃないかと。例えば安倍さん菅さんだったりすると野党の質問にちゃんと答えていなかったんじゃないか。特に菅さんの時には何かを質問すると、『ご指摘には当たらない』で質疑が終わっていたりするわけですね。その辺を『とりあえず話は聞きますよ』というところでなんとか分断を和らげようという思いをご本人は持っているんじゃないかということですね」
ーーー確かに岸田さんのその答弁を聞いていても非常に柔和でソフトなイメージがありますよね?
「実はそれは『検討します』で終わっているんですよね。政治の業界では『検討使』って言われているんですよ。『それじゃこれから検討しまして』って、結局検討して何するんだよっていうのが『検討使』と呼ばれているということです」
ーーー財政規律をしっかりしようというのは、アベノミクスに対しては逆のことだと思うのですが、話が出た時に安倍さんは岸田さんのことをどう見ていたんですか?
「これは猛烈に怒ってですね、『アベノミクスを否定することじゃないか』と言って、かなり注文をつけて。実は岸田さんが財政規律をするための会議を作ったら、今度は安倍さんたちが別にもう1つの会議を作って『どんどん国債を発行すればいいじゃないか』『それで景気を良くする方が優先だ』と実は対立していて、自民党の中で2つの流れが実はあったんですよね。それが今後、岸田さんとしては何としてもやはり財政規律を優先ということですね。これは役所で言うと『経済産業省』と『財務省』の対立であって、安倍さんの時には経産省がバックにいて『とにかく景気をよくしよう』というところがあって、一方で財務省は『そんなに借金が増えちゃったら困るよね』というのがあります。むしろ岸田さんのバックには財務省がついていて財政規律は借金が増えるのでやめましょうと。実は霞が関の役人たちの中での力の争いというのでもあるんですね」
岸田政権になり一番変わったこと「官僚たちがのびのび」
ーーー岸田総理になって一番変わったことは何なのでしょうか?
「一番変わったのは実は官僚たちの雰囲気です。よく『霞が関』って言い方をしますね。これは地名ですけど、霞が関には中央省庁がいっぱい集まっているわけですね。これまでに例えば安倍さん菅さんの時には総理あるいは官房長官が幹部人事を握っていたわけですよね。2014年に内閣人事局を設置して、官僚の人事というのも国民から選挙で選ばれた政治家がこれを把握しましょうと。これ自体は決して悪いことではないわけですね。ですが特に菅さんが官房長官の時には自分に逆らう人はポンと飛ばしたんですね。菅さんが本の中で自分に逆らった完了を飛ばしてやったと自慢していたんですね。そうなると霞が関の官僚たちもっかり菅さんに嫌われると自分も飛ばされてしまうんじゃないかとなって、ひたすら忖度をする。あるいは自分から何か言って怒られると嫌だから、『言われたことはやりますよ』となっていささか指示待ちになっていたんじゃないかと。一方で岸田さんは『とりあえず霞が関に任せますよ』『霞が関がどんどん知恵を出してください』という、逆に言うと官僚主導じゃないかという批判もあるんですが、官僚たちはとくにのびのびと仕事をするようになったと言われています」
安倍元総理の国葬…反対の声も多いが『後にはひけない』理由
ーーー安倍晋三元総理の国葬ですが、JNNの世論調査(8月6日~7日に実施)では安倍元総理の国葬に賛成は42%、反対は45%と非常に拮抗している結果でした。反対の声が多い中、予定通り行われるのでしょうか?
「これは今さらやめられないんですね。国葬に関する法律は実はないので法的根拠がないじゃないかという声も聞くのですが、実は『閣議決定』されているということなんですね。政治の世界で閣議決定は大変重いものなんですね。そもそも閣議決定というのは内閣の意思決定を決めるという閣議です。実は憲法でも、総理大臣だけで何かできることはほとんどないんです。『閣議あるいは内閣がやる』って憲法に書いてあることは、総理大臣1人ではなく、内閣・閣議で大臣たちがみんなで集まって決めましょうと。これが閣議決定というものなんですね。閣議決定で国葬をやるということになった以上、これはなかなかやめられない。閣議決定をひっくり返すことは大変難しいです。例えば政権交代して全く新しい政党がトップになった時に、前の閣議決定を見直しましょうやめましょうということはあるんですが、今の自民党内閣で岸田さんが総理大臣の下で閣議決定を取りやめることはまず考えられないです。むしろ責任問題になってしまうということなんですね。なので9月27日に日本武道館で行うということは予定通り進むということです」
ーーー多くの税金が使われる中でなぜ慎重な審議をせずに、閣議決定まで2週間というスピーディーな決定をしたのでしょうか?
「安倍元総理が銃撃されて殺害されてしまった衝撃ですね。あの衝撃の中でどうしたらいいんだろうかという思いの中で、国葬をするというのが一挙に決まってしまったというところだろうと思います。岸田さんは直後に記者会見で涙を浮かべていました。『何かやらなければいけない』という思いがある一方で、アベノミクスからの脱却などを含めて安倍さんや安倍派という清和会の人たちが岸田さんのやり方に不満を持っている人たちもいるわけですね。そうすると『何をやってるんだ』と言われるかもしれない。『国葬しますよ』と言えば安倍派の人たちも『それはいいじゃないか』と言って岸田さんに対して反対できないようにする。9月27日に国葬ってことは、それまで喪に服するんですね。実は今、政治の世界も喪に服していて、岸田さんを表立って批判するということがないんですね。岸田さんにしてみれば、そこで自分に有利なことをしていこうじゃないかと、時間をとったというところもあるんだろうと思いますけどね」
「これまで国葬といいますと吉田茂元総理が亡くなった際に行われました。吉田茂元総理に関しては、例えばサンフランシスコ平和条約あるいは日米安保条約を締結した。また『吉田学校』と言われるように、例えば佐藤栄作など次々に政治家を養成していったという実績を残しました。さらに言えば、吉田元総理は亡くなった時点では政治家ではありませんでした。なので歴史的な評価が定まっているから、この人に関しては国葬でいいじゃないかということになったんですね。しかしこの際にも国葬反対の声がありました。私は高校生の時だったからよく覚えているんですけど、この国葬が是か非かって日本国内で議論があったんですよね。一方で、その議論があったせいかどうかわかりませんけど、佐藤栄作元総理の時には国葬じゃなかったんですね。『国民葬』という形で政府・自民党・国民の有志が共同で費用を支出しましょうと。国も実はお金を出したんですけど国葬にしなかったんですね。一方で佐藤栄作元総理は沖縄返還を実現したわけですよね。あるいは非核三原則を提唱してノーベル平和賞を受賞しているので、これだけ実績のある人でも国葬ではなかった。となると今回の安倍さんの国葬は、佐藤さんですら国葬じゃなかったんだから、現役政治家で賛否両論ある人を国葬にしてもいいのかという批判の声は出てしまうということなんですね」
国葬時の弔問外交
ーーー国葬に海外からはどんな方が来られるのでしょうか?
「こういう葬式の時に世界から大勢の外交官あるいはトップクラスが来るというとこれは弔問外交というんですね。お葬式ですからじゃあ行きますよと世界中から色んな人が来れば、その人たちといろんな外交の話し合いができるんじゃないかということです。今のところ出ている名前では、例えばオバマ元大統領。あとトランプ前大統領は安倍さんと非常に仲が良かったですから来るかどうか。あるいはドイツのメルケル前首相、フランスのマクロン大統領です。現役なのは今のところマクロン大統領だけなんですね。つまり弔問外交といっても、有力者ではあるが前・元の人が大勢来るんですよ。現役じゃないんですよね。もしマクロン大統領が来れば唯一の現役になるか、それ以外のところから現役の人が来るかもしれませんけど。となると弔問外交といっても現役じゃない過去の人が来た時に、これが一体外交でどれだけの効果があるのかということにもなります。皆さんお忙しい中で来るわけなので実際に会うのは本当に大した時間じゃない、となるとそれで外交が動くのかということも実はあるんですね。日本は例えば海外でいわゆる国葬があった際には、現役を退いた人を派遣するのが一般的なんですね。特に日本の場合は、森喜朗元総理がいわば日本を代表して各国の国葬に参列するというのがごく一般的です。森さんはよくいろんなとこに実は行っていたということなんですね」
緊迫する台湾情勢…蔡英文総統「統一でもなく独立でもなく現状維持」
「台湾情勢が緊迫していて、特にアメリカと中国が台湾を巡って対立しています。日本への影響は大変気になるところですね。緊張する両岸関係にあります。台湾海峡を巡る対立というわけです。そして、中国・習近平国家主席は『台湾は中国の一部である』『対話について何か言うのは内政干渉である』『余計なことは言うな』『自分の国の問題だ』というのが中国の立場です。一方で台湾の蔡英文総統は元々は民進党という野党だったんですね。民進党は『台湾は中国とは違うんだ』『台湾共和国として独立すべきなんだ』という考え方はそもそも持っていたんですけど、それをそのまま総統になった時に主張すると本当に中国との関係が悪くなるので、ここはあいまいな言い方しているんです。『統一でもなく独立でもなく現状維持』が蔡英文総統の立場ということですね」
ーーーアメリカのペロシ下院議長が台湾を電撃訪問して蔡英文総統と会談をしました。なぜ中国はこれに対して怒っているのでしょうか?
「アメリカの下院議長というのは議会のトップと思ってしまいますが、実は大統領継承順位というのがあるんですね。大統領にもしものことがあったら副大統領、その次に何かあれば下院の議長ということになるんですね。だからナンバー3であると同時に大統領継承順位でいうとナンバー2になるんですね。そんなアメリカのトップクラスの人がなぜ台湾に来るんだと。元々中国は台湾は中国の一部だよと言って、アメリカもそれには反対しないと言っていたじゃないか、それなのになぜ来るんだということで怒ってるんですね」
「あとは一番大きいのはタイミングです。習近平国家主席にしてみれば顔に泥を塗られたという思いがあるんですね。どういうことかと言いますと、中国では『北戴河会議』というのがあるんですね。北戴河は中国北東部の避暑地です。ここに毎年、中国共産党の長老たちが集まって、党の方針や人事などを話し合うということなんですね。中国共産党の長老たち、例えば習近平氏は中国共産党のトップの総書記ですけど、それより前に総書記だった実力者がいるわけですよね。そういう実力者に、今後こういうことがやりたいですがよろしいでしょうか、とお伺いを立てる会議なんですよ。すごく偉い人たちなんですね。例えば株式会社で言うと、社長や会長を退任した後も相談役で残っている人たちがいるわけでしょう、そうすると社長が例えば、『次に専務取締役や常務取締役をこういう人にしたいんですけどいいでしょうか』と相談役にお伺いを立てる。実はそういう社会はやっぱりあるんですね。やっぱりアジアは長老にお伺いを立てるというのがあるわけですね。そして会議に行った参加メンバーが実は謎なんですよ。外国人記者が北戴河に行こうとすると追い返されるんですよ。コロナ対策という理屈で追い返されてしまい全然取材ができないんですね。ここで何が行われるかというと、実は習近平国家主席は共産党トップの総書記でもあります。これまでは連続2期で退任するはずが、どうも3期目を何とかやりたいと思ってるわけですね。その時に3期目をやりたいけどいいですかと長老たちからお墨付きを得たいわけですね。そういう意味では非常に大事な会議だというわけですけど。ここからははっきりとはわかりませんが、例えばペロシ議長が来たということになると、多分長老たちが習近平総書記に対して『お前なめられてんじゃないの?』『なんでアメリカの下院議長が来るのを阻止できなかったんだ』と言われるんじゃないか。例えばアメリカのバイデン大統領にしてみれば、三権分立で大統領は行政のトップだし、ペロシさんは下院ですから立法府で、立法府のことについては口を出せません。アメリカの三権分立でいえばそうなんですけど、中国は三権分立を理解できないわけですね。習近平国家主席や共産党のトップがこうしろと言ったらみんなそれに従う。だからバイデン大統領がやめろと言えばよかったのになぜそれができないと。バイデン大統領にしてみれば、三権分立だから議会のことなんか口が出せませんということですけど。それが中国共産党の長老たちにしてみれば、なぜバイデン大統領にやらせなかったんだ習近平お前なめられてるんじゃないのと、言われかねないわけですよね。よりによってこんな時に来たのかという思いで、本当にメンツを潰されて顔に泥を塗られたんだから怒っているんだぞということを示すために、非常に挑発的な軍事演習をやって怒りを見せたということだと思うんですね」
中国と台湾で軍事衝突が起きたら…どうなるの?
ーーー台湾と中国の間に何かあった際に日本への影響は?
「実は中国と台湾についてどうするのかという方針を新たにまとめて発表したんですね。台湾と中国は平和的に統一をするということを目指すけど平和的統一ができなかった場合は非平和的な方法を使う、つまり軍事力で台湾を併合するんだという方針を打ち出してるんですよね。だから例えば台湾が独立をする中国と一緒になるのは嫌だと言ったら軍事力を使いますよと中国は言っているんですね。中国や台湾と、沖縄県の与那国島・石垣島・魚釣島、いわゆる尖閣諸島というのが本当に近いわけです。今回、中国が軍事演習をした時に台湾の周りのぐるっと6か所で軍事演習をして、ミサイルを発射し、そのミサイルが日本の排他的経済水域内に落下するという状態になるわけですよね。もしここで本当に軍事衝突が起きると、近くの南西諸島にも影響が出てくるんじゃないかということですよね。実はアメリカは国内に『台湾関係法』という法律があるんですね。これは『もし台湾がどこかから軍事侵攻を受けるようなことがあればアメリカはそれに対して適切な対応をする』という曖昧な法律なんです。適切な対応ってなんだと。だから台湾の中には、いざという時はアメリカは助けてくれないんじゃないかと不安に思っている人もいるんですね。なのでペロシ議長は『いやいや何かあったらアメリカが必ず守りますよ』ということを言いに行ったんだということですよね。ということは、もし中国が台湾を攻撃するとなれば、アメリカは台湾を守ろうということになります。アメリカ本土から軍隊を送るのでは間に合わないですよね。となると、すぐ近くからアメリカ軍が出ていく際には沖縄にアメリカ軍基地がありますから、ここからアメリカ軍が出動するということがあり得るわけです。あるいは台湾の空軍の戦闘機が飛び立ったんだけど、台湾の基地が破壊されてしまい着陸場所がないとなると、沖縄のアメリカ軍基地に着陸したいとなった場合、アメリカ軍はおそらくそれを認めるでしょう。ということは、台湾の空軍機が日本の領空に入ってくるわけです。あるいは沖縄のアメリカ軍基地に着陸するということは日本の領土に入ってくるということになるでしょう。それを認めた場合、中国が『日本は台湾を支援してるんじゃないか』と言って、そこに対して攻撃をする可能性があるわけですね。今回は6か所で軍事演習しました。こういう形でいざという時は中国が台湾を封鎖してしまうんで一切そこに行けない形になります。台湾が本当に封鎖されてしまった時に、いろんな貿易もできなくなります。飛行機や船の行き来もできなくなってしまう可能性があることを私たちに知らしめたということですね」
「戦争を始めるのは簡単、終わらせるのは大変」
ーーー8月15日は終戦の日です。池上さん、何か伝えたいことはありますか?
「戦争を始めるのは簡単、終わらせるのは大変ということです。例えばかつて日中戦争もすぐ終わると言って始めたら泥沼になったわけです。太平洋戦争も真珠湾を攻撃すればアメリカがすっかり戦意を喪失して簡単に戦争が終わると思っていたら、アメリカが激怒して戦争が続いてしまったわけですね。今のウクライナに関しても、ロシアのプーチン大統領は簡単に終わると思ったら終わらなかったわけです。戦争を始めるのは簡単、終わらせるのは大変。早く何としても終わらせなければいけない。もし昭和20年の初めに戦争が終わっていれば、東京大空襲も大阪の空襲も広島も長崎もなかったわけですよね。ウクライナもとにかく早く終わらせないと犠牲者が増え続けるというわけです」