奈良県奈良市の菩提山にある「正暦寺」。このお寺は“日本清酒発祥の地”として全国の日本酒ファンたちに知られています。その正暦寺が室町時代の古文書「御酒之日記」に記された造り方を基に復活させた『500年前の清酒』を取材しました。
新年の始まりは酒造りから…日本清酒発祥の地『正暦寺』
平安時代から続く奈良市の「正暦寺」。お寺の新年はいつも酒造りから始まります。
(菩提山・正暦時 大原弘信住職)
「この2年、コロナ禍の中でいろんな意味でどうしたらいいかと思って悶々としているうちに日が過ぎたと思います。そういったものを払しょくするような思いで、まずひとつはおいしい日本酒をみんなで造ろう!エイエイオー!」
年明けの仕込みは「清酒祭」としてわいわいと。その様子は一般公開され、日本酒ファンが集まるイベントになっています。
(訪れた人)
「発祥の地ということで何度か来させていただいているので、今年も新たな気持ちになるような形で来させていただきました」
「(Qきょうはどちらから?)大阪です。奈良のお酒が大好きで来ました。おいしいお酒を造るみんなのお酒愛ですかね。感動しました」
正暦寺が“清酒発祥の地”というのは、いったいどういうことなのでしょう。
『正暦寺』で見つかった“酒の酵母菌”と“酒の乳酸菌”
室町時代の書物「御酒之日記」。正暦寺の当時の清酒の造り方が残されていました。
【『御酒之日記』より】
「菩提泉。白米一斗を水が澄むほどまで洗う。くちを一日つつみて一夜置く。下の米をあけてよく蒸すべく候」
(菩提山・正暦時 大原弘信住職)
「1441年のころに、正暦寺のお酒が一般市場で売られていると、お金を儲けるために造っているという記録があるんですね。なので、その時点では寺を維持するためにお酒を造るということをやっていたんですね」
正暦寺が“清酒発祥の地”たる所以は、酒造りを産業として確立し、記録として残されていたところにあるといいます。
そして約20年前にもう一つ発見がありました。この地でおいしい酒ができた謎を解くカギです。
(菩提山・正暦時 大原弘信住職)
「きっとお酒を造っていたというのであれば、そういう菌もいるかもしれない。優秀な菌がいるに違いないということで調べたら、“酒の酵母菌”と“酒の乳酸菌”が見つかりまして。『やはり清酒を作っていたんだ』と」
寺で見つかった「菌」と「岩清水」。そこに米が溶け込んだ白い液体が酒のもと「菩提もと」と呼ばれています。甘酒にほのかな酸と米の食感が残ったような風味です。
この「菩提もと」が県内8つの酒蔵に分けられ、それぞれで仕上げられます。全て味も香りも違うそうです。
約500年前に造られていた『純・正暦寺産の清酒』を再現
今年1月、取材班は奈良市の酒蔵「倉本酒造」にお邪魔しました。こちらでは、どんな清酒に仕上がるのでしょう。
寒空の下、酒蔵に漂うのは蒸したてのお米の優しい香り。正暦寺から持ち帰った「菩提もと」に米麹や水を加えていきます。米も水も仕上がりも各蔵次第。最終的な味わいには蔵ごとの個性が宿ります。
(倉本酒造 倉本隆司さん)
「菩提もとは乳酸菌が特徴的なので、ヨーグルトの上澄みのような香りが特徴的。うちの場合は『初心者向け菩提もと』みたいな設定がありまして、比較的飲みやすめだけど、しっかり菩提もと感は残ったようなお酒を目指してやっています」
人の力は要所要所で。あとは微生物の力でこっくりじっくり時間をかけて。
そして、1か月後…。
(倉本酒造 倉本隆司さん)
「じゃあ、搾ります。めっちゃフルーティーな香りもしておいしそうです」
去年、原点回帰に迫る試みが始まりました。それは、古文書に正暦寺の清酒と記されていた「菩提泉」の再現です。寺で仕込んだ「菩提もと」をそのまま搾って、かつてのように「純・正暦寺産の清酒」を造ろうというのです。
酸が強く出たその香りは、現在の日本酒からは想像できない独特なもの。できる量も普段の清酒に比べて10分の1以下と、きわめて貴重なものとなります。
酸味・渋み・甘み…強烈な個性を放つ清酒『菩提泉』
出来上がった「菩提泉」。500年前そのままの味わいは日本酒のプロたちも悩ませる強烈な個性を放っていました。
(酒店店主)
「菩提泉が酸が強すぎるので、『これはどういう料理に合うのかな』という感じはするんですけどね」
(社氏)
「自分自身はひとつの個性でこれもありかなと思いますけれども。ただ、あまりにも一般的な日本酒と味わいがかい離しているから…」
(奈良県産業振興総合センター研究員)
「すごく爽快感がありましたね、今回の酸味が。そういう意味で酸味の強さが先に出て、あと少し渋みが残りましたけど。においも薄いフルーツ感があって、こういう形になったんだなと思いましたね」
出荷は味わいがまろやかになる12月まで待ってから。こっくりじっくり時間をかけて。