「漆黒」、「青黒」、「鉄黒」に「消炭黒」…。「黒」といっても日本には様々な種類の「黒」を表現する言葉があります。そんな中、染物の分野で100年以上にわたり「黒」だけを追求してきた老舗染物会社が京都にあります。その会社が今、廃棄される衣服などを使って新たに挑戦している取り組みがあります。その現場を毎日放送の大吉洋平アナウンサーが取材しました。

『黒』だけ追及して100年以上の老舗染物会社

京都市中京区にある染物会社「京都紋付」。その4代目当主は荒川徹さんです。
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(京都紋付 荒川徹社長)
「1915年から、ずっと黒しか染めていない工場なんです。(Q黒一色で?)黒一色で。ほかの色は全然分からない。黒だけを追求し続けている会社です」
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1915年・大正4年の創業当時から行っているのが“着物になる『反物の染色』です。真っ白な絹の反物を黒い染料の中にドボンとつけて、あげて、またつけて…。これを1時間以上繰り返すなどをして黒く染めていくと、伝統的な正装である「黒紋付」の反物に仕上がりました。
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一般的な“黒染め”と、「京都紋付」の“黒染め”を比較してみると濃さが際立ちます。『深黒加工』という独自の技術で深い色になり、撥水効果もあるそうです。

廃棄される衣類やカバンを『伝統の技』で再生

建物の3階には、着物ではなく洋服がずらりと並んでいました。ジャケットにブラウス、ワンピース。モード系のブランドのように黒で統一されたこの場所は、一体どういったことに使われているのでしょうか。

(京都紋付 荒川徹社長)
「廃棄される衣類を黒染めで染め替えて、シミ・焼け・汚れを消して再生する。そういったことをこの会社でやっています」
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伝統の技を使った斬新な試み。一般ユーザー向けに色落ちした衣類やカバンを染め替え、服を再生させていました。
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今回、大吉アナが普段使っている衣類も、ほかの洋服と一緒に「黒染め」していただけることになりました。

(大吉アナ)「私2つの衣類を持ってきたんですけど。1つ目はTシャツなんですけど、漂白剤がついてしまって少しピンクに変色しちゃって。これ黒くなります?」
(荒川社長)「なります」
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もう1着は、取材でよく着ていたカッターシャツ。傷んでいるところはないのですが、首元にはどうやっても落ちない「黄ばみ」が…。これが無くなるならまだまだ着られます。
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ということで、「黒染め」を行う工場へ向かいました。

(従業員)
「大きなドラム式洗濯機のようなもの。この中に洋服を入れまして、ぐるぐる回しながら染める」

古くなった服は「黒染め」で生まれ変わるのでしょうか。

素材によっては予想外の変化も…

染色をはじめて約3時間で、色とりどりだった洋服がどれもこれも見事な「黒」になりました。染まった服は脱水して、1着ずつ手で干していきます。大吉アナの色抜けしたTシャツと黄ばんだカッターシャツはというと、Tシャツは真っ黒になりました。
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しかし、カッターシャツはあまり黒くなっていませんでした。

(従業員)
「グレーですかね、これは。綿の部分だけ染まってポリエステルの部分が染まっていないというような」
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「綿」や「麻」、「毛」などの天然繊維だけが染まり、ポリエステルなどは染まらないのです。そのため、綿100%のシャツは色抜けした部分も含めて真っ黒に変化しますが、大吉アナのカッターシャツのように綿50%、ポリエステル50%の素材はグレーのような色になるのです。
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天然繊維しか染まらないため、予想外の変化が生まれるといいます。

(京都紋付 荒川徹社長)
「素材によっていろんな表情に生まれ変わるんですね。ステッチが残っていますし」
 
洋服などをよく見ると、ひとつひとつ「黒」の色合いも違います。乾燥させたあと、特別な「深黒加工」を施し、染め替え完了です。

“染め替え”を前提にデザインした服を開発

こうした特徴を生かして、荒川さんは“染め替えすることを前提にデザインした服”を新商品として開発しています。

(京都紋付 荒川徹社長)
「お客さまから何十万点と預かって商品を染めていたら、ビフォーよりもアフターの方がかっこいいのがいっぱいあるんですね。じゃあ今度は最初から染め替えたらかっこよく変化する衣類を作ろうよと」
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例えばこの白いベビー服。
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黒染めすると模様がくっきりと浮かび上がりまったく違った表情になります。

(京都紋付 荒川徹社長)
「意図して模様の部分にポリエステルをつかっています。その部分は、染まっていないので真っ黒にならずに柄になると」
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特に若い世代は、環境に配慮した商品に価値を感じているといい、タグなどで積極的にアピールしていこうと考えています。

(京都紋付 荒川徹社長)
「最終的には染め替えという概念がみなさんに広まって、ひとつの文化として成り立つようにしていきたいと思っています」