5月22日の夕方。東京の六本木トンネル前にいた取材陣の上をかすめるようにバイデン大統領搭乗の専用ヘリ「マリーンワン」が爆音を響かせて飛来した。大統領は米軍が所有する六本木ヘリポートに悠々と降り立つと、すぐさま新型の大統領専用車「ビースト」(野獣)に乗り換え、宿泊先の都内のホテルへと向かった。西麻布の路上でその様子を取材していたが、米軍赤坂プレスセンターを出たバイデン大統領の車列は、日本の警察の警備車両も含めると30台以上で、毎回ながらその規模には圧倒される。

 大統領は2台目の「ビースト」後部座席右側に腰掛け、分厚い防弾ガラスの奥からにこやかに手を振っていた。私が初めてこの大統領の警備を取材したのは、今から17年前のことだ。

ナンバーの付け替えから始まった大統領の車列

 2005年の11月、ブッシュ大統領(当時)の来日を3日後に控えた大阪・伊丹空港に米軍の輸送機が飛来した。

 周辺の警備は厳しかったが、伊丹空港の敷地はそれほど広くなく、駐機場をフェンス越しに撮影していると、なんと中から大統領専用のヘリコプター「マリーンワン」が出てきた。

 ローターブレードが折りたたまれた状態のマリーンワンは、その後、格納庫で慎重に組み立てられたのだが、世界最高の「機密」と言うわりには、フェンス越しとは言え簡単に取材ができ、拍子抜けしたのを覚えている。

 その翌日には、別の大型輸送機が飛来した。長玉=超望遠レンズで撮影を試みたところ、格納庫のゲートが開き、中から黒光りする車列が現れた。
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 大統領専用車の「ビースト」やシークレットサービスの警護車などがところ狭しと並んでいて、まず行われたのは、日本の公道を走るための、全車両の“ナンバー付け替え”という地味な作業だった。
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 その後、大統領専用機「エアフォースワン」で伊丹空港に到着したブッシュ大統領は、当時の小泉総理とともに京都で金閣寺などを見てまわったのだが、この時は京都御苑が臨時のヘリポートとなり、大統領は京都にマリーンワンで降り立った後、空輸したビーストに乗り京都市内を移動した。

狙われやすい「陸路での移動」は最小限が鉄則

 日本訪問の際には、大統領の車列が大きな注目を浴びがちだが、実際のところ、最も狙われやすい陸路での移動は最小限に抑えるのが鉄則だという。そこでカギとなるのが大統領専用ヘリ「マリーンワン」をどこに下すのかということだ。2016年の伊勢志摩サミットでは、中部国際空港から賢島のサミット会場まで30kmの距離があったため、臨時のヘリポートが会場周辺の駐車場に設けられ、ここにオバマ大統領(当時)が降り立った。

 今回のバイデン大統領の場合も、米軍横田基地→六本木ヘリポートと空路での移動が殆どで、都内での陸上移動は最小限に抑えられている。都心の一等地に、米軍が今もなお広大なヘリポートを所有している実態は決して望ましくなく、日本への返還は喫緊の課題だが、こと大統領のセキュリティという観点からは、安全性に大きく寄与しているのだろう。
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 5月23日、日米共同記者会見に出席した後、迎賓館を出ると、そこには大統領専用車のビースト、警護車、ロードランナーと呼ばれる通信専用の特殊車両などが並んで駐車されていた。シークレットサービスがサングラスをかけ車両脇で警戒しているが、「世界広し」といえども、自前の警護車両をわざわざ他国に持ちこむのはアメリカ以外には存在しない。
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 世界中のいかなる場所でも、いかなる状況でも、指示を出す必要がある米大統領。一見すると“大げさな車列”も必要不可欠な存在と言えるかもしれないが、それは他国の警備を信用しない姿勢の表れでもある。重低音を響かせながらバイデン大統領の長い車列は迎賓館を出て、都内の喧噪へと吸い込まれていった。


毎日放送報道情報局 解説委員 三澤肇