「日本国憲法第七条により衆議院を解散する」。10月14日午後1時過ぎ、解散詔書を前衆院議長の大島理森氏が読み上げると、『万歳』の声が衆議院本会議場にこだました。そもそも、リストラされる衆議院議員がなぜ万歳するのかは“やけっぱち”だとか“景気づけ”だとか諸説はあるのだが、コロナ禍にある今『万歳をしない』と決めて、本会議に臨んだ会派もあった。コロナ禍で国民が不安を感じていることや、衆議院議員の任期を超えた総選挙となり「憲政の常道」に反するというのがその理由だ。

 一方で、この『万歳』を複雑な気持ちで聞いた人物がいた。当選12回、衆議院議長も務めた伊吹文明氏だ。政界引退を表明し、衆議院議員として臨む最後の本会議だった。

かつては「フライング万歳」をたしなめたことも...

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 その知性と格調高い言動から「イブキング」の異名をとる伊吹氏は、自ら積み上げた政治理念に基づく歯に衣着せぬ物言いで、永田町のご意見番として君臨してきた。

 伊吹氏は2012年から2年間、衆議院議長をつとめている。2014年の解散では、解散詔書を読み上げた際に「衆議院を解散する」に続けて「御名御璽(ぎょめいぎょじ=天皇の名前と印)」と言いかけたが、先に『万歳三唱』が行われた。世にいう「フライング万歳」である。その後、伊吹氏が再度「御名御璽。平成26年11月21日 内閣総理大臣 安倍晋三」と詔書を読み直し、「以上です。万歳はここでやってください」と促して、万歳三唱が再び行われたという珍しいケースである。今回の解散は「衆議院を解散する」と大島氏が詔書を読み上げた直後に、万歳三唱となったのだが、本人はどう思っているだろうか...直接聞いてみることにした。

「御名御璽」を言って、初めて7条解散が成立する

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 衆議院が解散された10月14日の午後、伊吹氏は移動の途中にMBSの取材に応じた。最後の本会議について伊吹氏は「特段の事はありませんね」と多くを語らなかったが、かつての『フライング万歳』について水を向けると次のように語った。

 (元衆議院議長 伊吹文明氏 10月14日)
 「7条解散は天皇陛下が内閣の助言と承認のもとに衆議院を解散されるという憲法の規定によるものだから、『衆議院を解散する』で万歳してはいけない。『衆議院を解散する』そこに『御名御璽』とありますと議長が言って、初めて正式に憲法7条に沿った解散が成立するという意味です」

 確かに、現行の憲法下では解散権は内閣総理大臣に属すると解釈されているものの、7条では解散を天皇の国事行為の一つと規定している。そのため議長は「御名御璽」までしっかりと読み上げなければならないと主張しているのだ。さらに伊吹氏は続けて次のように話した。

 (元衆議院議長 伊吹文明氏 10月14日)
 「(国会議員)一人一人が国民の主権を預かって、国会に出てきて、その主権を背景に憲法の規定のもとに総理大臣を指名する権限を行使しているので、それくらいのプライドを持って後輩にはやってもらいたい」

 万歳のタイミング一つをとっても、そこには『法理』があり、それを守ることが国会議員の責務ということなのだろうか。インタビューが終わり、背筋をピンと伸ばしてその場を去る伊吹氏の背中からは、今は希薄となりつつある議会人としての矜持がにじみ出ているように思えた。

毎日放送報道情報局 解説委員 三澤肇