日本バスケットボール界の歴史が動いた。8月25日~9月10日にフィリピン・インドネシア・日本(沖縄)で開催された『FIBAバスケットボールワールドカップ2023』。トム・ホーバスHC率いる「AKATSUKI JAPAN(バスケットボール日本代表)」は、世界の大舞台で初めての3勝。アジア勢の最上位となって、見事パリオリンピックへの切符を手にした。
その原動力となっていたのは、何だったのか?間違いなく選手たちの「自分たちを信じるチカラ」、そして、その選手たちを支える周囲の、観客も含めた日本チームを「信じるチカラ」だった。
「世界と戦えることを証明」第4Qに35点を奪ったフィンランド戦
AKATSUKI JAPANが世界を最初に驚かせたのが、8月27日。キャプテンを務めた富樫勇樹選手が「このチームなら、2分あれば15点差以内なら必ず逆転できると信じていた」と語ったグループステージのフィンランド戦。第4クォーターに35点を奪う、鮮やかな終盤での大逆転劇。世界のひのき舞台での17年ぶりの勝利で、いままで一度も開けることができなかったヨーロッパ勢の厚い扉をついに開いた。
今回のワールドカップ、日本は開催国にもかかわらず、組み合わせ抽選ではその恩恵を受けることができなかった。抽選の際、開催国として最上位ランクのカテゴリーに振り分けられてランキング上位チームとの対戦を避けることができたフィリピンに対し、日本はランキングどおりの振り分け。グループステージの組み合わせは、すべて格上の上位チーム。それだけに苦戦を予想する声が多かった。
その中での前評判を覆す勝利。試合後のミックスゾーンでは、日本のバスケットが世界で勝てない時期を経験してきた馬場雄大選手が、目に涙を浮かべながら「今まで努力してきたことが報われてよかった」とインタビューに答えた。また、オーストラリアにも挑戦してチームとしても個人としても艱難辛苦を体験してきた比江島慎選手は「Bリーグでも技術を向上させて、世界と戦えることが証明できてよかった」と感慨深げに話してくれた。
河村勇輝選手「観衆の声援にも後押しされて、自信をもってチャレンジできた」
今まで、世界のトップチームを相手にすると、序盤からリードを許し、そのまま徐々に突き放されていくのが日本のパターン。しかし、フィンランド戦のこの日は違った。渡邊雄太選手、ジョシュ・ホーキンソン選手という日本が誇る2枚看板がゴール下で奮闘すると、前半の苦しい時間帯を、比江島選手を中心とするベテラン陣が踏ん張って、踏ん張って食い下がった。
そして、最終クォーター。河村勇輝選手、富永啓生選手の若手の「一気の爆発力」で逆転。この爆発力を後押ししたのが、沖縄アリーナに詰めかけた大勢の観客の日本チームを「信じるチカラ」だった。最大18点のリードを許す展開。それでも、観衆は日本の逆転を信じていた。日本チームが好プレーを見せるたびに、拍手と歓声で選手たちを鼓舞。第4クォーター、日本の追撃が始まると会場の空気が一気にヒートアップ。大歓声でNIPPON逆転の流れを作り出していった。大声援に後押しされるように、体力的に一番きつい第4クォーターで日本の選手たちは体を張り、相手チームよりも走り、勇気をもって攻め続けた。
第1戦のドイツ戦では果敢に仕掛けることができなかった河村選手は「とにかく勝ちたいという執念だった。きょうは観衆の方々の声援にも後押しされて、自信をもってチャレンジすることができた」と、攻め続けた大逆転劇を振りかえった。
試合後の記者会見、ホーバスHCがこう話している。
「河村は特別な(才能を持った)選手。きょうはアシストだけでなくて、ドライブして得点もする。3Pも決める、Bリーグの河村だった」
以降の試合、河村選手は日本の司令塔として見違えるような自信あふれる姿を見せるようになる。
また、のちに渡邊選手は語っている。
「前半のように、体力的に同じ条件なら力の差が出るかもしれないが、後半は絶対に我々のほうにアドバンテージがあると思っていた。最後の10分間、10点差ぐらいにいれば必ず逆転できると信じていた。なぜなら、我々はどこよりも厳しい練習を積み重ねてきた」
どのチーム、どの国よりも厳しい練習を乗り越えてきたという自信。その自信が、実際に、ハイテンポなバスケットを続け、選手たちに、より自分たちを信じるチカラを与えていた。
「絶対に負けられない」ベネズエラ戦 チーム最年長・比江島慎選手の活躍
続く3戦目、NBA選手9人を擁するオーストラリア相手には、前半で許したリードを覆すことができずに、あと一歩のところで敗れたものの、順位決定ラウンドに入ると、AKATSUKI JAPANは更なる輝きをみせる。
チームの誰もが「絶対に負けられない」と語ったベネズエラ戦は、第4クォーターの残り2分までリードを許す苦しい展開。この試合、いつもならファールをもらってフリースローにつながるホーキンソン選手のアタックが、なかなか決まらない。30代の選手を中心に審判の対応を観察しながら反則ぎりぎりのプレーを繰り出すベネズエラに、じりじりと点差を広げられていく。第4クォーター途中で15点差。それでも日本の選手たちは決してあきらめてなかった。射程圏内(10点差以内)の点差に入れば、最後は必ず逆転できると誰もが信じていたからだ。
そして、この日、何度も突き放されそうになった展開を救ったのが、チーム最年長の33歳、比江島選手だった。「ホーバスHCが、これまでの経験を踏まえて(僕を)日本代表のメンバーに残してくれた。期待に応え、チームに貢献できてよかった」と本人が語ったように、プレッシャーのかかる場面で、難しい角度からの3Pシュートをことごとくきめきった。「ああなったら(ゾーンに入ったら)、マコ(比江島選手)を止めることは、だれにもできない。世界のトップ選手でも難しい」渡邊選手も、富樫選手も、プレイヤーとしての畏敬と賞賛を送った比江島選手の活躍。最後は、日本らしいハイテンポなバスケットで大逆転勝利を飾る。
ホーバスHC「これからもっともっといいバスケットを見せたい」
ホーバスHCが「選手たちのネバーギブアップがすごかった。ただ、このバスケットを最初からやりたい」と振り返った大逆転劇から2日後。勝てばパリオリンピックが決定するカーボベルデ戦で、日本はいままでとは違う戦いを見せる。この日は、第1クォーターからエンジン全開。渡邊選手、ホーキンソン選手が、中央を固める相手にすさまじい気迫と集中力でコートに立ち続け、互角以上に渡り合おうと、河村選手がスピード抜群のアタック。前の試合では1本も3Pシュートを成功することができなかった富永選手が6本の3Pシュートをすべて決める驚異の成功率。第3クォーター終了時点で73対55と、18点のリードを奪った。
しかし、ここから、まだ見ぬ世界へのプレッシャーが選手たちに襲いかかった。それまでは面白いように決まっていたアウトサイドのシュートが入らない。逆に、日本と同じようにベネズエラ戦で大逆転を演じたカーボベルデも、決してあきらめない。よりハードなディフェンスで、中央を固めて日本に得点を許さなかった実に7分間。残り2分を切った時点で、一気に3点差まで追い上げられた。
絶体絶命のピンチ。このピンチを救ったのも、「信じるチカラ」だった。ホーバスHCがタイムアウトの中で、自信をもって、自分たちを信じてトライすることを訴え続けると、その声に呼応するように選手たち自らが積極的に声をかけあう。コートに立っている選手はもちろん、ベンチにいる選手も一体となって声をあげ、大きく体を動かして戦い続けた。
そして、最後にチカラを与えてくれたのは、沖縄アリーナに詰めかけた大観衆の「信じるチカラ」だった。タイムアウトが解けて選手がコートに戻ると、アリーナ全体が揺れるような大きな拍手と歓声で選手を勇気づけた。
富樫キャプテンが大会終了後に「観客の方々の声援が、僕たちに力を与えてくれた」と話したように、信じるチカラが、最も重要な場面で選手たちをさらに突き動かしていたのだ。
最後は、大会を通してMVPに値する活躍を見せたホーキンソン選手が、連続して重要なシュートを決めきってゲームセット。日本は、実に48年ぶりとなる自力でのオリンピック出場を手にした。
ホーバスHCは、快進撃をこう振り返っている。
「強くなるには練習しかない。この大会は、厳しい練習を乗り越えて、エゴを出すことなくチームの為にみんなが戦った。僕のバスケットはチームバスケット。だから、全員がMVP。このチームはスーパーチームだが、もっとできると思う。まだ仕事は終わってない。これからもっともっといいバスケットを見せたい」
AKATSUKI JAPAN。世界を照らす日本、「日の出の勢い」は、まだ始まったばかりだ。
(MBSスポーツ解説委員 宮前 徳弘)