TALK

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ジョブローテーションの
座談会

いろいろな仕事を経験して、
正直、どう思う?

イントロダクション

いろいろな部署・仕事を経験して、新しいスキルを身に付け、視野を広げるジョブローテーション。MBSでは、そんなジョブローテーション制度を導入しています。記者から制作へ。記者から営業へ。営業から制作へ…キャリア形成のルートはさまざま。ジョブローテーションを経験した社員は、何を感じ、どんな未来を描いているのでしょうか。

登場人物

山内 海

2020年 制作局 制作部

「将来は映画を手掛けたい」という想いから、映像に携わる仕事を目指してMBSへ入社。最初の配属先は営業。全国ネット番組の担当デスクを2年間したのち、制作へ異動する。1年目はADとして基礎を習得し、2年目からチーフADとディレクターを担当。

宇治宮 汐梨

2018年 総合営業局 営業部

報道記者になることを志してMBSへ入社。配属先も報道で、記者としてのキャリアをスタートする。
5年目に営業へ異動。クライアントにCMの出稿やイベントの企画を提案している。

海老 桂介

2017年 入社報道情報局 報道センター

入社後、報道に配属。警察・司法を担当するなど、記者としての経験を積む。3年目に制作へ異動。ディレクターとしてバラエティ番組、情報番組の制作に携わる。2年間、制作を経験したのち、ふたたび報道へ。現在は大阪府警担当として事件・事故の取材にあたる。

座談会0103

入社のきっかけも、
入社後の感想も、三者三様。

Moderator

お忙しいなか、お時間をいただきありがとうございます!入社後いろいろな仕事を経験してきたと思うのですが、まず、入社のきっかけや入社後の配属先について教えていただけますか?

人事部/藤澤
山内

入社後に配属された営業部では、全国ネットのCM放送を管理するネットタイムデスクを担当しました。もともとの入社動機は「将来は映画を手掛けたい」というものです。「まずはテレビ局がどう利益を出しているのか、ビジネスの仕組みを知りたい」と思っていたので、営業部に配属されたのは願ったり叶ったり。スポンサーとの交渉を経験したり、売上・利益の動きを把握できたりしたのは、本当に有意義でした。

宇治宮

私も山内くんと同じく、入社後すぐに想いが叶いました。学生時代から報道記者を目指していたところ、報道に配属されたので。でも実は、別のテレビ局からも内定をいただいていたんです。そちらに入社したら、部署異動なく生涯報道記者として働く未来が待っていました。その道も魅力的だったのですが、「いろいろ経験できたほうがおもしろいのでは?」と思い、あえてジョブローテーションがあるMBSへの入社を決めました。

海老

私は入社の経緯が少し違うかもしれません。何かの職種を希望したり、やりたいことが明確にあったわけではありませんでした。「テレビ局で働く人はいきいきとしてカッコいい」「自分の番組を作ってみたいなあ」という気持ちが、テレビ業界を目指した理由です。MBSへの入社を決めたのは、どこの会社よりも「面接がうまくいった!」と思ったから。

山内

一体、何があったんですか?

海老

就活生らしくない髪型で面談に臨んだら、面談員にいじられたんです。そのやりとりがただただ楽しくて。「この人たちと働いたら、きっと楽しいだろうなあ」と。

宇治宮

そうだったんですね。

海老

報道への配属が決まったときも、はじめは特別な感情を持ったわけではなかったですね。でも、仕事の矜持はここで見つけられた。尊敬する戦場ジャーナリストが「危険を冒してまで取材するのは、事実を知った人が少しでも思いとどまるきっかけをつくるためだ。それがニュースの役割だ」と言っていたのが心に残ったんです。妥協せず、少しでも可能性があれば追求するのが自分のスタイル。早くからスタンスを確立できたので、報道に配属されてよかったと思っています。

座談会0203

思いがけないキャリアチェンジから、
やりたいことが見つかる。

最初の配属先から、みなさんは違う仕事をすることになるのですが、気持ちはいかがでした?

宇治宮

正直、営業への異動が決まったときは戸惑いました。望みの仕事から離れるのは辛かったですね。

海老

制作への異動は、特に抵抗はありませんでした。でも、実際に制作の仕事を始めて、全く違う会社に転職した感じを抱きました。服装も、スーツからジーンズとパーカーに。何より、映像制作のアプローチが報道とは全く違いました。報道は個人戦、制作はチーム戦。最初は、驚きの日々でしたね。

山内

私はもともと「営業を経験してから制作に異動したい」と思っていたので、思い通りのキャリアを進めていると思います。ただ、先ほど海老さんが話したことが興味深かったです。私の感想は「営業はチーム戦、制作は個人戦」。同じ制作でも、バックグラウンドが変われば、感覚も変わるものなんですね。

なるほど、感想は三者三様ですね。
改めて今、ジョブローテーションを経験してどう思いますか?

山内

すごくよかったです。売上・利益の仕組みなどを営業時代に知ることができました。今は制作の経験を積むことができています。どちらも映画制作には必要。映画を制作する夢に近づいている手ごたえを感じています。

海老

私も山内くんと同じです。改めて報道に戻って記者の仕事に従事するなかで、2024年、私が手掛けたドキュメンタリーをもとに「家さえあれば~貧困と居住支援~」という映画を制作して上映することになりました。ナレーションは麒麟の田村裕さん。タレントのブッキングやプロモーションで、制作時代に培った経験を活かすことができました。

山内

映画をつくったんですか!うらやましい!

海老

MBSは若手にもチャンスをくれる会社。きっと誰もが想いを叶えられると思います。何かを一生懸命頑張れば、絶好のチャンスが巡ってくるはずだし、やりたいことが見つかるんじゃないかなと。

宇治宮

海老さんの「やりたいことが見つかる」というのは、今、すごく感じます。私も営業を経験したからこそ、やりたいことが見つかりました。

海老

何が見つかったんですか?

宇治宮

いつか報道に戻ったとき、「多くの視聴者が“見たい”と思えるニュースをつくりたい」ということです。営業外勤でいろいろな会社の方と会うようになったのですが、思えばそれは、MBSの視聴者でもあるんです。その方々から意外に多く受けた言葉が「ニュースはあまり見ていない」。思ってもいなかった事実でした。

海老

なるほど。営業ではそうした視点も持てるんですね。

宇治宮

確かにみなさんが普段考えているのは、会社の売上や利益を少しでも伸ばすこと。仕事とニュースを見ることを別に捉えている方も多かったんです。「だから興味を持ちにくいのか」「だったら、こうしたらもっと見てもらえるのでは」と、たくさんの発見ができました。もしも報道にいたままだったら、外の世界を知ることもできなかったはず。また報道に戻ったら、違う視点で企画を打ち出せると思っています。

座談会0303

いろいろな仕事を経験しても、
自分の根本はブレない。

これからの、みなさんの目標を教えてもらえますか?

宇治宮
報道記者時代も、今も、「次世代を担う若者の背中を押す何かのきっかけをつくりたい」と思いながら、日々の仕事に臨んでいます。営業の仕事をするようになり、その方法が格段に増えました。テレビに限らず、SNSをはじめとしたインターネットも活用できるし、イベントも提案できます。ぜひ、何かの形で実現したいですね。
山内

やはり、映画を制作する夢を叶えたいですね。海老さんのように。ポジションは、全体を指揮するプロデューサー。だからこそ、制作の仕事でも上を目指していきたいです。

海老

報道記者として、MBSのパリ支局か上海支局で働きたいです。世界中を飛び回り、戦地を取材する記者を見て「自分もそうなりたい」と思っています。

最後に、学生のみなさんにメッセージをお願いします。

海老

私が今、海外に興味や憧れを持っているのは、もしかしたら、学生時代に経験した海外留学がルーツにあるのかもしれません。アルバイトをしまくってお金を貯めて、1年間アメリカで生活したのですが、価値観が大きく変わったし、視野も広がりました。「もっといろいろなところに行きたい。たくさんの人と会いたい」と強く思うようになったんです。だからこそ、就職が一番の目的にならない学生生活を送ってほしいですね。そこで見つけた好きなことの延長が仕事になったら、きっと輝けると思いますから。たくさん遊んだり、いろいろなところに行ったりしてください。

山内

海老さんのメッセージ、心にすごく刺さります。僕も1か月アメリカに留学しましたが、今思えば、もっと長く海外留学をすればよかった。だから、海老さんが本当にうらやましいです。のちのち後悔しないためにも、たくさん遊んでほしいです。

宇治宮
海老さんと山内くんの言葉に、私も共感しています。学生時代ほど、自由に時間をつかえるときはありません。たくさんの人と会い、いろいろ経験してほしいですね。その一つひとつを活かせるのが、MBSでもありますから。

ありがとうございました!