3Dプリンターで出力された家。価格設定はなんと300万円です。人々を住宅ローンから解放するかもしれない新技術とは一体どういうものなのでしょうか。取材班は今回、日本で初めての出力の現場に立ち会うことができました。
モデルハウスが建ち並ぶ住宅展示場。兵庫県西宮市にある「西宮北口ハウジングギャラリー」には、6月18日も多くの家族連れが訪れていました。
(購入を検討する家族)
「子どもが小学校にあがるまでくらいに決めようかなと。でも高いですね」
購入する際にはほとんどの人が利用するのが住宅ローン。30年間など長期の返済計画を立てることも少なくない大きな買い物ですが、300万円で家が建つと聞いたら?
(購入を検討する人)
「びっくり。びっくりですね」
(契約をした人)
「今は無理でしょう?ペラペラな家とか。桁が違いますね」
「人間の最大の課題は30年の住宅ローン」
外装は美しい層を成し、まるでSF映画にでてきそうなこの建物。3Dプリンター住宅「Sphere(スフィア)」です。
(セレンディクス 飯田國大さん)
「日本で初の3Dプリンター住宅となります。車を買う値段で家が買える。例えば300万円とか」
兵庫県西宮市のベンチャー企業「セレンディクス」のCOO・飯田國大さんには、全く新しい住宅に挑戦して成し遂げたいことがあるといいます。
(セレンディクス 飯田國大さん)
「人間にとっての最大の課題って30年の住宅ローンだと思っているんですね。それをデジタルの技術で解決でしたいというのが私たちが考えていることです」
日本初!3Dプリンターでの住宅出力の現場
今年6月、日本で初めて住宅をプリントするための3Dプリンターが到着しました。でもコロナの影響で…。
(セレンディクス 飯田國大さん)
「本当は現地(海外)で組み立てて日本に届く予定だったんですけど、今は物流がひどい状態なので、(各国から)部品を1個ずつ日本に送って」
プリンターメーカーの技術者を呼び寄せ、組み立てるところからのスタートです。
海外では出力実績のある3Dプリンター住宅「Sphere」ですが、日本では初めて。さらに今回、異国の地で組み立てたプリンターでうまく稼働するか。コンクリートと日本の水の相性などを確認します。
プリントが始まりました。ゆっくりと一定のスピードでラインを描きます。規則性がないようにも見えますが、プログラム通りに躊躇なく進んでいきます。
続いて2層目に入りました。すでに描かれたラインの上をきれいになぞっていきます。コンクリートの硬さが適切でなければ崩れてしまうところ。でも右へ左へノズルを走らせ少しずつ積み上がっていきます。
「じっとしていたらダメだなと」110社がプロジェクトの共同事業体に
実は今回のプロジェクトには3Dプリンター住宅に可能性を感じた海外・国内の110社が共同事業体に名を連ねています。参加の仕方はそれぞれですが、熊本県で電気工事業を営む会社の社長は、国内では台数が限られた発電機をプリンターを動かすために無償で提供したり、社員を派遣したりしています。
(立尾電設(熊本県) 永田士朗社長)
「(Qなぜ参加した?)一番はやはり住宅ローン問題。ぜひ安く家が建てられるような仕組みがこれでできればなと」
実験スペースを提供したのは、コンクリート住宅の会社でいわゆる競合にあたりますが、コンクリートに関わるあらゆるノウハウを提供するなど協力を惜しみません。
(百年住宅(静岡市) 中嶋雄社長)
「これはじっとしていたらダメだなと。世界規模で技術をシェアできるというのは本業にとってもすごく刺激があることですよね」
多くのサポートを受ける代わりに、飯田さんらは企業に対してプロジェクトの全データを公開して情報共有しています。
(セレンディクス 飯田國大さん)
「みんなで技術協力をすることによって全体的な技術を上げていくということがこのオープンイノベーションのメリットで、その中から個々でどう生き残るかどう強くなっていくか」
途中でトラブルも『出力は無事成功』
順調にきていたプリントですが開始から約30分。突然、停止してしまいました。
どうやら日本国内で臨時調達したホースの中に異物が詰まっていたようです。
(プリンター技術者)
「トラブルで走り回っているのを見たでしょ。いつもはこんなことないんだよ」
約50分後、ようやく作業再開。その後はトラブルなくプリントが進みました。すると少し前まで険しい顔をしていた技術者も今度は余裕の表情です。
(セレンディクス 飯田國大さん)
「最初の出力がうまくいきました。ありがとうございます」
高さ60cm・長さ2m10cmのコンクリートの構造物ができあがりました。
サイドには社名のロゴが浮き上がります。
テストは無事成功。日本で3Dプリンター住宅に住める日は、そう遠くないのかもしれません。
『一生の買い物』から『車のように買い替えられるもの』に
では3Dプリンター住宅ならなぜ300万円ほどで建てられるのでしょうか?
(セレンディクス 小間裕康CEO)
「やはり一番高いのが人件費なので、これをロボットにつくってもらう。そうすることによって人の手がかからない人件費がかからない。それによって購入コストが下げられる」
中国で3Dプリンター住宅「Sphere」のパーツをプリントしている映像では、わずか23時間12分で全てのパーツが完成しました。
大きな4つのパーツを組みあげてあっという間に住宅の形に仕上げます。家づくりの常識を覆す納期の早さもコストダウンの秘密です。
(セレンディクス 飯田國大さん)
「叩いたらわかると思うんですが家というよりビルなんですね」
コンクリートでできていて耐震性や耐熱性にも優れているといいます。地面に固定されていませんが重量があるため転倒のおそれもないそうです。
飯田さんは、24時間・300万円で建てられる住宅を近い将来に実現し、家を『一生の買い物』から『車のように買い替えられるもの』にしたいと意気込みます。
(セレンディクス 飯田國大さん)
「目指すところはセレンディクスのミッションである30年の住宅ローンを無くすということです。それを絶対に実現したいと思います」
今後の販売計画
3Dプリンター住宅「Sphere」には、水回りはなく、扉と窓などがついて10平方メートル300万円で今年8月に販売予定。3Dプリンター住宅はまだ馴染みがないので「遊びの家」としてグランピングや災害復興仮設住宅などとして使ってもらいたいとしています。
そして「フジツボモデル」は、来年春に販売予定で、49平方メートル500万円を目指し、60代夫婦を想定した平屋建てです。なぜ60代かというと、3Dプリンター住宅に取り組みだして、最も問い合わせが多かったのが以下のような内容だったからだということです。
「住宅ローンの完済を迎える世代で、やっと返し終わったと思ったら、今度はリフォームで大きなお金必要に…そんな時に3Dプリンター住宅の話を知り、関心を持った」
「一生賃貸でと思っていたが、60代になって賃貸住宅を借りられない問題に直面し、3Dプリンター住宅ならと…」
さらに来年12月には「Sphere」を2階建てにして100平方メートル300万円で販売する計画を立てています。100平方メートルと広くて300万円なのは、販売から1年以上経過して量産化により価格を抑えられるのではないか、という想定だということです。
最新鋭の技術を搭載した未来形の住宅構想。110社の協力企業の中には様々な技術や得意分野を持つ会社があり、その技術を使えば、例えば内装の壁一面を曲がる液晶にした家もつくることが可能になるのではないかと話しています。