「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」。そのまま読めば『場面によって、封をしたように黙ってしまう』。自宅では会話ができるのに学校など特定の場面では話せない、このような症状を抱えながら夢を見つけた1人の少女を取材しました。

家族とは“笑顔で会話”しかし学校では『声出せず…体が動かせない』

 滋賀県に住む5人家族。机を囲みながら微笑んでいるのは中学2年の杉之原みずきさん(14)。みんなから“みいちゃん”と呼ばれています。取材した日は家族でおでかけしていました。
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 【食事でのやり取りの様子】
     (兄)「これいけるんちゃう?」
 (みいちゃん)「なあなあ」
     (兄)「全部食べてからって言っているやん」
 (みいちゃん)「いいやん別に」
     (母)「入れたりいやー」

 お箸を使っておいしそうにほおばるみいちゃん。仲の良い家族の姿です。
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 そんなみいちゃん。環境が変わると様子が一変します。学校でのみいちゃんは、自分で手を洗うことができません。
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 そして、表情を変えることもありません。
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 みいちゃんは自宅以外の場所や家族がいない状況だと『場面緘黙(ばめんかんもく)』という症状で声を出すことができないのです。

『特定の場面で話せない…』小学生で500人に1人の割合で発症

 『場面緘黙』と診断されたのは小学校に上がる前、6歳のときでした。
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 (みいちゃんの母 千里さん)
 「発表会とか行くとやっぱり声が出ないし、体も動かなかったりするので、すごく緊張しているんだなっていうのは思っていた。(場面緘黙症という)診断があると思っていなかったんで。あの子の人生の歩き方が全く見えなかったのがつらい時期」
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 『場面緘黙』は不安症のひとつ。小学生では500人に1人の割合で発症するともいわれています。

 (大阪医科薬科大学病院・小児科 吉田誠司医師)
 「話さないではなく話せないという病気です。(発症は)環境が変わるときが多いので、幼稚園入園後や小学校入学後とかそこから場面緘黙になってしまうことが多いかなと思います」

 “特定の場面で話せない”という症状は共通していて、症状が重い人は体を動かせず表情も変えることができません。ところが…。

独学で『洋菓子作り』今では月に2回「工房でケーキなど販売」

 手際よく生クリームを泡立てているのは、みいちゃんです。自宅以外で唯一、自由に体が動く場所がお菓子の工房でした。
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 お菓子との出会いは「社会と繋がってほしい」と小学4年の頃、母親の千里さんが渡したスマートフォンでした。

 (母 千里さん)
 「この子ひょっとしたらこの道で生きていけるのかもしれないって思いだして」
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 動画を見て、小学4年の時に独学で洋菓子を作りました。腕はめきめき上達し、自らSNSで手作りケーキを発信。評価の声をもらいました。社会とつながり、みいちゃんに夢ができた瞬間です。
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 (母 千里さん)
 「『ケーキ屋さんになりたい』って言っても体が動かない自分というのを理解していたはずなので『自分のお店を持ちたい』っていうのはあの子のものすごく奥深い発信で『そこしか自分の居場所がない』っていう思いが、あの子が発信したときにものすごく分かったんですよ」
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 母親の千里さんは仕事を続けながら製菓学校に通って資格を取得し、2020年、自宅近くに「みいちゃんのお菓子工房」をプレオープン。みいちゃんが店長となり、月に2回、ケーキなどを販売しています。

 みいちゃんはこだわりの強い性格だそうで、丁寧にひと手間かけながら頭の中に浮かんだデザインを形にしていきます。
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 ショーケースに並ぶのはうさぎの耳がついたショートケーキに…。
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 スマイルマークが描かれたプリン。
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 「ケーキで人々を笑顔にしたい」。生地からデザインまでこだわりが詰まった、14歳とは思えない仕上がりです。

予約はいつもいっぱいに…「心の中から温かくなる」「勇気づけられる」スイーツ

 見た目も可愛いスイーツ。1回20組の予約はいつもいっぱいになります。

      (客)「(プリンに)笑顔がある」
 (母 千里さん)「お話ができないので、ケーキとかプリンとかにお顔を入れたりして、それがこの子のメッセージなんです」
      (客)「かわいいプリンで食べるのがすごく楽しみです」
 (母 千里さん)「ありがとうございます」
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 (客)
 「食べると本当に、心の中から温かくなるような、そんな感じのケーキかなと思う」
 「障がいがあっても好きなことをするのはすごいことだなというのがありますし、私も頑張らないとあかんなと勇気づけられます」

みいちゃんに憧れ…パティシエを目指す小学生も

 3月2日、お菓子工房を訪れたのは福岡県内のフリースクールに通う子どもたち。SNSで知って「みいちゃんに会いたい」というのが訪問のきっかけでした。
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 (母 千里さん)「みいちゃんです」
  (子どもたち)「こんにちは」
 (母 千里さん)「みいちゃんお話できないけど、いつもあそこが定位置で」
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 言葉で挨拶を交わすことはありませんでしたが、子どもの中にはみいちゃんに憧れてパティシエを目指している小学生の女の子がいました。
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 【小学生が作ってきたお菓子を渡す様子】
 (母 千里さん)「どうしたん?作ってきてくれたん?みいちゃんもらい。ありがとうってお礼は言えないけど、ちゃんと分かってはるしね。ありがとうね」
     (先生)「何を作って来た?」
    (小学生)「チョコクッキー」

 言葉がなくても、思いを伝え合えた2人。みいちゃんはプレゼントをしっかり握っていました。
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 (母 千里さん)
 「あの子に言葉っていうのは、本人がたぶん必要としていないというか、それも自然とあの子が大人になる過程でどこかで声があった方がいいなと思ったら思うだろうし、それより先に社会に出ていける体、自分らしく生きるっていうところかな」

 家族が作ってくれた「工房」から、みいちゃんは夢に向かって歩み続けています。