鎌倉時代から続く伝統的な技法で作る『鰾(ニベ)弓』。通常の弓は引いた時に段階的に力がかかるのに対して、ニベ弓は最後まですっと引くことができ、弓道関係者の間では「私なんてまだまだ」「おそれ多い」というような、まさに“射手を選ぶ弓”と言われている。取材班は、ニベ弓を作る76歳の師匠と24歳の弟子を去年の冬から長期密着取材。秘伝のものづくりの様子と、師匠から弟子に名前が継がれる瞬間に立ち会った。
伝統的な技法で作られる『ニベ弓』の工房へ
弓の歴史は古く、石器時代から続く。現代も道を究めんとする人は多い。そんな射手たちが憧れる特別な弓があるという。
800年前から続く淡河八幡神社(神戸・北区)。境内の奥にある神殿の中に3張りの弓がまつられている。ご神体を守る弓は鎌倉時代のものと伝えられ、日本古来の「和弓」の原型とされる。
この伝統的な技法で作られる弓がいまもあるという。
(淡河八幡神社・宮司 足利國紀さん)
「播磨の方に一つございます。継承されている工房がございます」
兵庫県姫路市にある弓の工房。迫哲夫さん(76)は、弓師・播磨竹禅という名を半世紀前に師匠からいただいた。
作るのは長さ2mを超える弓、鰾(ニベ)弓。現在主流となっている弓はカーボン製だが、ニベ弓は竹と天然材を重ね、化学接着剤でなく鹿の皮を溶かして作る「ニベ」を使って貼り合わせる。その職人は国内に数人しかいないという。
(播磨竹禅さん)
「ニベ弓といいます。平安時代から作っている弓の原型ですね。その(ニベの)作り方を知っていないと弓師にはなれなかったです。昔は、誰にも教えなかった。一子相伝で」
修業6年目の弟子…師匠の弓を引いて「この人に弟子入りしないとと思った」
竹禅さんには弟子が1人いる。能祖一浩さん(24)。修業6年目だ。
能祖さんは高校時代、弓道部に入って弓と出会った。
どうして弓師を目指したのか。
(竹禅さんの弟子 能祖一浩さん)
「いろんな時代のいろんな地域の、いろんな弓師さんの弓を引いたんですけど、初めて師匠の弓を引いたんです。そしたら一緒だったんですよ。昔の名品に感じていたものとまったく同じものがその弓にはあって。その時初めて『あ、この人に僕は弟子入りしないといけないんだ』と思ったんですよね」
ニベで材料を貼り合わせ…ニベ弓を作る工程
1月下旬。厳しい寒さの早朝に2人の弓作りが始まる。
伝統的な接着剤「ニベ」とはどんなものなのか?
(能祖一浩さん)
「ニベのもとになる鹿の皮です。ただ、ここから先の工程は秘伝になるのでお伝えすることはできないです」
撮影が許されたのはニベが完成し固形になったあと。
(能祖一浩さん)
「これを上にあげたときにピっと止まるようでないとダメなんです」
炭火でゆっくり溶かしたニベを竹の上に置く。最初の工程「ニベ置き」だ。
ニベで材料を貼り合わせ、紐できつく巻いていく。
(播磨竹禅さん)
「昔はかずらで巻いていたんです」
続けて、弓の曲線を作るために竹でできたくさびを打つ。
そして全体に水をかけて濡らし…。
次に炭火で5分ほどあぶるのだ。この工程を何度か繰り返す。
(能祖一浩さん)
「水をかけてあげることによって、ニベがじわっとしみ出してくるんです。ニベという接着剤はゼラチンなので、一度溶かしてあげないと材料同士がくっつかないからです」
ニベが固まってしまうと曲げられなくなる。だから柔らかいうちに一気に力を加えて曲げると弓の形が出来上がる。この工程は鎌倉時代から変わることはない。
弓の形を師匠に確認してもらう「これは傑作や」
数日後、仕上げだ。はみ出したニベを小刀やカンナで削り落とす。
次に張台と言われる台にかけ形ができているかを確認する。一番緊張する瞬間だ。
(師匠に確認してもらう様子)
(能祖さん)「すみません、おねがいします」
(竹禅さん)「形はええわ、これで。線がスムーズやんか。オッケーオッケー」
(能祖さん)「これは名品じゃないですか!」
(竹禅さん)「おう、これはもう傑作や。もうこれでおわりやろ、お前」
(能祖さん)「アカンアカン、これからやで!」
(竹禅さん)「よっしゃ、これでいい。ようできとる」
(能祖さん)「良かったです。これはうまいこといけました」
新しく作った弓だが、使えるまで3年以上、乾燥させなければならない。長い道のりだ。
唯一の跡継ぎとして師匠から名を授けられる
2月末のある日。師匠が能祖さんに声をかけた。
(播磨竹禅さん)
「これから、わしの跡継ぎ、わしの跡をお前ひとりに継がしてやりたいと思うから。『こうぜん』と読むんやけど」
師匠が「播磨浩然」の名を授けこの日、唯一の跡継ぎと認めた。“豊かで大らか”を表す孟子の言葉「浩然の気」から思いついたという。
(能祖さん)「すごい名前ですね」
(竹禅さん)「がんばってやっていこう」
(能祖さん)「はい。ありがとうございます」
弓師の『独り立ち』の日…師匠との別れ
4月1日。弓師・播磨浩然、独り立ちの日。師匠に別れを告げる。
(播磨浩然さん)
「6年間いろんな時期がありましたけど、ずっと見守ってくれてありがとうございました」
(播磨竹禅さん)
「いやいや、ようがんばったわ。世の中まがいもんが多いから、そういうものにはわしらは振り回されんようにして、本物を目指す。それ一途でいいんちゃうか」
(竹禅さん)「まあ元気でやりや」
(浩然さん)「ありがとうございます。また」
800年続く秘伝の技は継承された。
「理想の弓を作りたい」。2人はそれぞれ弓師の道を歩み続ける。