帝国データバンクによりますと、今年、値上げが決まった食品は累計で1万5000品目以上あり、平均値上げ率は13%だということです。そして年内には2万品目を超える可能性があるということです。7月18日放送のMBS『よんチャンTV』では、スタジオにジャーナリストの池上彰さんをお招きし、物価高のカギを握るとする「日本銀行の政策」などについて解説していただきました。

食品値上げの背景にある“小麦の価格上昇”

 ―――今年、値上げが決まった食品は1万5257品目で、平均の値上げ率は13%です。年内には2万品目を超える可能性も出てきました。こういった食品の値上げにさらに追い討ちをかけるのが、小麦価格の高騰です。小麦というのは、海外から輸入する小麦の大部分を政府が買い付けて製粉会社に売り渡すというシステムがあります。毎年4月・10月の2回改定されます。「輸入小麦の政府売渡価格の推移」のグラフを見ると、価格は上がり続けているのがわかます。例えば去年の4月・10月にすでに上がってきていますが、今年の4月もまた上がってきている。この辺りを第一生命経済研究所の永濱利廣さんに聞くと、「このまま政府が何もしなかった場合、今年の10月の改定で今年の4月と比べて4割値上がりか」ということです。もしそうなると、このグラフはずっと右肩上がりで突き進んでいくようなイメージになっていくわけです。10月はいよいよウクライナと円安の影響が大きく出てきます。政府がどこまで対策をとるのか。池上さん、このあたりがポイントになってくるのでしょうか?
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 「4月の値上がりはウクライナの戦争と関係ないんですよ。去年の夏、カナダやアメリカ、オーストラリアで天候不順というか、ものすごく暑い日が続いたでしょ。その影響で小麦の出来が悪かったんですよね。それで小麦の値段が上がったんです。その後、ロシアによるウクライナ侵攻があって、実は日本はウクライナから小麦を輸入していないんですよね。ウクライナが小麦を輸出できなくなった、あるいはロシアに対しての経済制裁で小麦を買わなくなった結果、ロシア・ウクライナ以外の小麦が世界中で奪い合いになってるんですよ。結果的に小麦の値段がボンと跳ね上がる。これまで通りだったら10月にものすごく上がるんですけれども、そうなるとやっぱり影響が大きいですから、パンやうどんなどありとあらゆるものが値上がりするので、政府が何らかの対策をとる可能性がある。つまり、政府が全部買って製粉会社に売り渡しをしていますから、その売り渡し価格をわざと下げる。結局は国民の税金を使ってですけど、そういう対策をしない限り、今年の暮れはつらいことになりますよ。例えばパンをね、小麦がダメなら、いま米粉がかなり注目されているんですけど、米粉でパンを焼くとふっくらモチモチしていて意外といいんじゃないかと。実は米粉って結構コストがかかるんですけど、小麦の値段が上がれば価格競争力が出てくるので意外に米でいいんじゃないかというようになるかもしれない。ちょっと家計を助けるため、守るために米にシフトするということも1つの対策だと思いますけどね」

ロシアから輸入している「LNG」が手に入らなくなるおそれも?

 ―――ただ、実は値上がりというのは“モノ”だけではないようですね?
 「政府が『節電』に続いて『節ガス』の要請も検討していると。ガスの調達が難しくなるかもと実は心配されています。その原因はロシアにあります。ガスはそのまま海外から持ってくるとものすごく体積が大きいので、液化天然ガスという無理やり圧力をかけて冷凍にして液体にするんですよね。それを『LNG』と言います。液化天然ガス・LNGにして、専用のタンカーで日本に運んできます。日本がLNGを一番輸入している国はオーストラリアで全体の36%、それからマレーシア、カタール、アメリカ、ロシア、ブルネイと続いています。ロシアからは9%のLNGを輸入してるんですが、これが入って来なくなるかもしれないということが心配されています。このロシアからのLNGというのは、『サハリン2』というところから来ています。サハリンというそもそもの天然ガスが取れる場所に“会社”があってですね、その2つ目の会社がサハリン2というんですね。大体、日本が輸入しているロシアからのLNGのほとんどはこのサハリン2から来ているんですね。パイプラインで出荷基地まで運んで、出荷基地から日本に送ると。日本とロシアの関係が良かった頃は、パイプラインをそのまま日本まで引いて、『LNGにしなければコストが安くていいんだ』なんて話をしてたこともあったんですけど、今はそうではないわけですね。このサハリン2という会社、正式にはコンソーシアムといいますが、まぁ会社だと思ってください、そこに日本の『三井物産』と『三菱商事』も出資してるんですよね。金を出してるわけです。だから、そこから長期契約で天然ガスが手に入るということになっていたんですね。ところがですね、プーチン大統領が6月30日、『サハリン2の事業主体をロシアがつくる会社に引き渡す』という大統領令に署名をしたんですね。つまり、これからはロシアがつくる会社で全部やるんだよ、ということになっちゃったんですよね。サハリン2などの会社が全部ロシアの会社になってしまうと、LNGが来なくなるかもしれないということなんです」
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 ―――ロシア側からしても、9%といえど日本が買ってくれるというのは、「金融制裁」がかけられてるわけだから、うれしいものではないのですか?
 「これね、もし日本が抜けた場合、中国が入りたくてしょうがないんですよ。つまりね、そもそもなぜ日本がロシアに対して経済制裁をしたときにこれから抜けなかったのか、なぜ引き続き買っていたのかというと、日本が抜けたら間違いなく中国が喜んで入ってお金を払うんですよ。だから、結局ロシアに対する経済制裁として効果がない。むしろ日本が損害を受ける。そのくらいなら日本はこれまで通りロシアから天然ガスを買おうという方針だったところに、こうやって揺さぶりをかけてきたということですね」

 ―――ロシアにとっては、中国と契約している方がメリットは大きいのですか?
 「これは、どうせ9%の分を日本に売ろうが中国に売ろうが構わないわけですね。どちらでもという。だからロシアにとってはこれはあまり問題にならない。不利益にならないってことなんですね」

 ―――岸田文雄総理はこういった経済制裁に対する“返り血”をどれだけ予想していたと思いますか?
 「岸田総理はとにかく、『これはもうロシアは許せないことだ。だから経済制裁をする』というところに、ある意味突っ走っている部分があって、外務省とかその周辺が『ちょっと突っ走りすぎじゃないの?』というふうに実は懸念をしてるってことなんですよね。やっぱり岸田総理は『とにかく倫理的に許せないことなんだ。これはとにかくロシアを痛めつけなければいけない』と言っている。その結果、ある程度返り血を浴びるだろうとは予想していたと思いますが、ひょっとしたら想定外かもしれないですね」

 ―――政府から要請が検討されている「節ガス」。ガスを大切に使おうという話ですが、鍵を握るのがロシアの石油天然ガス開発事業のサハリン2。実際にLNGが来なくなるということが現実味を帯びてきたみたいなタイミングなのでしょうか?
 「まだ今の段階でロシアがどういう態度に出るかわからないんですね。だから、最悪に備えるという点では、もしそれが来なくなったらどうなるのかという影響を考えていこうと思うんですね」

「広島ガス」と「大阪ガス」が検討中の『スポット購入』とは?

 ―――考えられる影響についてみていきます。広島ガスと大阪ガスにおいては、全調達量におけるサハリン2の割合が、広島ガスは約50%、大阪ガスは約4%です。このパーセンテージはどう見たらいいのでしょうか?
 「これはね、どちらもサハリン2から長期契約で天然ガスを仕入れるという点では、この契約を結んだ段階では非常に良い視点だったと思うんですね。長期契約をすると天然ガスの価格変動に影響されないんですよね。でも、ひょっとすると、ロシア側はこの調達の割合を分かっていた可能性もありますよね。広島って岸田総理の地元でしょ。岸田総理の地元に大打撃を与えるという、岸田総理を一番困らせるやり方ですよね」

 ―――長期契約の期間が、広島ガスで2027年度までの20年間、大阪ガスが2031年度までの24年間。ただ、ロシアの出方によってはこれがいつ終わってしまうのかわからないような状況なわけですね。検討中の対策ですが、広島ガスは「1、ほかの長期契約相手からの供給を増やす」「2、緊急時の相互融通協定を結んでいる会社の協力を要請する」「3、スポット購入」と、1・2・3と段階的に対策を踏んでいくというのが広島ガスのやり方です。一方、大阪ガスは「スポット購入」または「ほかの大型プロジェクトからの調達」ということで、サハリン2以外にもいろいろなプロジェクトが世界にはあるということです。この「スポット購入」とは何ですか?
 「普通は長期契約なんですよね。でもそれ以外で足りなくなった場合は、今の価格でどこかから買う、これが『スポット価格』というんですね。スポット購入というのは天然ガスだけじゃなくて石油でもあるんですけど、基本は長期契約ですけど足りないものは今の値段で買いますよというわけですよ。そうすると今、ロシアのウクライナ侵攻で天然ガスの価格がものすごく値上がりしているんですよ。だから実はこの2つの会社は今は長期契約の期間の分は値上がりしないで済んでいるんですね。現在の値段で買おうとするとものすごく上がっている。スポット価格で買うとコストがものすごく跳ね上がる。ということは、会社としてはお客さまに供給するガス代を値上げせざるを得ないという状況です」

物価高のカギを握るのは『金融緩和』

 ―――物の値段が上がりエネルギーの値段も今後どんどん上がっていくかもしれない。そんな物価高ですが、池上さんによると、カギを握るのは日本銀行ということですね?
 「物価高のカギを握るのは日本銀行が行っている『金融緩和』ですね。金利を低いままにしてお金を借りやすくして景気を良くしようとする政策。金利が低いということは、例えば、いろんな企業が新しい仕事をしようとする、人を雇ったり工場をつくったりする時に、銀行から低い金利でお金が借りられるわけですよね。だから景気を良くしようとするにはそうだし、あるいは、例えばマイホームを買いたいという時に、今、住宅ローンの金利ってすごく低いんですよね。だから今なら借りやすい、といってみんなにマイホーム買ってもらおうじゃないかと、そうすると景気が良くなるだろうという、あえて金利を低い状態にしている。これを金融緩和といいます。言ってみれば、財布の紐をゆるゆるに広げているという状態なんですよね」
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 ―――政策金利をみると、日本は-0.10%、アメリカは1.50%~1.75%なんですね?
 「はい。政策金利(中央銀行が一般の銀行に貸し付けるときの金利のこと)は、要するにそれぞれの銀行がどれだけの金利にするかっていうことを決めている目標の数字なんですけど、日本は-0.10%。とにかく日本銀行としてマイナスにするよっていうと、日本全体の金利がうんと低くなるだろう、ほとんどゼロに近づくだろうっていうやり方をとっているんですね。だから実際に例えば今、銀行にお金を預けておくと、金利って0.001%しかもらえないんですね。それに対してアメリカは今どんどん景気が良くなっているので、どんどん金利を引き上げていて、現在1.50~1.75%なんですけど、まもなくさらにこれを0.75~1%ぐらい引き上げるだろうという。金利の差が非常に大きくなるということなんですね。つまり何が起きるかというと『ドルで持っていた方がお金が増やせるよね』と考える。そうなると円をドルに換えようとなる。円をドルに換えるということは、円なんかいらない、ドルがほしいってことでしょ。人気のないものって値段が下がりますよね。結局、円安ドル高になっていくということなんですよね。お金を増やそうという投資家は思惑がある。つまり『ドルを持ってた方がいいや』って思う人が増えれば円をドルに換えるって動きが出るだろう、ということは円安ドル高になるな、じゃあ『その前に円をドルに換えておこう』って考える人たちが出てくるんですよ。実際のこのいわゆる金利の差が出ると、みんながそっちにするだろう、じゃあその前にやっておこうといって、今いわゆる投資家と呼ばれる人たちが円をドルに換えるってことをどんどんやっているんです。だから円安が進んでいるということなんですよ」

金融緩和「続けた場合」「やめた場合」それぞれどんな影響が?

 ―――金融緩和を続けるべきか、やめるべきか。比べてみるとどうなのでしょうか?
 「なんで金融緩和をやっていたかというと、いわゆるアベノミクスですよね。とにかく金融緩和をすれば、金利を下げれば円安になるでしょ。そうすると輸出にはものすごく利益があるわけですよ。例えば自動車産業だったりすると、円安になると海外でこれが安くなるので、それによって日本の経済を良くするということをしてきたんですね。これまでは結構良かったんですけど、金融緩和を続けると、今後は外国との金利にさらに差が出てくるということになると、みんな『高金利のドルの方が得だ』と円を売る動き、円安になる。輸入品がどんどん値上がりをする。つまり、これまでアベノミクスはそれなりの効果があって良かったんですよね。でもこれだけの差がついてしまうと円安になり、輸出にはいいんですけど輸入品がみんな値上がりをする。石油も買っているわけでしょ。石油の価格も円安ですから高くなるわけですよね。そうするとありとあらゆるものが値上がりすることになっていく。プラスチック製品は全部これ石油製品ですから、私たちの身の回りのプラスチック製品もみんな値上がりしてしまう。でも、じゃあ金融緩和をやめたらどうなるのか。今、景気を良くしようとして金融緩和をしているわけですから、逆に金融緩和をやめちゃうと景気がまだまだ当分良くならないってことになる。さらに、結局、金融緩和をやめるということは金利を上げるということですよね。そうすると日本は国債を発行してますよね。国の借金ですよね。今はこれは非常に低い金利で国債が発行できているんですけど、金利が上がるということは、日本が国債を発行するときの利子が、返済額が増えてしまう。ということは新たな国債を発行しようとしても『金利が高いよね。借金返済するときにはちょっとこれじゃできないよね』ということになり、これまで大量の国債を発行しているわけですけれども、新たに国債が発行できなくなると財政状態が大変な状態になってしまうというわけで、国の財政が破綻っていうのはちょっと大げさですけど、国の財政がかなり厳しくなる危険性があるってことですよね」

 ―――国債って日本銀行もたくさん持っていますよね。金利が上がると、日本銀行としてはたくさん持っている国債をどう考えることになるのでしょうか?
 「経済学的にちょっとややこしいんですけど、金利が上がると、今持っている過去に発行した国債の価値が下がるんですよ。これちょっと難しいかもしれませんよね。例えば、5年後に100万円で戻ってきますよという国債を98万円で買っていれば、2万円部分が利息になりますよね。ところが金利が上がるってどういうことかというと、例えば97万円で出すと3万円の利息がつきますよね。つまり金利が上がるっていうことは、現在の国債の価格が98万円じゃなくて97万円になるってことですね。つまり今、日銀がたくさん国債を持っているんですけど、持っている国債の価値がどんどん下がるんですよ。となると、日銀がこれから損害が出るかもしれない。日銀に損害が出るってどういうことって思うかもしれませんけど、日銀って利益が上がればそれを国に納めているんですよ。要するに国の財政状態が潤うんですね。ところが日銀がそれだけの利益が出ない、損害が出ると、国に納めることができない。国の財政状態がさらに悪くなるし、日銀がどうも損害が出ているらしいということになると、日銀が発行している商品の評判が落ちるわけですね。日銀が発行している商品はお金です。つまり日本のお金の価値が下がるかもしれない。一段と円安が進んでしまうかもしれないというわけで、実は日銀にも大きな影響があるということなんですね」

『黒田総裁の後任』によっては日銀の政策が変わる?

 ―――ではターニングポイントはどこにあるのでしょうか?
 「来年4月がターニングポイントになるかもしれないです。実は、金融緩和を推し進めてきた日本銀行の黒田東彦総裁の任期が来年4月8日まで。つまり黒田総裁の任期が終わって新しい人が選ばれるんですね。そもそも黒田総裁がなぜ選ばれたかというと、当時の安倍総理大臣が金融緩和を進めるために、同じ考え方の黒田さんをわざわざ日本銀行のトップに据えたんですよ。安倍さんがお亡くなりになってしまったために、黒田さんのいわば後ろ盾がいなくなったわけですね。となると来年4月に岸田総理大臣は、黒田さんとは全く違う考え方の人、つまり、金融緩和を続けるべきだという人ではない人を選ぶかもしれない。となると、日銀が金融緩和を続けるということをひょっとするとやめるかもしれないということが今注目されているんですね」

 ―――金融緩和がずっと続いていますけども、来年の任期を迎えて黒田総裁は今どんなことを思ってらっしゃるんですかね?
 「『とにかく今の金融緩和のやり方は間違ってはいなかった。これからも続ける』とこの前おっしゃいました。続けるっておっしゃったのを見て『まだまだ円安が進むぞ』と世界中の投資家が考えて、さらに円をドルに換えるという動きをしたものですから、一段と円安になってしまったということですね」

 ―――後任はどんなところから選ばれるんですか?
 「日本銀行の中に候補が2人いるんですよ。黒田さんの場合は、日銀に全く関係ない人を安倍さんが引っ張ってきたわけですね。なので今度は日銀の中から選ぼうという動きになってきている。となると、ちょっと方針が変わるかもしれないですね」
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 ―――暗いニュースが多い今の日本ですが、あすへの希望が持てるような明るいニュースはありませんか?
 「頭を絞って考えたのはこれでございます。『コロナがおさまればインバウンドに期待!』。コロナ前は特に関西も外国からの観光客が多かったですよね。これからも、とにかくまずコロナがおさまれば海外から大勢来て、というか円安ですから、海外の人にしてみると日本の製品が全てが安いわけですよ。こんなに品質の高い、あるいはサービスの良い日本で『こんなに安く遊ぶことができるんだ』ってたくさんお金を落としてくれるだろうと。文字通りお金を落としてくれるかもしれないというわけですね。さらにそれまでの間、私が皆さんへのメッセージというのがもう1つあります。『値が上がっても音を上げるな!』と。もうちょっと我慢しましょう」