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2023年04月30日(日) 放送分

吉岡更紗染織家
Vol.1249

古式ゆかしい日本の色を今に伝える
京に息づく美しき植物染めの世界

江戸後期から200年続く染織工房「染司よしおか(そめのつかさよしおか)」の6代目、吉岡更紗(45歳)。化学染料を使わず、天然の染料のみを扱うことを旨とする。
ムラサキの根、アカネの根、ベニバナの花びら、カリヤスの葉と茎、ドングリの実...自然界の植物から得られる色素を地下から汲み上げた水に溶かし、その中でまっさらな生地をひたすらに繰ると、やがて静かに色づいてゆく。昔ながらの三軒長屋を改築した工房に響く水音は、悠久の時を感じさせて美しい。

京都・伏見にある工房での日々は、どこか懐かしさを感じさせるものだった。取材を始めた12月には焼き芋売りが町内を周り、近所の小学生が道草している姿を見かけることもしばしば。かつては豆腐売りや魚の行商人も来ていたと言う。昼食は母・美津子さんによる賄いご飯。職人たちがテーブルを囲み、山盛りのおかずとご飯をいただく様は、ドラマの一場面のようだった。

年明け、「よしおか」の工房では1年がかりで準備してきた大仕事が始まる。天平勝宝4年(752)から一度も途絶えることなく続き、今年1272回目となる東大寺の修二会(お水取り)、そこに納める和紙の紅花染めだ。祖父の代から3代に渡って受け継ぐ仕事は、更紗が染織の世界を志すきっかけになったものであり「1年の中で特別に身が引き締まる仕事」だという。三重県伊賀市の農家に育ててもらい、夏の間に摘んでおいた紅花の花びらと中国産のものを合わせて60キロ。純度の高い赤の色素を丹念に抽出し、60枚の和紙を繰り返し染め重ねてゆく工程は、恐ろしく手間のかかるものだった。納めた和紙は、練行衆と呼ばれる僧侶たちの手によって東大寺 二月堂の堂内を飾る椿の造花となる。厳かな法会の一端を担う仕事に、失敗は許されない。
伝統を受け継ぎ、古の色を今に伝える6代目。ひと冬の仕事を見つめた。

PROFILE

1977年、京都市生まれ。大学を卒業し「イッセイミヤケ」で販売員として働いた後、愛媛県の西予市野村シルク博物館で染織技術を学ぶ。2008年、生家で、江戸時代から200年以上続く「染司よしおか」に戻り、5代目の父・吉岡幸雄のもと染色の仕事に就く。2019年、父の急逝に伴い6代目に。職人として日々の注文に応えながら、「染司よしおか」の代表として、工房と店舗の経営も担う。奈良・東大寺二月堂の修二会、薬師寺の花会式、石清水八幡宮の石清水祭などの伝統行事に関わるほか、国宝の復元なども手掛ける。
化学染料の普及とともに廃れていた植物染めの技術を蘇らせたのは、戦後4代目となった祖父・吉岡常雄。古代染織の研究と文化財復元に生涯を捧げた。5代目の父・幸雄は、染織史家として研究をさらに深め、英国 ヴィクトリア&アルバート博物館からの依頼で、植物染めのシルクを製作。70に及ぶ「日本の色」は、永久コレクションとして収蔵されている。

STAFF
演出:三木哲
構成:田代裕
ナレーター:窪田等
音効:中嶋尊史
編集:宮島亜紀
制作協力:ソユーズ
プロデューサー:沖倫太朗・岩井優介

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