静岡県熱海市で発生した土石流災害から、今年7月3日で1年が経ちました。現地の今を取材すると、まだ解決されていない様々な課題が見えてきました。

27人死亡・今も1人行方不明 土石流に襲われたた熱海市伊豆山地区

 去年7月、突如、土石流に襲われた静岡県熱海市の伊豆山地区。
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 発生から1年を迎えた今年7月3日、土石流の第1報があった時刻の午前10時28分に合わせてサイレンの音が響き渡り、大勢の人が黙とうを捧げました。

 (同僚を亡くした女性)
 「海まで流されて最終的に歯形でわかりました。悔しい。やっぱりこれだけのことをした責任をきちんと取ってほしいし」

 (娘を亡くした女性)
 「涙しない日はなかったですし、これからもそうだと思います」
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 去年7月3日、梅雨前線による大雨で「盛り土」が崩壊。発生した土石流は下流の住宅などを飲み込み、これまでに27人の死亡(※災害関連死1人を含む)が確認され、今も1人の行方がわかっていません。

1年経ったが建物内に残る大量の土砂 今も235人が避難生活を余儀なくされる

 あれから1年。取材班は改めて熱海の被災地を訪れました。

 (MBS 大吉洋平アナウンサーリポート)
 「ここ今、向こうの海の方まで景色がよく見えるんですけれども、本来はここに民家が立ち並んでいて人が住んでいたわけですよね。土石流がありとあらゆるものを奪って海まで持っていったことが、この場所に来ると改めてよくわかります」
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 (大吉アナウンサーリポート)
 「建物の屋上の方まで土がこびりついています。この高さまで大量の土石流が流れていったということです。今も建物の中には大量の土砂が残った状態です」
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 去年7月に取材班が現地を訪れた時、国道はガレキで通行止めになっていました。
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 今年7月3日の状況は、一見きれいになったように見えます。
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 しかし、国道にかかる橋のすぐ横には壊れたままの建物があり、爪跡が残ったままです。
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 (大吉アナウンサーリポート)
 「山の方からザーッと流れてきた土砂が建物にもぶつかっているんですよね。建物にはブルーシートが張られています。実際の皆さんの生活はどうなっているのでしょうか」
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 1年経っても元の家に戻れない人がいます。自宅が警戒区域の中にあり、立ち入りが禁止されているなどの理由で今も235人が避難生活を余儀なくされているのです。

遺族や住民のコミュニケーションの場となる『カフェ』が4月にオープン

 そんな中、今年4月、この伊豆山地区に「あいぞめ珈琲店」というカフェがオープンしました。コンセプトは『人をつなぐ場所』。遺族や住民らがコミュニケーションをとりやすくするために、ボランティア団体が空き家だった店舗を活用して始めました。
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 (あいぞめ珈琲店 中野裕基店主)
 「家が被害にあった方もいますし、家族が被害にあわれた方もいますし、いろんな被害があったと思うんですけど、気軽に顔を合わせて同じ傷を持った人たちが意見を言い合うとか、ぼーっとしに来られるだけでもいい」

 1年が経った今年7月3日、多くの遺族や住民が集まりました。姉が土石流で亡くなったという女性に話を聞きました。
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 (姉を亡くした進藤洋子さん)
 「(Q同じような思いをされている方々が集まっていますが?)みんなを見て、普通なんだけど、心の中は見えないです。みんなニコニコしていらっしゃるし、でも心の中はみんな同じ思いなんだけど、一緒に癒されたい、癒したい。(Q遺族にとってこの場所は必要ですか?)必要なんでしょうね。だんだんこれから思い出話みたいな、少しずつ良くなってきてくれるといいな。今はまだ傷ついたばかりで(心が)曇るばかりだと思うんですけど、もうちょっと『こういうことあったね』と言えるようになるといいな」

家を無くした男性「何も進んでいない、行政自体が」

 一方、生活再建の見通しがたたないという人もいました。

 (避難生活を続ける男性)
 「家が無くなっちゃった。今話している彼とは家が隣同士でさんざん毎日顔を合わせていたのが、もう会わなくなっちゃって。ちょうどいい機会だし『久しぶりだね』ってきょう参加した」

 男性は住み慣れた自宅を離れ、アパート暮らしが続いているといいます。

 (避難生活を続ける男性)
 「まだ何も進んでいない、行政自体が。土地もいろんな部分も。先のことを考えても憂鬱になるだけだし、もう年だから、じゃあ復興したら『家を建てるの?』って、そんなこと考えてないよね、考えられないよね。ということは元の家には戻れないということ、現実的にね。本当に困っている人たちがいるわけだから、そういう人たちにある程度手を差し伸べる。手を差し伸べるっていうのはかっこいい言葉だけど、要はお金だよね」

避難生活を続ける漁師「仕事ができる状態になっていない」

 住宅の被害は深刻で、全壊・半壊した家の数は計64棟に上ります。漁師の男性は…。

 (避難生活を続ける漁師)
 「家が無くなって、船1艘(そう)ダメになって、職場がダメになって。1年経っても水道・電気もまだ。仕事ができる状態になっていない。(Q港が?)はい。(港は)未だに雨が降ると泥水が流れて茶色になる。お手上げの状態で。いろんなところに責任があるんだろうけど、僕らには何も責任がない訳だから、せめて仕事ができるくらいの状況は行政で面倒を見てくれてもいいんじゃないか」

 1年という月日の中で、土やガレキは少しずつ片づけられ日常の姿を取り戻しつつあります。しかし、遺族や住民たちが元の生活を取り戻すには、まだまだ時間がかかりそうです。