猛威を振るうオミクロン株。だが、感染拡大を食い止める新型コロナウイルスワクチンの3回目接種がなかなか進まない。首相官邸のホームページによると、2月4日までに3回目の接種を済ませたのは609万人と全体の4.8%に過ぎず、接種数はなかなか伸びない状況だ。国会では、岸田文雄首相の指導力について疑問の声が相次いでいる。

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 1月31日の衆議院・予算委員会の審議では立憲民主党の江田憲司議員が次のように訴えた。

 (立憲民主党 江田憲司衆院議員 1月31日)
 「総理の肝いりでシャカリキになって加速させないといけないワクチン接種。これは国の責任なんですよ、ここまで接種が進んでないのは」

 これに対し、岸田首相は次のように切り返した。

 (岸田文雄首相 1月31日)
 「我が国の接種については、1回目・2回目の接種が各国より遅れたということもありこれから本格化すると思っています」

 だが、よくよく考えると、菅政権ではワクチン接種はスタートこそ遅れたものの、その後、驚異的なスピードで接種が進んだのも事実なのだ。

 この岸田首相の答えには江田氏も「去年、誰かさん(菅前首相)が100万回って 言ったじゃないですか。そのぐらいの気概で、総理大臣、本当にこれ、国民が渇望していますよ。打ちたい人が打てないんですから」と、菅前首相を持ち上げてみせた。

 自民党の西村康稔前経済再生担当大臣も「ワクチンを1日100万回打つという強い姿勢を示してほしい」と岸田首相に迫るなど、与野党ともに菅前首相の功績を前面に出す質問が相次いだ。今になって、菅前首相の功績が再び脚光を浴びるのも"皮肉"なのだが、なぜ菅政権下ではワクチン接種が驚異的なスピードで進んだのだろうか。改めて「キーマン」に話を聞くことにした。

菅政権のワクチン接種「キーマン」が語る

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 2月3日、自民党のワクチン対策プロジェクトチーム(PT)が第7次の提言をまとめた。PTはオミクロン株の新規感染は「2月中にピークアウトする可能性が高い」としたうえで、ブースター接種(3回目接種)の政策的意義は、感染レベルが減少した後では小さくなるので「2月中にできる限り接種を進めるべき」だと総括している。

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 2月3日、この提言をまとめたワクチンPTの事務局長で、菅政権でもワクチン担当の副大臣を務めた『藤井比早之衆院議員』に話を聞くと、ワクチン接種を早く進める「秘訣」が見えてきた。 

ーーー1日100万回接種を突破した原動力は何だったのか?
「一日100万回、みなさんできないと言っていた。それこそ河野大臣も当時『勘弁してください』首相におっしゃった。結果的に1日170万回超えるところまで行った。これは国民の皆さんの理解というか、命を守りたいという思いが、全自治体、政府全体、菅前首相のトップダウンの形で気持ちが伝わったということだと思う」

ーーー地方自治体の職員を厚生労働省に集めていたが?
「まず政府全体として『縦割りを打破してやります』と。防衛省は大規模接種会場を自衛隊がやり、ディープフリーザーは国土交通省が配りますと。注射針が足りないと、調達は経済産業省がやった。各自治体の首長、人事、財政当局に総務省が働きかけたというように、政府全体で取り組んだのが大きかった。当時は、自治体から2000~3000の質問が、毎日あり、電話をとれるような状況ではなかった。厚生労働省は大変な状況だった。人を全都道府県、指定都市や特別区から出してもらった。自治体の立場でも対応してもらえるし、厚生労働省で情報共有できるのでそういう点で意義が大きかった。あれで国と地方が、国全体として動くことができた」

ーーー1日100万回と聞いた時の官僚の反応は?
「出来ると思っていた人はいなかったと思う。積み上げではなかったので。(通常は)ある市で毎日何回(接種を)やるとか、ある県では何回できるとか、それを足したらいくらになるのかを調査して数字をだすのが、霞が関のお役所。積み上げ方式ではないので、役所では『政治問題になるのでは』と恐れながらやっていたのではないかと思う。役所からしたら失敗した時の方が怖いですよ。できなかったら、責任をとらないといけない。トップが『やると、ついてきてくれ』と、『国民の命を守るためなのだ』と、そういう熱い思いが伝わらないと、できないことだと思う」

 インタビューからは、官僚の積み上げ方式では絶対に達成できない「数値目標」をトップが踏み込んで示したことで、中央省庁の「縦割り打破」が進んだことがうかがえる。

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 さらに、都道府県などの職員を東京の厚生労働省に集めて、接種の情報発信を行うなど、地方を巻き込んだ戦略が見えてきた。藤井議員は当時副大臣として、全国1741自治体の接種状況を毎日モニタリングし、接種が遅れている自治体があれば、あの手この手で接種を促すべく対策を講じていたという。こういった戦略が、地方自治体同士のいわば「接種競争」を生みだしたともいえる。また、菅政権が接種目標という"旗"を立て、いわば「有事モード」で対応していたことも、接種が加速度的に進んでいった理由ともいえるだろう

 一方で、藤井議員は菅政権の「デルタ株」の対応とは、今の「オミクロン株」の状況では当然違ったアプローチが必要との見方を示した。

 (藤井比早之衆院議員 2月3日)
 「デルタ株とオミクロン株は別だと思う。諸外国は政策的な動きをせずに、なぜかピークアウトしていったというところが大きい。感染は予防できないが、重症化予防という点で、日本国内では2回ワクチン接種を多くの方がしているので、そこは非常に大きかったと思う。おかれているフェーズが違うし、対峙している相手(敵)が違うので、デルタ株とかそれ以前の対応と、(オミクロン株は)海外で流行して重症化率もわかっていて、かつピークダウンしているのがわかっているので、対応に違いがでてくる」

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 確かに、菅前首相がとった政策は「ワクチン一本足打法」とも言われ、当時は「ワクチン」しか頼れなかった状況でもあった。今は、モルヌピラビルといった経口薬も承認されていることから、政策としての選択肢が増えていることも事実だ。岸田首相は自衛隊の大規模接種会場における、1日あたりの接種人数を5000人程度まで拡大すると表明しているが、具体的な接種の目標に関しては今のところ名言をさけている。オミクロン株の感染がピークアウトしたとしても、新規感染者数が「高止まり」する可能性も指摘される中、3回目のワクチン接種のスピードアップが感染拡大を食い止める『鍵』であることは言うまでもない。岸田首相の次の一手に期待したい。

毎日放送報道情報局 解説委員 三澤肇