柔らかでうまみが強いのが特徴の『三田牛』は、兵庫県三田市が誇るブランド牛です。しかしいま、生産農家が減っていることから、出荷頭数が年々減少しています。そんな中、「このままでは三田牛が消滅してしまう」と危機感を抱いた地元の有志たちが“プロジェクト”を立ち上げました。
「出荷頭数減少」の背景に生産農家の相次ぐ廃業
上質な赤身にサシが程よく入った「三田牛」。柔らかでうまみが強いのが特徴です。ステーキ店「三牛志藍屋」では、ミディアムレアに焼いた『溶岩焼きステーキ』がおすすめだそうです。
(三牛志藍屋 勢戸和也さん)
「肉の味がしっかりしていて、非常に濃厚というのが特徴ですね。脂も甘みがあってさらっとしているので胃もたれもしない」
多くの料理人や食通にも評価を受ける三田牛。人気グルメ漫画の「美味しんぼ」にも“牛肉の最高峰”として描かれています。
しかしいま、三田牛を育てる指定農家に“ある異変”が起きているといいます。取材班は農家を訪ねました。
(春日牧場 春日敏和代表)
「ここで三田牛を肥育しています。60頭います。6月に出荷される生後35か月の牛です」
三田牛は、兵庫県内で生まれた但馬牛の仔牛を三田市内などの指定農家で2年以上育てるなど、一定の基準を満たしたものだけがブランドとして出荷されます。
しかし、生産頭数は減少傾向が続いていて、2003年度には年間800頭あったのが、生産農家の廃業が相次いだことから、いまは200頭ほどしか出荷されていません。
(春日牧場 春日敏和代表)
「(生産農家は)減っているのが現実です。休みがないという、過酷で、家族ともどこにも行けないというのがある」
生産農家は毎日エサの量を調整するなど365日休みがありません。三田特有の寒暖差の中で育てています。最高の肉質の牛を出荷できるわけですが、コロナ禍での需要の減少もあって収入が安定せず、厳しい状況が続いているのです。
(春日牧場 春日敏和代表)
「いまの仔牛の相場が高い状況や(エサとなる)穀物類の価格が上がってきていて、肥育というのが厳しい経営状況なので、そのなかでも残していって三田牛をもう少し増やしていきたい」
地元の有志たちが“三田牛の革をブランド化”するプロジェクトを立ち上げ
このままでは三田が誇るブランド牛は衰退の一途を辿ってしまう。地元では危機感が募る中、三田市内でクリーニング店を営んでいる尾崎勝浩さん(38)が“ある発案”をしました。
(クリーニング店経営 尾崎勝浩さん)
「街に活気がなければ事業活動自体もうまくいかないのかなと思っている。『三田の名産といえば三田牛』と言えるものだと思いますし、誇りだと思っています」
尾崎さんはクリーニングとともに革製品のメンテナンスも行っていて、三田牛の「革」を『ブランド化』するプロジェクトを立ち上げたのです。
見せてもらった三田牛の革「三田レザー」は、虫に刺されたような痕や牛同士の接触でできるキズはなく、薄いながらもしっかりとしています。
(尾崎勝浩さん)
「キズが少なくてきめが細かいというのがあるので、小物とか製品にしたときに肌触りやなじみの良さが出るなと」
三田牛は小柄なことから、これまで革製品には不向きとされ、「価値がないもの」として処分されてきました。しかし、気性が荒くない雌牛が多いことや、農家が1頭1頭丁寧にブラシを掛けて育てていることに目を付け、きめ細やかな革が取れると考えたのです。
(尾崎勝浩さん)
「革は一生もの。生産農家さんが一生懸命育てられた牛が余すことなく使われて、ずっと形としてこの世に存在し続けるということは価値のあることではないのかなと思っています」
肌触りがよく柔らかくて軽い…『三田レザー』を使用した財布が完成
尾崎さんらはこれまでに10頭分ほどの皮を購入。工場でなめした後、財布や名刺入れなどを製作することにしました。製作の協力を依頼したのは、カバン職人の亀川亜矢子さん。尾崎さんの中学・高校の同級生です。
(尾崎さん)「(革が)めっちゃ柔らかいね。しかも軽い」
(亀川さん)「柔らかいし、薄くしやすい」
初めて扱う「三田レザー」。亀川さんは革の感触を確かめながら丁寧に財布を作り上げていきます。
(カバン職人 亀川亜矢子さん)
「こういう柔らかい革の時ってどうしても難しくて。ちょっと伸ばしながら、微調整しながら貼り合わせます」
革によって厚みや柔らかさが違うため、財布はどれも一点ものになるといいます。
(カバン職人 亀川亜矢子さん)
「革の色とかなめし方でも変わってくるので、財布の厚みに統一はないんですよ」
「三田レザー」で作られた財布。ブランド名は「全部捨てない」という思いを込めて、「ZENSTEN(ゼンステン)」と名付けられました。
製品には、「S・A・N・D・A」=さんだ(三田)という文字が“デザイン”されている二つ折りの財布もあります。
財布は商品化され、去年10月には三田市のふるさと納税の返礼品にもなっています。
さらに、クラウドファンディングで支援を求めたところ、購入したいという声が相次いだといいます。その多くは製品化への思いに賛同した人たちです。
365日休みなく働く生産農家の春日さんもプロジェクトに期待を寄せています。
(春日牧場 春日敏和代表)
「750日ほど飼って、食肉として約1か月2か月で消費して終わってしまう。その革を今度は商品として5年10年と使ってもらえるのは農家にしてもうれしいし、ありがたい。(生産農家が)魅力のあるものやとわかれば、もうちょっと後継者も増えるんじゃないかと思います」
「世界の人々が『いい機能を持った革製品だな』と思っていただければ…」
別の日、尾崎さんは新たな製品の開発現場にいました。三田市の専門学校で講師を務める靴職人の吉田真也さんに、「三田レザー」を使った革靴の製作を依頼していたのです。
(靴職人 吉田真也さん)
「できるだけ大きい面で革を見せたいので、切り返しをなくして革1枚でつなでいく感じ」
装飾は最小限にして、「三田レザー」特有のキズの少なさを強調します。
(靴職人 吉田真也さん)
「思ったよりも革が伸びないんですよ。薄かったのでもうちょっと伸びると思ったんですけど、硬いので腱鞘炎になりそうになります(笑)」
薄くても丈夫なため、軽くて長く愛用される靴が出来上がりそうです。革靴づくりは今後、試行錯誤を続けて製品化を目指します。
(尾崎さん)「きれいですね、やっぱり」
(吉田さん)「そうですね、革自体がやっぱりきれいです」
(「三田レザー」プロジェクト 尾崎勝浩さん)
「世界の人々が本当にいい機能を持った革製品だなと思っていただければ、一気に販売数量が増えると思います。そうすれば(年間生産数の)200頭全頭の革を買い取ることもできると思いますし、その分が生産農家さんへの還元につながっていくと思いますので、ゆくゆくはそこを狙っていきたいと思っています」